4話 早くも核心へ!異世界転移して1日で世界を救う!?
「魔王はどこに潜伏してる?」
直球な問いかけに対して、魔王の娘は鼻で笑った。本人曰く、名前はアリアドネと言うらしい。
「なんだ、そんなことか」
「なんだとはなんだ」
アリアドネを制圧した後、俺たちは近場でゆっくり話ができそうな場所を考えた。その結果、かつて仲間と共にスラムに拠点を構えていたことを思い出した。パッと見はごく普通の民家だが、強力な『防音魔法』によって、外部に音が漏れる心配はない。
あれから10年経過しているが、ギャレスによると問題なく使えるとのことだ。というか、ギャレスは最近ここで暮らしているらしい。
「いやー、それにしても懐かしいなー」
と、ギャレス。
「ほんとだねー。ここでよくシャリーおねえちゃんに、お菓子の作り方教えてもらってたなー」
と、アリエス。
シャリーとは、一緒に魔王を討伐した仲間の一人で、王国中から天才魔導士と称された、才色兼備のお嬢様だ。今頃どこで何をしているのか、気になるところではある。だが、今優先すべきはアリアドネへの尋問だ。
「ん? というかギャレス! あんた、なんで裏切った流れシレっとなかったことにしてんだ!」
「ちっ、バレちまったか」
「バレるに決まってんだろ! なんでアリアドネを匿ってたんだ? いや、まあいい。その件については後でじっくり聞かせてもらうからな!」
さて――
と、俺はアリアドネを見据えた。
暴れるといけないので、『拘束魔法』で椅子に座った状態から動けなくしている。
「それで、魔王はどこにいるんだ?」
「何言ってんの? あんたたちが10年前に殺したんじゃなかったっけ?」
「殺せてないから、今世の中はこんなことになってるんだろ」
「仮にそうだとして、わたしがなんか知ってると思うわけ?」
「自分の娘まで危険に晒すとは思えない。なんか知ってるんだろ?」
やれやれと言わんばかりに溜息を吐くアリアドネ。
アイリーンが緊張の面持ちで、俺のほうを一瞥した。
「そうだね、確かに。パパは、わたしを危険に晒すようなことはしない」
待て待て。
なんだ、アリアドネのこの態度は。
まったく焦っているように見えない。
「何が言いたいんだ?」
「いや、ごめん。質問されて嬉しくてさ」
「???」
「わたしに用がある奴は大抵、わたしを殺したいだけのケダモノだから」
アリエスがぼそぼそと何かを呟いた。
よく聞き取れなかったが……まあ、いいか。
「命を狙ってる? どういうことだ」
「魔王の娘だからだよ。わたしが何もやってなくても、魔王の娘ってだけで、命を狙う理由としては十分でしょ」
皮肉たっぷりにアリアドネは言った。ヤケクソ染みた笑みを浮かべて。
「……悪い」
「そう思うなら、拘束を解いてよ」
「……悪い」
「お、おう……」
仕方ないとはいえ、俺が魔王を倒したことによって、アリアドネは確実に不幸になっている。そのことに対する罪悪感がまったくないと言えば嘘になる。しかし今は、こいつから何らかの手掛かりを掴まなければ、前に進むことはできない。
「それで、話を戻すが――」
「パパなら死んだよ。確実にね」
俺の言葉を遮るようにして、アリアドネはそう言った。
「何? だけど現に……」
「今起きている『タナトス』によるパンデミックについては、わたしは一切分からない。ただ一つ言えるのは、これはパパの仕業じゃないってこと」
「なんでそう言い切れる……」
「わたしには分かるから。パパが死んでいることが」
言いながら、アリアドネは目を見開いた。
魔族特有の赤い瞳で俺を見る。
「魔族は血の繋がりが強い種族。だから自分の近親者が死ねばすぐに分かる。それくらい、あんたなら知ってるでしょ?」
「ああ……まあ」
それはその通りだ。
「嘘を吐いてるとしか考えられません! 魔王が死んでいるなんて! そんなことあるはずがないです!」
アイリーンが焦燥した様子でそう言った。
「ゆきと君、あれを使ってみたら?」
アリエスがそう言った。
「そうだな。嘘を吐いていればすぐに分かる」
俺は『告白魔法』をアリアドネに掛けた。
これを受けた者は、嘘を吐くことができなくなる。
とはいえ、答えないという選択肢は取れる。しかし、この状況でアリアドネが沈黙した場合、「魔王は死んでいる」という嘘が吐けなくなったことを意味し――それはすなわち、魔王の生存を意味する。
「もう一度訊こうか。魔王は本当に死んでいるのか?」
「死んでいる。確実にパパは、死んでいる」
アリアドネは即答した。
この瞬間――あまりにも呆気なく、魔王の死は確定してしまった。
「な……なんだと」
これはマズい。
マズいことになった。
「そんな……じゃ、じゃあこの『タナトス』は、魔王の仕業じゃないってこと、で、ですか? そんなことが……国王は、一体何を……」
アイリーンが、酷く困惑した様子で、床に膝を突いた。
「え、えと……ギャレスは、知ってたの?」
アリエスがギャレスを見る。
ギャレスは無言で首肯した。
「…………」
俺はアリアドネから『拘束魔法』を解除した。アリアドネはおもむろに立ち上がると、暴れるわけでもなく、なんとも言えない表情で俺を見た。
「なんで拘束を解いたの?」
「あんたは、敵じゃない。悪かった……」
アリアドネは気まずそうに視線を逸らした。
「いや、まあ、慣れてるよ。ていうか、先に手を出したのはこっちだし。気にしなくていいよ」
「……あんた、俺のことが憎くないのか? 俺はあんたの父親を……」
「別に? パパが何をしていたのかは、知ってるから……」
「…………」
完全に黒だと決めつけて行動していた、魔王の娘というだけで。こうして普通に話してみると、俺なんかよりも余程まともな人格をしている。
「はぁ~~~~~~~~、ひやひやしたぜ! よかったー丸く収まって」
ギャレスが疲れ果てた様子で椅子に座った。
「そう言えばギャレス、なんであんたアリアドネと繋がってたんだ?」
「あぁ……それなんだが――」
――コンコン。
と、扉を叩く音が聞こえてきた。
「――ッ!?」
ショックを受けて放心状態だったアイリーンが立ち上がった。
「ここの場所を知ってるのは?」
俺はアリエスに問うた。
「魔王討伐に乗り出したメンバーだけだよ」
「そうか……」
ということは、普通に考えるとノックの主は、残りの仲間であるシャリーかウェッジの二択ということになる。
「俺が行こう」
そう言うと、ギャレスはナイフを手に取り、警戒しつつ扉に近付いて行った。
扉ののぞき穴に目を近付け、少ししてから、ギャレスは扉を開けた。
「よお、シャリー……」
「わあ! お久しぶりです、ギャレスさん! 探したんですよ! やっぱりここにいましたか!」
そこにいたのは、かつての仲間の一人であるシャリーだった。
王国中から天才魔導士と称された、才色兼備のお嬢様。
あれから10年が経過しているということは、今は20代後半くらいだろうか。確かに言われてみれば、すっかり大人の女性と言う感じだ。
「おお! あんたシャリーか! 久しぶりだな!」
「勇者様……ッ!?」
一瞬にして、シャリーの顔が青ざめた。
「あれ? どうかしたのか?」
様子が変だ。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺せ」
と、シャリーは、別人のように低い声でそう言った。
ビュン! と、風を切り裂くような音が聞こえた。
次の刹那――
肉を切り裂く不快な音が鳴り、ギャレスの右腕が切断される。
そして、奥にいるアイリーンの首のあたりが切り裂かれ、勢いよく鮮血が噴出する。
飛び散った血液による醜悪なペインティングが、近くにいたアリエスに施される。
一瞬にして、かつての仲間たちの拠点は、地獄と化した。