7話 瞬間移動でラスボスまでショートカット!?あるいは国が滅ぶ病
シャリーはおそらく国王と『死の契約』を結んでいたのだ。詳細な条件は不明だが、おそらくシャリーの行動によって、国王に不利益が生じることになれば、契約によって死に至るのだろう。
一連の流れの中で、結果としてそれが発動した。
当然、シャリーが『死の契約』によって死亡したことは国王も察知しているはずだ。
「国王の認識としては、シャリーを魔王の娘を殺しに向かわせたら、なんらかのトラブルで返り討ちにされて死んだ、ってところか?」
ギャレスが俺に問いを投げ掛けた。
「いや、『死の契約』にも色々あるが、今回の場合は最悪のケースだ」
と、俺は言った。
「シャリーさんの見たもの、聞いたもの、全て国王に伝わっている……と言ったところですかね」
アイリーンはそう言った。回復したとはいえ、まだ少し苦しそうだ。
アリエスが心配そうに口を開く。
「だったら、わたしたち全員、いつまでもここにいるのは危険だよね」
それもその通りだ。
俺たちは更なる追手を懸念して、スラム街から離れた。勇者という身分は隠して、偽名を使ってホテルにチェックインした。こちらの人数も掴まれているので、念のために全員別々の部屋に泊まることにした。
短時間で色々とあり過ぎた。
作戦会議の前に、各々自分の部屋で休憩することにした。
「心配だな……」
俺はふと、アイリーンのことが脳裏をよぎった。 彼女は国に対して一定以上の忠誠心があった。こんな厄介なことになって、精神的なダメージもかなり大きいはずだ。
俺はアイリーンの部屋を訪ねることにした。
「俺だ。入っていいか?」
「あ、いいですよ」
アイリーンは部屋の扉を開けてくれた。
「適当に座ってください」
俺は部屋に足を踏み入れた。
「大丈夫か? アイリーン」
「……ちょっとピンチ、ですかね」
アイリーンはぎごちない笑みを浮かべた。木製の椅子に腰を下ろし、溜息を漏らす。
「助けてくださったこと。改めてありがとうございます」
「いいって。気にすんな」
「何かお礼をさせてください。わたし……申し訳なくって」
「じゃあ今度、美味しい店に連れて行ってくれよ」
「え……そんなことで……」
「あんたのおすすめが知りたい」
「……分かりました。ありがとうございます、ゆきとさん……」
俺はアイリーンに近付くと、ポケットからチョコを取り出した。『異世界召喚』をされる前、コンビニで買った10円のチョコだ。
「ま、それでチャラってことだ。これやるから元気出せよ」
俺はチョコをアイリーンに手渡した。
「なんですかこれ」
「俺のいた世界のチョコレートだ。高級品で滅多に手に入らない」
「ええ!? ゆきとさん、元いた世界ではお金持ちなんですか!?」
「そんなところだ。そのチョコを売って莫大な遺産を手に入れた」
勿論冗談だ。
「えぇ……嘘っぽいなぁ」
「値段は人を見て決めるんだが、あんたはただでいいよ」
「ふふ……ありがとうございます!」
アイリーンは冗談っぽく笑うと、チョコを口に運んだ。
「ん、おいし~! 高級品なのも頷けますね!」
「そうだろ?」
いや、それ10円……まあ、いいか。
俺とアイリーンは、そんな感じで少しの間談笑を楽しんだ。 事件のことには触れずに、どうでもいいような会話をした。
「それでね、ゆきと――あ」
アイリーンがしまったとばかりに言葉を止めた。
「いいよ、ゆきとで。敬語も別にいらないけど」
「……わたし、敬語を崩すのが苦手なんです。敬語を使っていれば、人と壁を作れるっていうか。程よい距離感を作れるから……」
「気持ちはわかるよ。こんな世の中なら、尚更他人と深く関わるのは怖いよな」
「ごめんなさい……」
「いいさ」
と、会話にひと段落ついたところで、扉をノックする音が聞こえた。
「ゆきと君? なんでアイリーンちゃんの部屋にゆきと君がいるの?」
「おいおい、アイリス。野暮なこと聞くな――いってぇ! 何しやがる!」
「あーもう。めんどくさいっての」
さて、今後の方針について話すとするか。
俺たちはそのままアイリーンの部屋で話し合いをすることにした。
「ゆきとよ、まず前提として、お前のゴールを聞いておきたい」
ギャレスが珍しく真剣な表情で俺に問うた。
「お前にとってのゴールはなんだ? この国を蝕む『タナトス』をなんとかすることか? それとも、汚名を晴らすことか? それとも、国王の野郎をとっちめることか? それとも、全部投げ出して元の世界に戻ることか?」
それらの質問に対する答えは、既に決めてある。
「全部だ。俺にとってのゴールは、『タナトス』をなんとかして、汚名を晴らして、国王の野郎をとっちめた後に、自分の世界に帰る」
これが俺の答えだ――と、俺は言った。
「そうでなくっちゃ」
と、アイリスは指をパチンと鳴らした。
「ゆきとさんらしいです」
アイリーンは柔和な笑みを浮かべる。
「欲張りな奴だな。魔族に向いてるよ、あんた」
と、アリアドネはいたずらな笑みを浮かべる。
「かぁー、言うと思ったぜ」
ギャレスは呆れた様子で言った。
「無理についてくる必要はない。ここにいるメンバーは全員、国王にとって口封じの対象だ。俺と一緒に戦う道を選ぶか、リスクは取らずに逃げるか、あんたたちで決めてくれ」
「わたしは戦う」
即答したのはアリアドネだった。
「もう逃げ回るのには飽きた」
「それもそうだな。俺も付き合うとするか」
アリアドネに続いたのはギャレスだった。
「ギャレス……意外だな」
「アリアドネが行くなら俺も行く」
「そう言えばあんた、アリアドネとはどういう関係なんだ」
「ある男に頼まれたんだ。この子を守ってくれってな」
ある男……?
「余計なお世話だっての……」
アリアドネは満更でもなさそうな顔でそう言った。
「二人はどうする?」
アイリーンとアイリスは笑みを浮かべた。
「言うまでもなく、国王をとっちめる!」
二人は同時にそう言った。
「そうと決まれば、話は早いな」
アイリーンが俺の肩をつんつんと突く。
「それは分かりましたが、具体的にどうするんですか? はっきり言って魔王討伐よりも難易度は高いと思います。特に『タナトス』に関しては、単純な戦闘力の高さでどうにかなる問題では……」
「『タナトス』の対策には、一つ心当たりがある。だがその前に、俺は国王に会ってくる」
「「「「はあ!?」」」」
全員が一斉に声を上げた。
「俺なら王宮に乗り込むのは簡単だ。なんかあったときのために、王宮を出る前『ワープゾーン』を設置しておいた。この部屋に直通の『ワープゾーン』を設置すれば、今直ぐ王宮に行くことができる」
「なっ! 相変わらずすげえなお前……ってか、そう言う話じゃなくて! わざわざそんなことしてなんになる!?」
「嫌いじゃないよ。そのアクティブさ」
アリアドネがニヤリと笑った。
「最終的には国王の嘘を暴いて、失脚させるのが俺たちの目的だ。そこで初めて、俺たちは汚名を晴らし、本当の意味で国王に勝利したと言える。単純に奴を亡き者にしたところで、なんの解決にもならない……」
「だけどまずは、国王と対話をしたい、ですよね」
アイリーンが付け加えた。
「そうだ。対話のない戦いは正義じゃない。まずは奴の話を聞きたい」
俺は部屋の中に『ワープゾーン』を設置した。
「『ワープゾーン』の設置を、こうも容易くね。相変わらずバケモンだな、お前」
「褒め言葉どうも……王宮に設置した『ワープゾーン』と繋げた」
よし、行くか――と、俺は魔法陣に足を踏み入れた。
「わたしも行きます。王宮の中のことは、ここにいる誰よりも詳しいはずです」
アイリーンが名乗り出た。
「よし、分かった」
アイリーンは「ありがとうございます!」と言いながら、魔法陣に足を踏み入れる。
「気をつけて行ってね、ゆきと君」
と、アイリス。
「死ぬなよ。あんたのこと気に入ったよ。戻ってきたらゆっくり話そう」
と、アリアドネ。
「この空気でこんなこと言うのもアレだが、チャンスがあれば、度数の高い酒を盗んできてくれ」
と、ギャレス。
「ギャレス以外のみんな、ありがとう! 行ってくる」
こうして俺とアイリーンは、『ワープゾーン』を介して王宮へと『ジャンプ』した。『ジャンプ』した先は王宮の物置部屋だ。この事態を想定していたわけではないが、比較的人の来なさそうな場所をチョイスしておいた。ちなみに王宮の『ワープゾーン』には『透明化魔法』を掛けているため、俺以外の人間は視認することができない。
「さて、王室に向かうか」
「はい! 慎重に行きましょう」
俺とアイリーンは警戒しつつ廊下に出ると、王室へと向かっていった。
「おかしい。人気がなさすぎる」
何かがおかしい。
そう感じながらも、俺たちは王室へと歩を進める。
「ちょ、ちょっと待ってください。なんですかこれ……」
見てみると、王室へと続く廊下に、一定の感覚で血の跡があった。
「まだ新しい。一体何が……」
俺とアイリーンは王室の前に到着すると、恐る恐る扉を開けた。
「な……ん、だと……」
王室の中には――身の丈ほどの日本刀で胴体を貫かれた――国王の姿があった。玉座の上で、目を見開いて絶命している。
「し、死んで、ますよね……」
「あ、ああ……」
国王が絶命していることも衝撃的だが、それ以上に俺が気になったのは――国王を貫いている日本刀だった。
その日本刀は、禍々しい漆黒のオーラを纏っている。
「これは……」
そう、この日本刀には見覚えがあった。
異世界召喚される直前に、アイリーンと瓜二つの少女を殺害し、俺を襲撃したピエロマスク! 奴が持っていた日本刀だ。
「ゆきとさん、これは……」
「くっ――誰だ!」
背後から人の気配を感じ取った俺は、そちらに視線を向けた。
そこには、ピエロのマスクをつけた男がいた。
間違いない、現代日本で俺を襲った奴だ。
「お、お前は一体……なんなんだ」
そいつはおもむろにマスクを外した。
「な……」
ピエロマスクを外した男は――俺とまったく同じ顔をしていた。
「待ちくたびれたよ。ゆきと」
そいつは、不敵な笑みを浮かべてそう言った。