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3話 死闘!魔王の娘!……のはずが、強過ぎてごめんなさい

 王宮を一歩出て、そこでまず異常に気付いた。


 周囲に人の姿がまったくない。田舎ならともかく、ここは『アルカディア王国』の首都だぞ。所詮は人口2億にも満たない島国ではあるが、こんなすっからかんなはずがない。

 俺はアイリーン、アリエスと共にスラム街へと足を進めていった。ユーリウスはあくまで政治家であるため、同行はしないらしい。


「しかし、見れば見るほど静かだな。『アルカディア王国』の首都とは思えない」

「感染を広げないため、国王からの要請を民が受け入れているからです。あくまで要請なので、無視することは可能ですが、今のところ大多数の人々は受け入れています」

「それも全て、魔王を討伐すれば済む話ってことか」

「そうなります。それが『タナトス』を食い止める唯一にして絶対のルートです」


 アイリーンは『閉店 今までありがとうございました』と書かれた飲食店の看板に目を向けた。あそこは確か、個人事業主のおばあさんが営業していた居酒屋だったか。


「『タナトス』が広がってから、まだ半年も経ってないのに……。この状況だと、しょうがないよね……」


 アリエスは悲しそうな表情を浮かべる。


「今は人が密集すること自体が、『タナトス』の感染を広げる原因になります。そうなると必然的に、人が密集する事業は客足が遠退きます」

「え? でも、それは国がなんとかしてやれば……」

「残念ながらこの国に、その規模の補填は不可能です。『自粛しろ。だけど補償は少ししか出せない』それが現状です」

「それじゃあ……無理矢理にでも店を開けるしかないんじゃないのか?」


 生活していくためには、そうするしかない。


「そうしている店もあります。尤も、多くの人からヘイトを向けられることは避けられませんが。少し前、夫婦で営んでいる定食屋さんが、自粛要請に応じなかった結果、魔王の手先と罵られ、放火される事件がありました」

「なんてこった……」

「『タナトス』は経済や、人の心を蝕む呪いでもあるんです」


 それから1時間ほど歩き、国の所有する建築物の中にある『ワープゾーン』に到着した。俺たちは魔法陣に足を踏み入れ、スラム街へと『ジャンプ』――即ち、瞬間移動をした。


 相変わらず『ジャンプ』は気分が悪くなるが、スラム街にある廃工場へと、無事瞬間移動できたようだ。


「前から思ってたんだけど、なんで『ワープゾーン』を王宮の中に置かない?」

「あー、それはですね、悪い人たちが、『ワープゾーン』を逆行して王宮に来ないためですよ。まあ、呪文を知らない限り、『ワープゾーン』は使えないので、大丈夫だろうなーとは思うんですが」


なるほどなーと思いながら、俺は工場を後にした。相変わらず独特のにおいがする場所だ。そこら中にゴミが散乱していて、野良猫が楽しそうにそれを漁っていた。首都と比較すると、人の姿もちょくちょく目についた。


「何故彼らが外にいるか、分かりますか?」

「外にいると感染のリスクがあるが、そもそもスラムの住人には、帰る家がない奴らもいるってことか」

「そうです。その上、まともな医療も受けられない。変死してから『タナトス』に感染していたことが分かるケースも増えています」

「想像以上にマズいことになってんな」


 説明は受けていたが、実際に目にすると深刻さが伝わってきた。そのことを察したのか、アリエスが優しい言葉を投げ掛けてくれた。


「ゆきと君、それをなんとかするのが、わたしたちの役目だよ。とにかく、ギャレスに会って話を聞こう?」

「そうだな」


 俺たちはギャレスに指定された場所に向かった。場所は閉店済みの居酒屋だ。裏口から店の中に入る。薄暗い廊下を進むと、見覚えのある男がカウンター席に腰掛けていた。


「あんた……ギャレスか」

「度数の高い酒を飲んでる! よっ! 久しぶり!」


 そこには、10年前とまったく変わらない姿の男がいた。変わり果てた『アルカディア王国』の姿を見て、完全に落ち込んでいたが、少しだけ元気が出てきた。


「ギャレス! うおおおお! 久しぶり! 元気そうでよかったよ! あんた全然昔と変わってないな!」

「10年前から既におっさんだったもんね」


 と、嬉しそうにアリエスが言った。


「ちっとも褒められてる気がしねえや! 愛してるぜ、お前ら!」


 ギャレスは手にしていた酒を一気に飲み干した。


「すっかり世の中はイカれちまったけど、こうやって昔の仲間に会えると元気が出るぜ! なあゆきと!」

「そうだな! それで、ギャレス……あんたに聞きたいことがあるんだ」

「ああ、分かってる。魔王の娘の居場所、だろ。安心しろ。確かな情報がある」

「さすがだなあ! ギャレス! ありがとう!」

「ああ! まあ、とりあえず飲めよ! お前はまだガキだから、フルーツジュースで勘弁してくれよな! ほれ!」


 そう言うとギャレスは、人数分のジュースをグラスに注ぎ、俺たちに渡してきた。


「あ、ありがとう。でも……」

「いいから飲めってほら」


 まあ、わざわざ情報をもらうわけだから、少しくらい相手してやるか――と、そこらへんの奴なら思うのだろう。


「じゃあいただくよ……とでも言うと思ったか?」

「ん? なんだって?」


 ギャレスは困惑した様子でそう言った。


「どういうことですか?」


 と、アイリーン。


「おにい……ゆきと君?」


 と、アリエス。


「おっさんのよくやる手だ。大方、睡眠薬か何かで俺たちを眠らせて、誰かさんに引き渡す気なんだろう」

「え、そんな……」


 アリエスがショックを受けた様子でそう言った。


「誰かさんって……まさか魔王ですか?」

「もしくはその娘だろうな。ま、裏切りはこのおっさんの十八番だ」


 残念ながら俺の目はごまかせない。


「な、なにか証拠でもあるのか?」

「証拠、ねえ。じゃああんた、このグラスの中身を飲み干してみな」


 俺は自分に渡されたグラスを、ギャレスに手渡した。


「…………」


 ギャレスは少しの間グラスに視線を向けると、中の液体を残さず一気に飲み干した。そしていたずらな笑みを浮かべて俺を見た。


「睡眠薬がなんだって?」

「あれ……」

「あれから10年も経ってんだ、人は変わるもんだ。世の中がこんなに滅茶苦茶になってる中で、お前らを裏切ったりしねえよ」


 へへっと、ギャレスは口許に笑みを含む。


「ギャレス……」


 どうやら俺の思い過ごしだったようだ。

 これは申し訳ないことをした。

 そう思った次の刹那、背後から「きゃっ!」というアリエスの声が聞こえた。


「なっ」


 声のした方向に視線を馳せると、そこには一人の女がいた。アリエスの首筋にナイフの切っ先を突き立て、俺を睨んでいる。


「よぉ、勇者様……妙な真似をしたらコイツを殺す」


 物騒な台詞を吐いたその女は、年齢的には俺やアリエスと同い年くらいに見えた。ボーイッシュな印象のショートヘアと、刃物のように鋭い目つきが特徴的だ。しかしそれよりも印象的なのは――真っ赤に染まった瞳の色だ。

 同じ目をした者を、俺は2人だけ知っている。

 魔王と――魔王の娘だ。


「あんた……魔王の娘か」

「ふ、よく分かっ――質問には答えない」


 半分言ってますやん。


「おいギャレス、あんたどういうつもりだ」


 俺はギャレスに目を向けた。するとギャレスは、酷く苛立った様子で口を開けた。


「おい、なんで出てきた! ゆきと……勇者相手に戦っても絶対に勝てない! そう言っただろ!」

「うるさい! こいつが来た以上、逃げ切るのはムリだろ。もう国家の犬と追い掛けっこするのは飽き飽きなんだよ!」


 今の発言から、こいつが魔王の娘であることは間違いなさそうだ。

 魔王の娘はアリエスを突き飛ばすと、俺に向かってナイフを投擲してきた。角度的に、このままだと頭部に命中するだろう。俺は首の角度を少しだけ傾け、必要最小限の動きでナイフを回避した。

 次の刹那、魔王の娘が、一瞬にして姿を消した。

 いわゆる瞬間移動ってやつだ。


「くたばれ! 間抜け!」


 罵倒の声と共に、ナイフを手にした魔王の娘が、背後から飛び掛かってきた。なるほど、どうやらさっき投擲した刃物を目印にして、瞬間移動をしたらしい。


「ゆきとさん! 危ない!」


 アイリーンの声が聞こえる。


「ふーん」


 俺は『分解魔法』でそのナイフを原子レベルにまで分解した。


「なっ」


 魔王の娘は一瞬困惑の声を漏らしたが、すぐに次の攻撃に切り替えた。右手に『雷魔法』を宿らせて、それを俺に対して繰り出してきた。いわゆる雷属性の突き攻撃だ。威力は頼りない部分もあるが、スピードに関しては相当なものだ。

 さすがは魔王の娘と言ったところか。

 これで大抵の奴は対応できずに絶命するだろう。


「さすがだ」


 しかし、自画自賛するようだが、俺に対応できない攻撃など存在しない。スピードタイプには広範囲攻撃で対応するのがセオリーだ。

 俺は魔王の娘に向けて広範囲の衝撃波を飛ばした。


「ぐわっ!」


 魔王の娘はモロに衝撃波をくらい、後方の壁と一緒に、店の外へと吹っ飛ばされた。魔王の娘は、さながら屠られた獲物のようにスラムの地面に投げ出された。


「ぐぐ……」

「よかった。死んでないな。久々だったから、ちゃんと手加減できたか心配だったんだ」


 魔王の娘は苦しそうにしながらも、なんとか立ち上がった。少しの間、ふらふらすると、親の仇のように俺のことを睨み付けた。

いや、実際親の仇で間違いないのだが。


「こんの野郎!」


 魔王の娘は「これでキメてやる!」と叫びながら魔力を溜め始めた。


「ゆきとさん! 見てないで早く!」

「まあまあ、落ち着いて、アイリーンちゃん。ゆきと君なら、大丈夫だから」

「ったく、どうしてこうなっちまうかなぁ」


 後ろのほうで何やらやり取りが聞こえるが、ひとまずは目の前の敵に集中だ。

 何やら魔王の娘を中心に、周囲にバチバチと『雷魔法』が発生している。

 魔王の娘が、掌を天に向かって突き出すと、やがてデタラメに飛び散っていた『雷魔法』は一点に集中していった。


「食らいやがれタコ助」


 魔王の娘は、一点に集中した『雷魔法』を、俺に向けて一気に放出した。

 いわゆるビーム攻撃というやつだ。

 一般的な基準で言えば、相当な威力だ。だがしかし、俺なら容易に打ち消すことができる。俺は自分の周囲にバリアを展開して、ビームが無効化されるのを待つことにした。

しかし、ビームは寸前のところをで軌道を変えると――俺を回避して、後方にいる仲間たちへと向かっていった。


「へっ」


 魔王の娘はあくどい笑みを浮かべた。


「やるねー」


 この状況で俺に対して一矢報いるとすれば、仲間を狙うのは最適解かもしれない。ここからではアイリーンたちにバリアを展開するには間に合わない。高速移動して回避させるにしても、さすがに今からでは遅い。

 仕方がない。

 ――俺は時間を止めることにした。


「止まれ」


 その瞬間、時の流れは完全に停止し、俺以外の全てのものが、その場で停止した。厳密には時間が停止しているわけではない。止まっているように見えるくらい高速で動いているとか、そういう仕組みらしいのだが、残念ながら俺もよく知らない。

 この時間停止能力に関しては、他人からコピーしたものだからだ。

 ともあれ、俺は時間停止によって動きを止めた『雷魔法』のビームに目を向けた。


「さーて、どう対処したもんか」


 あれこれ考えた結果、俺は『念力魔法』によって、ビームの向きを空に向けた。


「あとはっと」


これ以上戦闘が長引いても困るので、魔王の娘に『拘束魔法』をかけておいた。

これで一通りの対処は済んだだろう。

俺は時間停止を解除した。


「な……な!?」


 時間停止が解除された瞬間、魔王の娘は『拘束魔法』によって、その場に崩れ落ちた。地面に顔面を密着させた状態で、「うぅ……」と屈辱的な声を漏らす。


「え、え? 何が起きたんですか……」


 当惑するアイリーンの言葉に応えるよう、ビーム攻撃が上空で砕け散った。

 アイリーンは訳が分からないという表情で、上空に視線を向ける。


「アイリーン、ひとまず、魔王の娘は捕まえたけど。次、どうする? 魔王でも倒しに行くか?」


 俺はキメ顔でそう言った。

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