やりたい放題は幼馴染みの特権
どうも、十ヶ月ぶり三回目のぎっくり腰をやらかしました。休日が飛びました。前回の反省を踏まえて動こうとしてるんですが、痛いです。
頭痛がする。
久しぶりの感覚に思わず右手で頭を抑えてしまう。店内には常連のお客さんが居るが、窓の外の様子と僕を見て楽しそうに笑っていた。
長良喫茶店。
僕の父さんがお師匠さんから受け継いだ喫茶店。今日は学校から帰ってから夕方の七時まで手伝いをすることになっていたので、明弥や洋輝と別れて下校していた。
時計をちらりと見ると、今は六時過ぎ。部活を終えて下校している人も多いだろう。
僕は帰って早々に店の手伝いに入り、少しだけ客足が遠のいた店内を見て一息ついていたところだった。
窓の外にはこちらに向かって元気よく手を振る明弥の姿と、無表情で小さく手を振る洋輝の姿。どうやら部活を終えて二人で帰ってきたらしい。
これだけならまだ飲み込む。これまでも何度かあった光景だ。しかし、二人の間にはもう一人の人物が挟まれていた。
「……父さん、あの子がさっき言ってた子だよ」
「おう。見たら分かる」
「手を振らないで」
頭を抑えながら、カウンター越しに父さんにそう告げる。父さんは苦笑いを浮かべながら、外の三人に向かって手を振る。
両肩に二人の手を置かれ、明らかにオロオロした様子で店内の僕と両脇の二人を交互に見る女の子。
昼休みに僕にバイトしたいと相談を持ち掛けてきた女の子だった。
「……何してるの?」
思わず店の外に顔を出し、頭痛の種になっている三人組に声を掛ける。
明弥はイタズラが見つかった子供のようにそっぽを向き、洋輝は未だに店内に手を振っていた。父さん、振り返さなくていいから。
「えっと……この二人に連れてこられて……」
「いやうん、それは分かる。本っ当にごめんね? あの馬鹿二人が……で、後ろの馬鹿二人答えてよ」
女の子はしどろもどろになりながら答えてくれた。が、予想通りの回答だった。本当に巻き込んで申し訳ないと思う。僕ではどうしようもないことが本当に複雑な気持ちではあるけども。
ため息を吐きながら、元凶二人のことを軽く睨むと、明弥が実にお気楽そうに口を開く。
「いやー、部活終わって二人で帰ろうとしてたらたまたま見掛けてさ」
「お茶しようって誘って連れてきた」
どうやら僕の幼馴染み達は、知らない内にナンパ野郎になってしまったらしい。
もっとも、二人ともまず間違いなくそのつもりが無いことは重々承知。口には出さない。
……だとしても、その誘い文句はどうなのだろうか。最近は肉食系が再流行でもしているのか。
「はぁ……立ち話もあれだし、中入って」
「奢り? 奢り?」
「刺すよ?」
店の前で長居されたらたまったもんじゃないので、溜め息を一つした後に三人を店内に招き入れる。もう既に何度も溜め息をしている気がするが、『しあわせ』が逃げないか不安だ。
そのまま空いていたのでカウンター席に全員座ってもらう。
「こちら、メニューになります。お決まりでしたらお呼びください……っていっても、二人はいつものでしょ?」
お冷を出しつつ机の上のメニューを開く。父さんは既に注文を受ける準備を済ませていた。
明弥と洋輝はそれぞれ返事をするが女の子はそういう訳にも行かない。見慣れない単語が多いのか、机の上のメニューを穴が空くほど見ていた。
「えっと…………か、カフェラテ…………で」
「お、初見でコーヒーのことほとんどわかんないけど、とりあえず名前を知ってるエスプレッソに行く初心者失敗あるあるしなかった」
「明弥、茶化さない。明弥だってカフェラテでしょ?」
トレーで明弥の頭を叩く。ガツンといういい音が店内に響き、明弥はその場で頭を抑え悶える。
常連さん達はいつも通りのやり取りにけたけたと笑っていた。この店に来る客の五割以上は何年もご贔屓にして下さっているので、僕らの事も当然把握していた。
一応彼ら彼女らに頭を下げ、そのまま頭をさすっている明弥を見下ろす。
「お客様、店内ではお静かにお願いできますか?」
「てめぇ……明日覚えとけよ……」
睨まれるも何処吹く風。僕は父さんに視線を向けると、既に熟練の手つきでカップに注いでいた。
辺りに拡がるコーヒー豆特有の薫り。僕はそれを傍らで楽しみつつ、少し彼らから離れて他のお客さんの所へ向かう。
「コーヒーのおかわりはどうしますか?」
「いや、今日はこれでおいとまさせてもらうよ。面白いものも見れたし」
そう言って笑う常連さん。僕をよくからかうこの初老の男性は、この店のマスターが父さんのお師匠さんだった頃からのお客さんで、週に一、二回は必ず来店されていた。
名前はちゃんと知らないが、それでも古くからの知り合いからかそれとも元々の人格からか、僕や明弥達によく話しかけてきていた。
彼はガタリと椅子を引き席を立つ。僕はそのままレジに向かい、伝票を受け取り会計をする。
「はい、八百三十円です」
「はいはい、丁度あるよ」
毎回同じメニューを頼まれるので、代金もいつも通り。お客さんは財布の中からスムーズに小銭を出し、トレーに置いてくる。僕はそれを受け取り、レジの中に入れる。
僕は自分で出来る一番いい笑顔を作り、お客さんへ一礼。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「うん。それじゃあ二代目に息子さん、また来週」
「はい。またのご来店を」
彼はそのままカランカランとドアベルを鳴らしながら扉を開き、既に暗くなっている外に出ていった。時計を見ると、既に六時半頃になっていた。
お客さんが座っていた席に行き、カップと皿を回収してカウンターの裏に置く。そこでようやく三人のことを見ると、既にそれぞれ注文していた品が出ていた。
「……美味しいです」
両手で丁寧にカップを持っていた女の子が、一言口にする。その顔はほうっと安心したような顔で、僕はその顔を見て軽く心の中で自慢する。
──当たり前だ。僕の父さんなんだから。
父さんが褒められたような気がして、『しあわせ』が心の中に溢れてくる。
「それはなりよりです。さてと……ここで働きたい、って事ですが……お名前は?」
「あ、えっと……」
カップを洗いながら、彼女の顔を改めて見てみる。
……やはり、見覚えはない。ここに来たことのある人かとも思ったが、どうやらそれも違うようだ。ここまで可愛い顔なら流石に覚えていそうなものだが、それでも覚えられていないだけだと言うのか。
幾ら人の顔と名前を覚えることが苦手にしても、もう少し努力する必要があるのだろうか。
「……水無月 遥です。実は、小さい時にお父さんとこの店に来たことがあったらしくて……それで来てみたんです」
水無月さんはそう言いながら、カップを置き、店内の内装に目を向け始めた。
父さんは暫し思案したかのような顔をしていたが、途端に顔をはっと上げる。
「……あぁ! 君、翔太の娘さんか! そうだそうだ、一回だけ君をつれてここに来たことがあった! いやぁ……随分と大きくなったんだね……」
顔を明るくさせ、懐かしそうな優しい顔をして水無月さんを見る父さん。
その瞬間、僕はカウンター越しに彼女の顔をより食い入るように見る。この店に来たことがあるということは、僕も高確率で見たことがあるはずだ。
「前に来たのが……俺がこの店でまた働き始めてから二年だから……八年前かな?」
「うん、僕絶対覚えてないや」
小学生時代の同級生どころか、中学生時代のクラスメイトの顔と名前が半分も一致しなかった僕だ。八年前のことなど覚えているわけが無い。
非常に申し訳ないが、仕方ない。
「……そっか、それとそうだよね」
「? 何か言った?」
「えっ? なにも?」
一瞬彼女が物凄く悲しそうな顔をした気がしたが、次の瞬間先程と同じ表情に戻っていた。
机の上のカフェラテはミルクとコーヒーが完全に混ざりきって、濃い茶色になっていた。
ご閲覧ありがとうございます。ボクが本格的に珈琲を嗜むようになったのは高校三年からでした。この時からブラックガバガバ飲める漣くん凄いですね。
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それでは、また次回。