9話 この国の生贄 最強が救えない命
目の前に立ちはだかる『アルカディア王国』が誇る四人の戦士。
そして余裕の表情を崩さない国王の息子――ルーシャス。
普通に考えれば、この状況で戦うのは無謀だろう。しかし生憎、俺は普通じゃない。俺はこの世で最も強い。いくらこいつらが強くても、俺が負けることはまずない。
「手早く済ませよう」
と、いつものように『時間停止』を使おうとしたところで、唐突に目眩がした。
「あぁ……やっばい」
「ゆきとさん!?」
アイリーンが心配そうにそう言った。
「『転生魔法』の反動か。どうやらしばらく、魔力の回復はできなさそうだ」
「『転生魔法』の……わたしを助けたから……わたしのせいで……」
「気にするな。あんたがあのまま死ぬよりかは100倍マシだ」
本来ならあの状況で『転生魔法』を使えば、死に至るのが普通だ。いくら普通じゃない俺であっても、ある程度のリスクは発生するということだ。
この調子だと、数日の間、魔力の回復はできなさそうだ。
今までは上級魔法を連発しても、即座に魔力が回復するので問題はなかった。しかし当分の間は、魔力の残量を考えて戦わなければ。
「油断し過ぎだ。人類最強」
ルーシャスがそう言った次の瞬間、四人の戦士が各々の魔法攻撃を一斉に放ってきた。俺はそれらを目視で回避し、間合いを詰めて肉弾戦に持ち込んだ。
俺は瞬間的に『怪力魔法』を発動すると、可愛い系の男と、オッドアイの女の顔面を掴んだ。そして、2人の後頭部を勢いよく大理石の床に叩きつけた。
「ぐあ!」「ああ!」
「そのまま寝とけ!」
魔力を節約して戦っても、こいつらに勝機はない。
あと2人だ。
「よくも!」
ムキムキ野郎がオーラを纏った拳を繰り出してきた。俺はそれを片手で受け止めると、もう片方の手に魔力を纏わせた。
「歯を食いしばれ!」
俺はムキムキ野郎の顔面に拳を叩き込んだ。
「あべし!」
ムキムキ野郎はその場に崩れ落ちる。
「あとはお前だけだ」
俺はマスク野郎に言い放った。
「…………」
ビュン!
と、風を切り裂く音が聞こえる。おそらく『風魔法』だ。シャリーの『召喚獣』が使っていたものと同じものだ。『風魔法』は視認することができないので、目視で回避するのは難しい。
俺は全身にバリアを張った。魔力を節約するために、弱めのバリアにした。
マスク野郎の放った攻撃がバリアに直撃し、バラバラに粉砕された。よし、計算通りの強度だ。マスク野郎の攻撃を無効化することには成功した。
「なっ! 俺の攻撃が……」
俺はマスク野郎との間合いを一気に詰めると、顔面に向けて拳を繰り出した。マスク野郎はそれを回避すると、再び『風魔法』を放った。俺は足に魔力を溜めると、マスク野郎と距離を取るため思いっ切り後方へと跳んだ。
先ほどまで俺がいたあたりで風を切り裂く音が聞こえる。まともに食らっていれば無傷では済まなかったか。
「その程度で俺をやれると思ってんのか」
俺は挑発的な言葉を口にした。
すると、マスク野郎は俺の足許を指差した。
先ほど倒したはずのムキムキ野郎が、俺の足を掴んだ。どうやらかろうじて意識を保っていたらしい。
「逃がさねえぞ」
ムキムキ野郎はニヤリと笑った。
「ふん、世界を救った勇者も大したことない。終わらせる」
マスク野郎は魔力を溜め始めた。魔力の感じからすると、おそらく完全なる『決め技』ってやつだ。まともに食らえばヤバそうだな。
「悪いが、手加減できそうにない」
仕方がない。
最悪こいつらが死にかねないが、状況が状況だ。
俺は全身から衝撃波を放ち、ムキムキ野郎をぶっ飛ばした。ムキムキ野郎は「ぐあああああああああ」と悲鳴を上げながら、近くの壁を突き破っていった。
「くっ、食らえ」
マスク野郎が強力な『風魔法』を俺に向かって放った。俺は跳躍して天井まで移動した。天井に足をつけると、マスク野郎に狙いを定めて、思いっ切り一直線に跳んだ
「しまっ――」
俺は右手に『雷魔法』を宿らせると、マスク野郎の頸動脈を切り裂いた。マスク野郎の首から鮮血が飛び散る。
「ぐほっが……」
マスク野郎は目を見開いたまま、その場に崩れ落ちた。
「やるじゃないか」
ルーシャスがニヤリと笑う。
「どうやらこのギャンブルはあんたの負けらしいな、ルーシャス」
「そうでもないさ」
ルーシャスの後ろから、妖艶な雰囲気の黒服の女が現れた。
「ルーシャス様、『ワープゾーン』は解除しました」
「よくやった。これでお前たちはここから戻れない」
ルーシャスはあくまで淡々とした口調で言った。
「えぇ……そんなんあり?」
そんなことが。『ワープゾーン』を解除しただと。
この黒服の女、さっきの四人とは格が違う。
「それと――」
と、黒服の女は言葉を続ける。
「『ワープゾーン』の接続先を逆探知し、先ほど『●●●●』を送りました」
「そうか。上々だ」
●●●●……だと。
所謂『暗号魔法』か。
限られた人間にしか聞き取ることができない。
「大変です、ゆきとさん! みんなのところに暗殺部隊が……」
「くそ! 逆探知だぁ?」
そんなこと、俺以外にできる奴がいるのか。
いや、それよりも……。
「みんなが危ない! 急いで戻らないと」
しかし、『ワープゾーン』は使えない。
「ルーシャス!」
俺は勢いよくルーシャスに飛び掛かった。しかし、俺の身体はルーシャスをすり抜けた。
「言い忘れていたが、私はここにはいない」
ルーシャスは少しずつ透明になっていき、「精々頑張るといい」という言葉を残して、やがて姿を消した。
「くっ、幻影か」
「最初からここにはいなかったってことですか……」
俺は黒服の女を睨んだ。
黒服の女は「静かにして」と言わんばかりに、人指し指を口許に近付けた。
「急いだほうがいいんじゃないかしら」
こいつに構っている暇はない。
「くそ! 行くぞ! 俺に掴まれ!」
「は、はい!」
アイリーンが俺の身体に掴まった。
俺は天井に向けて無属性の衝撃波を放った。天井は破壊され、大きな穴ができた。俺は勢いよく跳躍すると、その穴から王宮の外に出た。
俺は最速で――みんなの待つ宿に向かった。
宿に到着すると、俺たちは急いで『ワープゾーン』を設置した部屋へと向かっていった。
「みんな……無事でいて」
アイリーンが祈るようにそう言った。
「大丈夫だ。みんな強い。そう簡単にやられるはずがない」
「そ、そうですよね……」
「ああ、大丈夫だ」
言いながら、俺は『ワープゾーン』を設置した部屋の前に到着した。俺は錆び付いた把手を掴むと、勢いよく扉を開けた。
「…………なっ」
「…………そんな…」
部屋の中には、血まみれになったギャレスの姿があった。煙草を銜えながら壁に寄り掛かっている。弱々しく俺を見ると、おもむろに口を開いた。
「よお、ゆきと」
「ギャレス!」
「そんな……ギャレスさん」
俺とアイリーンは急いでギャレスに駆け寄った。
「待ってろ! 今助けてや――」
「よせ!」
ギャレスは力強く俺の腕を掴んだ。
「これ以上魔力を使うな」
「だけど――ッ!」
「よく聞け!」
と、ギャレスが声を張った。
「アリエスとアリアドネは無事だ。スラム街の『レインボー』ってバーに向かった。あそこには、俺の古い知り合いがいる。いけ好かない奴だが、信用はできる」
スラム街の『レインボー』。未来ゆきとが「そこに向かえ」と言っていた場所か。やはり奴はこうなることを知っていたのか。
「分かったからもう喋るな。あんたを死なせはしない」
「ゆきと、俺はもう死んでるようなもんだ。また『転生魔法』を使うつもりか? これ以上やるとお前もただじゃ済まないぞ」
「いいさ! あんたが死ぬよりかは」
「今何が重要か考えろ!」
ギャレスは声を張り上げた。
「ぐっ……げほっげほっ」
ギャレスは勢いよく咳き込んだ。
「ギャレスさん! しっかり!」
アイリーンが『治療魔法』を発動した。しかし、一向にギャレスの傷は塞がらない。
「いいんだ、もう……」
ギャレスは力強い目で俺を見た。
「ゆきと、お前を本当の息子みたいに思ってた」
「…………何言ってんだよ……ギャレス」
「なんてな。冗談だよ」
へへっ――と、ギャレスは力なく笑う。
「後は頼んだぞ」
それは、弱々しいギャレスが口にした、かつてないほどの力強い言葉だった。
「………………………………ああ」
ギャレスは安堵したように目蓋を閉じると、そのまま息を引き取った。
「そんな……ギャレスさん……」
「し、死んでんじゃねええええ!」
シャリー、ギャレス。
かつて王国を救った英雄パーティーの2人が――国家によって殺された。
この国を救った俺たちの行動は……本当に正しかったのだろうか。