8話 衝撃!俺がお前でお前が俺で…国王暗殺犯になっちゃった!?
「どういうことだ! ふざけているのかお前!」
俺は眼前に立ち尽くすその男に、動揺を隠せずにいた。何故ならその男は、俺とまったく同じ顔をしているからだ。
「い、一体どういうことですか……。ゆきとさんが、二人? もしかして、変態能力――あ、変身能力では……」
アイリーンが額に汗を滲ませる。
「ああ、そうかもな。確かめてやる」
誰かが化けているだけなら、この世で最も強いこの俺と、対等に戦うことは不可能だ。
「止まれ!」
俺は『時間停止』能力を発動した。
一瞬にして周囲は静寂に包まれ、アイリーンも偽物野郎もピタリと動きを止めた。
「ふん。呆気ないぜ」
俺は偽物野郎に『拘束魔法』を掛けようと、そいつに向かって一歩踏み出した。
――次の刹那だった。
国王に突き刺さっていた日本刀がカタカタと音を立てる。
馬鹿な、停止した時間の中でそんなことが……。
「――ッ!?」
日本刀は驚くべき勢いで俺に向かって飛来してきた。横薙ぎに振るわれた刀身を、俺は寸前のところで回避した。日本刀はそのまま偽物野郎の方向へと飛んでいった。停止していたはずの偽物野郎は、その日本刀を何食わない顔でキャッチした。
「なっ……時間は止まっていたはず!?」
「いいや違うね。厳密には時間を停止しているわけではなく、そう見えるほどのスピードで動いているに過ぎない。俺も同じスピードで動いているだけのことだ」
偽物野郎はニヤリと笑った。
俺と全く同じ顔で、あくどい笑みを浮かべた。
「うわ、俺って意外とイケメン……」
「それめっちゃ思った。俺もお前を見て、俺ってけっこうイケメンだなって」
「…………」
「…………」
「「でへへ」」
駄目だ、こいつ。
思考パターンまで俺とそっくりじゃねえか。
そう思いながら、偽物野郎をじっと見る。
「俺たち考え方までそっくりだな」
偽物野郎がそう言った。
「お、おう……」
やめろ、気持ち悪い。
緊張感が台無しになる。
「で、なんの話をしてたっけ?」
偽物野郎はそう言った。
「今週の名探偵コナン」
「ああ、そうそう。まさか安室さんが――はっ! しまった!」
引っ掛かったな!
「お前! やっぱり……。名探偵コナンを知っているってことは、俺の元いた現代日本を知っているってことじゃねえか」
「ふ、そう言えば俺も、同じ手段で引っ掛けたな」
「はあ?」
「まあいい。悪いが俺の正体については話せない」
なんじゃそりゃ。
「どういうことだ」
「ただ一つ言えることは、俺はお前で、お前は俺だってことだ。そして俺は――お前の敵じゃない」
「信用できない。『異世界召喚』される前に、アイリーンとそっくりの女の子を殺して、俺を襲撃したのは、あんただよな」
「悪いな。それについては、現時点で言うべきじゃない」
「だったら言わせてやる」
俺は右手に『火魔法』、左手に『雷魔法』を宿らせた。まずは右手の『火魔法』を偽物野郎に向けて放った。偽物野郎はそれを回避すると、こちらに向かって驀進してきた。俺は左手の『雷魔法』を偽物野郎の方向へと広範囲に放った。
広範囲攻撃なら回避はできまい。
「分かる分かる。俺もそうするからな」
偽物野郎は広範囲に放たれた『雷魔法』を――日本刀で切り裂いた。
「なっんじゃそりゃあ」
偽物野郎が日本刀を振るうと、漆黒の斬撃が飛んできた。
――駄目だな。これは避けるしかない。
俺は横方向にローリングして斬撃を回避した。漆黒の斬撃は背後の壁を粉々に破壊した。これはおそらくバリアでも防げていなかった。
まともじゃない俺でも、まともに食らっていれば危なかった。
偽物野郎は俺との間合いを一気に詰めると、日本刀を勢いよく振るった。
「分かった。やめよう」
俺の言葉を受けて、偽物野郎は日本刀の動きをピタリと止めた。
「分かってくれたか」
「ああ、俺たちの力はおそらく互角だ。このまま戦い続けたら、俺たちは無事でもこの国の人間に被害が出る」
「そういうことだ」
「どうやらあんたは、本当に『俺』なんだな」
「そういうことだ」
「召喚前に起きたことは……」
「すまないが、それについては言えない。本当に。言わないじゃない、言いたくても言えないんだ」
どうやら嘘ではないらしい。
これ以上追及しても無意味か。
「わかった」
俺たちは『時間停止』を解除した。
時計の針は進み始め、アイリーンが再び動き出す。
「え!? えぇえええええええええええええええ!?」
無理もない反応だ。
俺の放った『火魔法』や、偽物野郎もとい本物野郎(?)の放った斬撃で、部屋の中はボロボロだ。
「な、何をやってるんですか!?」
「いやちょっと……喧嘩しちゃった」
「喧嘩しちゃった! じゃないですよ! あ、また『時間停止』を使いました!?」
「まあな。それよりもアイリーン、どうやらこいつは、本当に俺そのものみたいだ」
「ど、どういうことですか? じゃあゆきとさんが偽物……」
「なんでだよ! 俺もこいつも本物――ん? いや、結局お前何者なんだ。まさか未来から来たとか、そう言う感じか」
本物野郎はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「人間の想像力とは不思議だよな」
「訳の分からないことを言うな。お前が俺本人なのは理解した。その場合、未来から来たと考えるのが妥当だ」
「まあ、そうなんだけど」
「そうなんかい! なんでさっき誤魔化そうとしたんだ!?」
「そのほうがミステリアスでかっこいいかと思って」
「そういうのいいから! ちゃんと答えろ! 馬鹿!」
「おまっ……俺に馬鹿って言ったら、お前自身にも馬鹿って言ってることになるからな。なんなら俺のほうが未来な分、お前よりわずかに賢い。つまりお前はより馬鹿ってことに――」
「んなことどうだっていいんだよ!」
俺ってこんな馬鹿だっけか。
「とりあえず今からいくつか質問する」
「いいだろう。これは冗談抜きで、答えられる質問と、答えられない質問がある。それについては分かってくれ」
「いいだろう」
ええっと、何から聞いていこうか。
「国王をやったのはあんたか?」
「答えはイエスだ」
未来ゆきとは、あっさりと国王殺しを認めた。
「何故そんなことをした? 今殺されるのは非常に困るわけだが」
「『タナトス』を終息させるためだ」
「『タナトス』は自然発生したウイルスだぞ? どういうことだ……」
「じきに理解できる。因果関係ってのは、奇妙なもんだ」
いやはや。因果関係は不明だが、国王を殺害することが『タナトス』の終息に繋がるということらしい。
「じゃ、じゃあ……わたしから質問! いいですか?」
アイリーンが手を上げた。
「どうぞどうぞ! なんでも聞きな、アイリーン」
未来ゆきとは優しく微笑んだ。
「あの、あなたは未来から来たんですよね。それは……『時間移動』は1万年以上前に封印された『古代の禁術』のはず。いくらあなたでも、そんなものを使えるはずが……」
「そうだな。封印された技術は、そもそも習得しようがない。だけど一つだけ手段がある。アイリーン、あんたにも分かるはずだ」
「まさか……アリエス!?」
なるほどな。そういうことか。
アリエスは古代の魔女を封印された少女だ。
つまりこいつは、封印を解いたということか。
「なんてことを……あんた、自分が何をしたか分かってるのか! アリエスに封印されている魔女は――あれは、人間の勝てる相手じゃないぞ」
「ああ、だが『時間移動』をするためには必要なことだった」
「…………」
「悪いな。そろそろ時間だ。最後に伝えておくことがある」
「なんだ?」
「スラム街の『レインボー』というバーに行け。そこのカウンター席の右から3番目に座って、バーテンに三回『ファックミー』と言うんだ」
「???」
「俺は伝えたぞ」
未来ゆきとは緩慢な動きでアイリーンに歩み寄っていった。
アイリーンの頬に手を当てて、弱々しく笑みを浮かべる。
「もう一度、あんたに会えてよかった」
「え……あ……」
「気にするな。なんでもないさ」
そう言うと、未来ゆきとは青白い閃光を発し、姿を消した。
「行っちまったか」
いつまでもここにいるのは危険だ。おそらく何らかの手段で人払いをしたのだろうが、いつまでも効果があるとは思えない。
「戻ろう」
「はい!」
俺とアイリーンは王室を出て、『ワープゾーン』へと歩を進めて行った。すると、前方から5人組の集団がやってきた。
「いやはや、魔王を倒して平和な世界が来たと思ったら、たった10年でこの有様だ。しかし私は礼を言おう。あの男を殺してくれて、ありがとう」
淡々とした口調で銀髪の男がそう言った。黒いコートを身に着けた20代後半くらいの男性で、端正な顔立ちをしている。
「ルーシャス様……」
アイリーンが驚愕の表情を浮かべる。
「ルーシャス……国王の息子か!」
そう言えば、国王には一人息子がいた。俺もこうやって顔を合わせるのは初めてだ。こう言ってはなんだが、国王とは似ても似つかない。
「そうだ。法律上、私はあの男の息子だ」
含みのある言い方だな。
というか――
「なんで国王が死んでることを知ってる!? というか俺は殺してねえ!」
いやまあ、殺していると言えば殺しているのだが。
「何故知っているのか。そんなことはどうでもいい。そして実際にお前が殺したかどうかも、どうでもいい。重要なのは何を事実とするかだ」
「勇者が魔王を殺した、そう発表する気満々じゃねえか」
「そうだ。私は王の座につくことができ、国民のヘイトは更にお前たちに向く。そうしない手はない。一石二鳥だ」
「なるほど。確かに……」
アイリーンが感心した様子でそう言った。
「おいおいおい、こっちは堪ったもんじゃないんだけど!?」
「そう悪いことばかりでもないさ。あの男はウイルスを集団免疫で終息させようとしていた。そんなことをすれば数百万人の国民が犠牲になる。自粛要請をしながら、補償もロクに出さないのも、そもそもまともなやり方で感染を止める気がないからだ」
「…………」
「私はそうではない。使えるものは最大限に使って、『アルカディア王国』を――そしてこの国に住む人々を救う。お前はそのための犠牲となれ。ヘイトに食われろ」
「おいおい、誰に向かって言ってんだ?」
確かにこいつは国王よりかはマシかもしれないが、そのための犠牲になる気は毛頭ない。
「お前にだよ、勇者。無理にでも従わせるさ」
「俺に勝てると思ってんのか?」
「さあな。ただ、私は好きなのだよ。破滅のかかったギャンブルがね」
ルーシャスがニヤリと笑う。
次の瞬間、ルーシャスを除く残りの4人が一歩前に踏み出した。
「一度殺してみたかったんだよね~。勇者って生き物を」
14,15くらいの可愛い系の男の子が、薄っぺらい笑みを浮かべる。
全身を『雷魔法』のオーラが覆い、眩い光を発している。
「あはは……死なない程度に殺してあげる、ペテン師きゅん」
オッドアイの赤髪の女が、ウインクをした。
全身を『火魔法』のオーラが覆い、こちらにまで熱が伝わってくる。
「殺してくれと泣きわめくところを見せてくれ」
パキパキと拳を鳴らしながら、ムキムキの男がそう言った。
圧倒的な無属性のオーラが、男を覆い尽くす。
「……………………早く済ませよう」
口許をマスクで隠した目付きの悪い男がそう言った。
全身を『風魔法』のオーラが覆い、空気を切り裂く音が聞こえてくる。
「さあ勇者、この国の精鋭たちだ。お前の力が本物なら、こいつらを倒してみろ」
ルーシャスがニヤリと笑う。
「おいおい……この国のレベルはここまで堕ちたのか? そこらへんの一般人かと思ったぜ」
俺はキメ顔でそう言った。
さて、死なない程度に殺すとするか。