6話 本当の敵とタナトスの正体。ついに明かされる残酷な真実
気が付くと、俺は何もない真っ白な空間にいた。おそらくシャリーの『精神世界』だ。俺の腕を掴んだ瞬間、自らの『精神世界』に引き込んだようだ。現実の世界と違い、『精神世界』には時間の概念が存在しない。
「何かを伝えたいのか……ん?」
俺は真っ白な空間の中で、シャリーと思われる女性の、後ろ姿を確認した。
ゆっくりと歩みを進め、彼女の肩に手を置いた。
「おい、シャリー――なっ!」
瞬間、周囲が真っ白な空間から、見覚えのある豪邸の庭になっていた。豪邸は激しく炎上していて、今にも崩れ落ちそうだ。
「あ、あ……」
シャリーはその場に膝を突くと、絶望の表情を浮かべた。
「俺のことは見えていないのか」
どうやらこれは、シャリーの記憶を見せられているようだ。
「お、おかあさん……おとうさん……」
母さん?
まさか、ここは。
「そんな……シャリーの家か」
間違いない。見覚えがあるわけだ。
激しく燃えていて、もはや判別が難しい領域にまで来ているが、ここは間違いなくシャリー一家が住んでいた家だ。
「まさか……こんなことがあったなんて」
しかし、一体何故だ。
シャリーは国一番の魔導士で、魔王を倒したパーティーの……あ。
「そうか、そういうことかよ」
この国の民衆からすれば、俺たちは魔王を殺したと嘘を吐き、国中を騙していたペテン師集団だ。そのペテン師集団の吐いた嘘のせいで、10年越しに魔王は活動を再開し、『タナトス』を『アルカディア王国』に撒き散らした。
そのことに対するヘイトを、シャリーに向けたわけか。
「なんで、なんでシャリーはここまでされたんだ」
俺がその言葉を口にした途端、周囲は『アルカディア王国』の首都に移り変わった。大勢の人間が集まり、王宮の前でデモをしている。
「勇者はペテン師だ!」「勇者を殺せ!」「嘘吐き集団め!」「お前らのせいで俺たちはボロボロだ!」「魔王を殺したなんて嘘を吐きやがって!」「『タナトス』の蔓延は勇者のせいだ!」
感染のリスクがありながらも、俺を糾弾するために、デモまでしていたのか。いや、そうせざるを得ないところまで、国民のストレスは限界に来ていたというわけか。
「違います! 勇者様はペテン師なんかじゃありません!」
王宮から姿を現したシャリーが、力強い声でそう言った。
「魔王は確かに死にました! わたしたちは! 勇者様は……あのお方は、嘘なんか吐いていません!」
シャリーは涙ながらに声を上げた。
そんなシャリーに対して人々は――
「ふざけたこと言ってんじゃねーぞクソアマ!」「死にやがれ! この〇〇〇女!」「誰かその女を殺して! 気が済まない!」「俺の親父は『タナトス』で死んだんだ!」「わたしは職を失った!」「みんなが苦しんでるのは魔王とお前らのせいだぁあああ!」
シャリーは、この世の終わりみたいな絶望的な表情を浮かべた。そんなシャリーの頭部に、民衆の投げた石が命中する。
「うっ!」
シャリーはその場に力なく崩れ落ちた。頭から血を流しながら、なんとか立ち上がる。
「ひっ! いや!」
シャリーは逃げるようにして王宮に戻っていった。
――次の瞬間、全てが燃え尽きた豪邸の前に、俺はいた。
放心状態のシャリーが、庭で仰向けに倒れている。涙はとっくに枯れたようだった。
やがて彼女の口許が僅かに歪む。
「ひっ、はは……あひっ……ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
シャリーは狂ったように笑い出した。
声が枯れるまで、その笑い声は続いた。
それから一時間ほど、シャリーは無言で虚空を見つめ続けた。
「わたし……何やってたんだろ……」
心なしか、シャリーはほんの少し冷静さを取り戻した様子だ。
「なんだよこれ……」
俺は想像を絶するシャリーの記憶に、頭が真っ白になっていた。
人はここまで残酷になれるものなのか。
「勇者様」
背後から、声が聞こえてきた。
見てみると、そこにはシャリーがいた。
記憶の欠片ではない、本物のシャリーだ。
「これを、俺に見せたかったのか」
「……この国の人間に、救う価値があると思いますか?」
シャリーは俺の質問を無視した。
「……俺は――」
「わたしはそれでも、救う価値があると思います」
「なっ」
ここまでされておいて、何故そんなことが言える。
「ヘイトを向ける対象が欲しかったのでしょう。みんな弱いから、誰かを攻撃しないと、自分を保つことができないんです」
「……そんな理由で、あれを正当化することはできない。あいつらは! お前の家族を! 皆殺しにしたんだぞ!」
「そうですが、そうじゃないとも言えます。公式には、あれは不注意が招いた事故ということになりましたから」
「はあ!?」
そんなことが、許されるのか。
「わたしは『タナトス』の正体を、あなたに明かすために、こうして『精神世界』に呼びました」
「『タナトス』の正体……?」
「そうです。そのための前段階として、あなたに人間心理を分かって欲しかった。だからあれを見せたんです」
「ど、どういうことだ」
「結論から言いましょう」
シャリーは一呼吸の間を置いて、こう続けた。
「『タナトス』は誰の仕業でもありません。あれはごくごく普通の、自然発生したウイルスです」
え?
は?
な、なんて言った?
「このことは当然、国王も知っています。というか、一部の人間のみに知らされている国家機密です。そもそも、魔王の仕業と言う情報自体、国がでっち上げたフェイクです」
「え、じゃ、じゃあ……なんで俺を」
「あなたを召喚したのは、ユーリウスとアイリーンの独断。彼らは『タナトス』が自然発生であることは知りません」
「…………何故国王は、そんな……魔王の仕業なんて嘘を吐いた?」
ふふ、とシャリーは笑った。
「簡単な話ですよ。自然発生したウイルスにここまで追い詰められたとなれば、民衆は間違いなく国の対応を責めるでしょう」
「まさか……それを避けるために、魔王の仕業にして、ヘイトをそっちに向けさせたってことか?」
「その通りです。より厳密に言うなら、魔王とその娘、そして魔王を殺し損なった勇者パーティーに、民衆のヘイトを向けさせた、ですね」
なんてこった……。
「お前はなんでそのことを知ってる?」
「だってわたしは、国王直属の魔導士だから」
国王の直属だって?
「な、なんでだ! あんたの家族は、国王に殺されたようなもんだろ」
「あなたもいずれ理解しますよ。あの人の恐ろしさを知れば」
「恐ろしさだ? 俺が負けるわけ……」
「個人の力でどうにかできるほど、この国の抱える闇は単純ではないんです」
シャリーは力なく笑った。
「わたしは国王に頼まれて、魔王の娘であるアリアドネを殺しに来ました。彼女が死ねば、魔王の生存を証拠づける存在はなくなります。万が一にもヘイトの対象が実在しなかったなんてことになれば、一環の終わりですからね――これがわたしの伝えたかったことです」
シャリーは俺の頬に手を当てた。
「もっと早くにあなたと再会できていれば、もうちょっとマシな最期だったのかな」
ごめんなさい、勇者様。
その言葉を最後に、俺は現実世界に戻った。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
そうか。
そういうことだったのか。
「あの、おにい……ゆきと、君?」
アリエスが心配した様子でそう言った。
「全部わかったよ」
「どういうことだ」
と、アリアドネ。
「シャリーが何故こうなったのかも、本当の敵がなんなのかも」
「ど、どういうことですか?」
アイリーンが、苦しそうに上体を起こした。
「本当の敵は魔王なんかじゃない。魔王は死んだ。本当の敵は」
本当の敵は――
「『アルカディア王国』、この国そのものだ」
こうして、俺たちの真の戦いは始まった。
これは英雄の物語ではない。
国家に立ち向かった――反逆者たちの物語だ。