変化とはつまり騒がしくなるのと同義?
どうも、ぎっくり腰のせいでバイトに行けていません。今月末の給料が心配になってきました。
見るからに機嫌が悪そうな人が一人。
朝、週に三回ある早朝開店の日だったため準備していた父さんを置いて学校に来てみると、ジャージ姿のまま教室に居る洋輝と、何やら不機嫌そうなオーラが全身から溢れ出ている明弥の姿。
二人とも一つの机を挟んで座っているのに、明弥は眉をひそめて窓の外を、洋輝は朝ごはん代わりのサンドイッチをモグモグと食べており、一切会話が無い。
「おはよー……隣のクラス騒がしいね。今日は東雲さんが来たのかな?」
隣のクラスにはあの天才音楽家、東雲 碧さんが居る。仕事が多忙なのか週に一、二度程度しか来ないが、その度に教室はサインを求めてくる生徒で一杯になる。
先生達は何とか止めようとしているのだが、中には同じように教室の中を物欲しそうに見つめる先生もいる。
ほとぼりが冷め始めた時期に、父さんのためにサインを貰ってこようかなと考えておく。
「…………」
「……美味しい」
しかし、親友二人は僕の言葉に全くと言っていいほど反応しない。いや、僕に反応しないだけで、明弥は明らかに顔が険しくなった。
成程、地雷はこれか。
僕ら三人の中では比較的思ったことが表情に出る明弥。僕らの言葉一つ一つに対する感情が顕著に現れる。
面白い反面、一瞬で雰囲気も悪くなる。
とは言っても、普段が明るくお調子者の性格。ここまで機嫌が悪くなることも珍しい。
「……洋輝、ちゃんと制服着なよ……先生に怒られるよ?」
「東雲だって髪の毛青いの認めてもらってる。この位はへーき」
なんでそう火に油を注ぐの。
思いっきり洋輝の顔を覗き込むように睨むが、どこ吹く風といった感じで知らん顔。口いっぱいにサンドイッチを詰め込んでいた。
そのままチラリと明弥を見てみると、不機嫌二割増な顔。
ここまで特定の人物の名前で感情が揺さぶられる事もそうそう無い。あるとすれば、『彼女』の話題が真っ先に思い浮かぶ──。
と、そこまで考えて何となく察しが着いた。
「……バレた?」
「……多分な。ベース自体は出来ないんだけどさぁ……なぁ、一度聞いた音楽って一発で覚えられる?」
「無理だね」
「そうかぁ……いや、東雲ならできそうだから良いかなって思って気ぃ抜いちまってさぁ……思ったより話の通じる奴だった」
明弥は更にテンションまで下げてしまう。心ここに在らずといった感じで、久しぶりの自分の失態がかなり堪えているようだ。
明弥が異常なら、東雲さんも異常だった。
「たまには明弥が凹んでる姿も見たかったし、俺は丁度いいかな」
「そこは今言いっこなしだ……あと、そのサンドイッチ何個目だ」
「四個目」
「昼ご飯でしょそれ」
机に座り、隣の教室からかえってくるクラスメイトを見て溜め息。これだけの人がうちの店にお客さんとしてやって来てくれたら……なんて妄想をしてみる。絶対忙しいけど。
妄想している間に明弥は更に溶けきってしまって、ぐっだりと机に突っ伏す。
「……あ、明弥がスライムになった」
「なってねぇよ……俺悪いスライムじゃ……いや、極悪スライムだよ……」
イライラしていたかと思えば、途端にテンションがダダ下がりし始めていた。
傍から見れば非常に滑稽。当事者にしてみれば夜も寝れない大問題。
人の悩みなんてそんなものだ。事実、洋輝は溶けきった明弥の頭を指でつっつき始めた。
「かたい」
「そりゃ人だからな……いや、人殺しなんて人間じゃねぇか……ハハ……」
「うっわ……そこまで落ち込むことか? お前からしたら言われて当然の事だったんじゃないのか?」
「そうだけどよぉ……って、え?」
突如教室に響き渡る第三者の声。教室が一瞬静かになった後、悲鳴にも似た声が各所から上がる。
それもそうだ。あの真っ青な髪の毛は、見間違えようもなければ、女性にしては低目の声はやけに自分の中にすっと入り込んでくる。
東雲 碧。
この学校に入学して一ヶ月で、間違いなく学校一の有名人になってしまっている天才音楽家。
成程、こうして実物を見るとその異質さが顕著に見える。
「ったく……男がナヨナヨしやがってよぉ。オレの方が男らしいんじゃねぇか?」
「……うるさい。こちとら朝から最悪の気分なんだよ」
「悪かったって。オレの奢りでどっか飯食い行こうぜ? お、赤神のダチか? 自己紹介しとかなきゃな。オレは東雲 碧。ギタリストやってるんだ」
スタスタと僕らの側までやってきたかと思うと、明弥の席の隣の机にどかっと座る。僕の目線からはスカートの中身が丸見えだが、学校指定の体操服を着ていた。
「あ、ご丁寧にどうも。僕は漣 渚って言います。ご飯なら、僕の実家の喫茶店なんてどうですか? 損はさせませんよ」
「ほう、じゃあ今日の夕方にでもお邪魔させてもらうぜ」
「言葉遣いは丁寧じゃないけどね。俺は佐倉 洋輝。バレー部。とりあえずサインだけ頂戴。売るから」
「おう、一枚だけならいいぞ」
「……お前ら、多分長生きするよ」
それなりに長い歴史を持つうちの店。それなりに著名な方も来店していただいているが、今一番勢いのある彼女に来てもらえれば更に売り上げにもプラスだろう。
洋輝はいつ用意していた分からない色紙を東雲さんに渡していた。東雲さんもそれに慣れた手つきでスラスラと黒ペンを走らせていた。
教室は一気に騒がしくなり、明らかに僕らへの視線も増えていた。今まで接点ゼロだったし、それも当然か。
「あおちゃん! 全く反省してないね!?」
しかも、更に注目を集める要因が増えた。開いていた教室の扉を勢いよく跨ぎながら、昨日聞いたばかりの可愛らしい声で精一杯怒ろうとしている女の子。
こちらも明弥よろしく表情がコロコロ変わる人、水無月 遥。
「反省って、何をだ? オレは良かれと思ってだな……」
「そう言ってあおちゃん、いっつもとんでもないことばっかりするじゃん! そろそろ本当に怒るよ!」
「あー、ハルが書いてたノートのメモ使って曲書いたこととか?」
「言わないでっ!」
どうやら、水無月さんと東雲さんはそれなり……いや、かなり仲が良いようだ。それも、黒歴史ノートを見られてしまうほどの。
誰しも一冊位はそんなノートが部屋のどこかにあると言う。それは僕も同じだ。
しかし、その水無月さんの黒歴史ノートを元にした曲というのは少し気になる。また探してみよう。
とにかく今は、この場を落ち着かせなければ。
「二人って知り合いだったんだね……別に迷惑はしてないよ?」
「おう。中学ん時からな」
「もう……ほら、ホームルーム始まるから帰るよ?」
「へーい。んじゃ、また放課後にでも」
手をひらひらと振りながら、机から降りた彼女は、そのままスタスタと教室から出ていった。
水無月さんは教室を出る時に全体に向かってぺこりと頭を下げて、そのまま扉をガラガラと閉めた。
「……騒がしくなりそうだねぇ」
「全くだ……」
「あ、筆箱忘れた」
各々がこれからの学校生活に一抹の不安を感じながら、これから来るであろうクラスメイトからの質問攻めに対する対処法を考え始めていた。
ご閲覧ありがとうございます。ここまでが序章といった所でしょうか。次の話からまた話が動き始めます。
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それでは、また次回。