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天才、傷跡を抉る

どうも、やっと『世界で一番優しい君へ』のデータ修復が終わりました。その内連載再開できると思われるので、よろしければ是非。




 東雲 碧(しののめ あお)


 僅か十五歳にしてヒット曲を連発するシンガーソングライター兼ギタリスト。

 十歳の時に歌唱用ソフトを用いて発表した楽曲、『Simple』がネット上で空前のブームを引き起こし、一躍時の人となる。

 そのまま一発屋で終わること無く、次第に自身の歌声とギターを公開し始め歌手、そしてギタリストとしても脚光を浴び、十三歳でメジャーデビュー。

 独特のハスキーボイスと八本の弦を持つギターを巧みに操り、聴いたものを抜け出せない沼に引きずり込む。

 

 経歴を聞くだけで雲の上の存在だということが伝わってくる。そんな彼女がなぜこの高校に入学したのかは定かではないが……彼女が入学したことによって、学校を訪れる不審者が急増した。

 警備員が急増したのも彼女の仕業だ。恐らく、今年の文化祭は大変なことになるだろう。




「あー……気にしないでいいよ東雲。いいもん聞かせてもらったし」

「そう言って貰えりゃ何よりだよ。久し振りに学校に来れたからな。ちょっと高校生らしい事したかったんだよ」

「爆音で八本弦ギター弾くことがか? 普通の高校生は六本のギターで精一杯だっての」

「かもな。んじゃ、お詫びと言っちゃなんだが、いっちょ合わせてみるか? できる曲とかねぇか?」

「……待って、そもそも初対面だから自己紹介と行かねぇか? 俺はお前を知ってるが、お前は俺を知らないだろう?」

「あー、そういやそうだな」




 ギターを置き、その真っ青な髪を右の耳に掛けながら俺に向かってニヤリと笑う。

 その立ち振る舞いはやはり芸能人らしさが溢れ出ていて、生きている世界が根本的に違うのだということを肌で感じていた。

 ルックスもどちらかと言うと中性的な顔立ちで、「可愛い」や「綺麗」より「カッコイイ」という言葉が似合っていた。




「オレの名前は東雲 碧。一年二組……っま、気楽に頼むわ」

「できたらな……俺は赤神 明弥。一年一組、軽音楽部だ。好き勝手にベース弾いてるよ」

「へぇ……歴は?」

「一ヶ月。こないだ始めたばっかりだよ」




 俺はそう言いながらベース用のバッグを開け、中身のエレキベースを取り出す。初心者用一万三千円という安さで、とりあえず始めてみようという気楽な感覚で始めてみた。渚の店で二週間ほどバイトして何とか買ったものだ。

 シールド……エレキベースとアンプを繋ぐコードをそれぞれに差し、チューナーを使ってチューニング。四弦だけな上、昨日の夜もチューニングしたのでそこまでズレていなかった。




「……なんでベースなんだ? それこそ、ギターってのも良かったんじゃないのか? こういうのもアレだが、素人目から見たらベースって地味だろ?」




 俺に突き刺さる視線を感じていたが、その視線の主が不意にそんな言葉を投げかけてきた。

 それは、本当にいきなり俺の核心を突くような実に鋭い質問……だが、俺はそれをサラリと躱す。




「弦が四本だから簡単そうに見えたんだよ。蓋を開けてみたら、これがまた難しくってなぁ……そんな八本の弦なんて弾けるわけねぇって」

「その分、ギターが弾くのは主旋律だけどな。一度やってみるといいさ」

「まぁ、ぼちぼちな。まだ弾ける曲もねぇしさ」




 ナウなヤングを中心に絶大な人気を博している、天才シンガーソングライター兼ギタリスト、東雲 碧。

 彼女と音を合わせられるなどまたとない機会なのだが、流石にそうホイホイと素人の俺がやっていい訳もないだろう。


 どこか不満げな彼女を横目に、一弦ずつボンボンと弾いてみる。ギターとは違う低音が心地よく体に響く。

 さて、今日はどの曲の練習をしようかと、イヤホンとスマホを取りだし曲を漁る。

 ……そうだな、せっかく東雲がいる訳だし、この曲にしよう。


 何曲か購入していた楽曲のダウンロード画面。そこからひとつの曲を選択すると、耳元から目の前にいる東雲の声がイヤホンから流れる。





「何聞いてんだ?」

「ん、ああ、お前の曲だよ。『Simple』」

「あー、それな……やめとけやめとけ。簡単だから弾けるようになるのは早いけど、その分腕前がストレートに出る曲にしたから」

「まぁそうだけどよ……初心者には丁度いいだろう? 形になるのは早いし」




 別にプロのレベルまでやるという訳では無い。ただの趣味程度。拘り始めたらキリが無いのは、渚のコーヒーを見ていて痛感している。甘くない飲み物に存在価値を感じないと思っている俺には、あの世界はよく分からない。


 そんな程度のものだ。俺にとってのベースなど。


 あの時ほど何かに打ち込めるような情熱は、俺の中にもう残っていなかった。




「……うし、覚えた」




 一曲分黙って耳を澄ませて聴き終える。目の前のギタリストの相棒が奏でる主旋律に隠れて聴きにくいベースの音をしっかりと覚える。

 東雲の言う『簡単』はあまり参考にしない方が良いのだろうが、確かに聞こえてきた音自体は同じ音が多く、弾きやすそうではあった。

 もっとも、これも初心者目線の話に過ぎないのだが。




「えーっと……こうでこうでこうで……こうか?」




 一音一音、弦を押さえては弾き、押さえては引きを繰り返す。使われている音自体は少ないが、如何せん曲のスピード自体がかなり早い。

 リズムは取りやすいが、忙しない。




「……リズム一定ってムズいなぁ……なんかいい方法ない?」

「…………」

「……東雲?」

「……お前さ、よく天才とか言われないか?」




 ドキリとした。

 どんな意図があって東雲がそんなことを言い出したのか、先程までの不敵な笑みではなくどこか真剣さを感じる瞳からは何も見い出せない。

 成程、ただの十五歳ではない。

 彼女がどれだけの人生を歩んできたかは分からないが、少なくともマトモには生きていない。

 




「俺が天才? ンなわけ……チューニングすらチューナー見ないと満足にできないんだぜ?」

「ふぅん?」




 おどけてみせるが、未だに彼女の懐疑的な目線が痛い。俺にとっては一刻も早くこの話題から変えたいところだったが、どうやらそうさせてはくれないようだ。

 時計をちらりと見るが、現在まだまだ七時十五分。教室に行くまでまだたっぷり一時間ある。

 どうしたものかと思いながらベースに目線を向けてみる。




「そもそもさ……オレの記憶が正しけりゃ、軽音楽部は去年三年が引退したことで部員がゼロになった筈だ。オレが入部届け出した時驚いたさ。もう既に三人入部してるって……まぁ、熱心なのはお前くらいだけどな」

「あー、それ俺のダチ。三人居ないと部活として成り立たないしな。名前だけ貸してもらった」

「……はっ」




 突然、鼻で笑いすっと立ち上がる彼女。繋いでいたギターをアンプから抜き、シールドとギターを素早くカバンに片付ける。

 思わず傍観していた俺だが、彼女が入口に立ってこちらを向き直ったことで我に返った。




「お、なんだ? 帰るのか?」

「ああ。邪魔して悪かったな。程々にのんびり頑張ってくれや──













この半端者」














 そう言った彼女の笑みは、実に綺麗だった。

 悪意の欠片も感じない、素直な言葉。

 だからこそ、俺の中にその言葉はやけに響いた。


 ガラガラと扉が閉まり、彼女が教室から出て行く間、俺はそんな彼女の後ろ姿しか見ることが出来なかった。

 慣れたはずのベースの重さが、何故か今はうざったく感じる。




「……うるせぇよ」




 苛立ちを隠せない俺は、それを発散するようにベースの弦を四本ともかき鳴らした。実に汚い不協和音だった。







ご閲覧ありがとうございます。彼女の脳内イメージは、某眼帯のカッコイイ方の軍艦を擬人化した女の子です。大好きなんですよね、あの日からずっと。


感想、評価、ブックマーク等して頂けると幸いです。


それでは、また次回。

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