2話 世界を救った俺がペテン師扱い!?伝説を取り戻せ
気が付くと、そこは見覚えのある王宮の中だった。そうだ、ここは俺がかつて救った国――『アルカディア王国』の王宮だ。
「久しぶりだね。おにいちゃん」
同い年くらいの少女が、俺に話し掛けてきた。少女はおかっぱ頭の黒髪パッツンで、白いローブを身に着けている。他にも同じような服を身に着けた人が、何人か俺を見ている。
おそらく全員召喚士だろう。
そりゃそうか。俺はまさに異世界召喚されたわけだからな。それも、一度救った世界で、どういうわけか、再び。
ん? 待てよ。
「おにいちゃんだと?」
俺のことをそう呼ぶ奴は、この世界に一人しかいない。
「お前、まさかアリエスか!?」
「そう……アリエス」
アリエスは照れた様子で目線を逸らした。
「待て。どうなってる。お前……」
アリエスは7,8歳くらいの少女だったはずだ。目の前にいるアリエスの面影のある少女は、明らかに10代後半はいってる。
「あれから10年経ってるんだよ、おにいちゃん」
「……10年、だと? どういうことだ……」
「異世界召喚のルール、覚えてる?」
異世界召喚のルール、ええっと確か。
「任意の世界の、任意の時間から、任意の人を、呼ぶことができる、だったか」
その代わりに、大人数の召喚士と時間を要するわけだが。
「そうだよ。だからわたしたちは、この世界を救って、元の世界に戻ったすぐあとのおにいちゃんを、10年後にもう一度呼んだってこと」
「完全にやってることブラックじゃねえか! せめてもうちょっと間を置いてくれ。退勤後即効で出勤させられてるみたいじゃん」
「いやー、身体がなまる前に呼びたくって」
なんで、「てへへ……」みたいな顔してんだよ。
「まあ、久しぶりにお前に会えて嬉しいよ」
「あ、ありがと……わたしも、またおにいちゃんに会えて嬉しい」
「その見た目でおにいちゃんって言われると照れる」
「そ、そうかな。じゃあ、名前で呼んでいい?」
「いいぜ」
「おにい……じゃなくて、ゆきと君」
言い忘れていたが、俺の名前はゆきとだ。
「改めて言われるとなんか照れるわ!」
えへへ、と、お互い照れていると、「けほん!」と召喚士の一人が、わざとらしく咳払いをした。
「ちょっといいですか? イチャつかせるために召喚したんじゃないんですけど!」
「ああ、すまん。じゃ、俺はここらへんで帰るわ」
「そうですね。今日はありがとうございました! ……って、こらー!」
「意外とノリいいな……って、ん?」
その召喚士の顔を見た瞬間、嫌な感触が背筋を撫でる。
何故ならその召喚士は――ついさっき、公園で首を刎ねられた、水色の髪の少女だからだ。
「な……お前はさっき死んだはず!」
「そうそう、さっき死んだ……って、振りが雑すぎません?」
「いや、ふざけてるわけじゃなくて、ここに来る前……お前はピエロのマスクをつけた妙な奴に……」
「???」
どうやら本人はなんのことか分かっていないらしい。一体どういうことだ。分からないことが多すぎて、もはや何が分からないのか分からない。
まあ、今は考えても仕方ないか。
「まあいいや。それで、俺を呼び出したのはなんでだ? 1ヶ月前――こっちで言うと10年前か。とにかく、随分前にこの国は救ったはずだろ。もしかして遅めの打ち上げか?」
「そうです。魔王を討伐した10周年祝いに、是非勇者様をお呼びしようと思い、召喚させていただきました」
「え!? ネタとかじゃなくてマジで打ち上げなの? やったー! 久しぶりに『アルカディア王国』のご飯が食べられる!」
「いえ、今のはちょっとした冗談です。本当は『呪い』によって、たくさんの死者が出て、経済はボロボロになり、国が破滅の手前まで追い詰められています」
「めちゃくちゃ深刻じゃねえか! よく打ち上げとかそんな冗談言えたな!? どんなメンタルしてんだあんた!」
「場を和まそうと思って……」
「和ますどころか冷え切ってるわ! 不謹慎ギャグで滑る最悪のパターンに突入してるぞ!」
「うう、わたしまたやっちゃいました……」
「そんなしょっちゅう不謹慎ギャグで滑ってんの!? 誰か指摘してあげて! そのうちマジで怒られるやつ!」
ともあれ、どうやら国家はたった10年で再び危機に陥り、それをなんとかするために、俺は召喚されたという流れのようだ。
詳細な話を聞くため、一旦会議室に場所を移すことになった。その途中、アリエスが10年間の出来事を色々と話してくれた。あのとき苦手だったキノコ類を食べられるようになった話や、国を救った英雄の一人として、色々な大人にチヤホヤされた話など、とにかく嬉しそうに様々なエピソードを話してくれた。
「でねでね、ゆきと君! 久しぶりに会えたから、よかったら一緒に~」
「はいはい、つきましたよ」
水色ちゃんが、疲れ気味にそう言った。
「そう言えば名前は? なんて呼んだらいい?」
「そうですね、アイリーンでいいです」
「アイリーンね。わかった。俺もゆきとでいいよ」
アイリーンは重厚な鉄の扉を両手で開けた。錆び付いた蝶番が、不快な音を響かせる。以前にもこの部屋には来たことがあるが、当時はそんな不快な音は出なかった。やはり10年も経過すると、色々なところにガタが来るのだろう。
「さて」
と、これから話す上で必要な面子――アイリーン、アリエス、なんか頭よさそうな渋めのおっさん、そして俺――が座席についた。
「話してもらおうか、国家の危機とやらを」
「そうですね。まず前提なんですが……その、なんというか」
「言い辛いなら俺が話そう」
なんか頭よさそうなおっさんがそう言った。
若い頃はさぞ美少年だったのだろう。その面影が残っている。年齢は40後半と言ったところだろうが、年相応のかっこよさを身に着けている。あと、めっちゃ渋い声をしている。現代日本にいれば、きっとASMRでその名を世に轟かせていたに違いない。
「失礼、俺の名前はユーリウスだ。こう見えて、この国のナンバー2ってやつだ。ゆうき君、君が10年前に倒した魔王は、しかし残念ながら生きていた。これが前提だ」
「は?」
魔王が生きていた? 待て待て待て。
「ありえない。万が一の事態を避けるために、死んでいることを確認した」
大原則として、魔法のある世界でも死んだ人間は生き返らない。たとえ闇の魔術であっても、それだけは行えない。
「確認したんだ。そうだよな? アリエス」
「わたしは……」
「あ、そうか。お前はまだ小さかったから、見せなかったんだった」
さすがに7,8歳の少女に念入りに死んでいることを確認する過程など、見せるわけにもいかなかった。
「なるほど。それが前提、ね。それで?」
「魔王が『呪い』をこの国に振り撒いた。我々はそれを『タナトス』と呼んでいる。『タナトス』は人から人に感染する厄介な呪いだ。国としても様々な手を打ったが、残念ながら終息することは難しい。残された唯一の方法は、どこかに身を隠した魔王を、今度こそ完全に『殺す』ことだ」
術者が死ねば、『呪い』も解ける。
「だから俺を呼んだと? 一度しくじった男をね」
「勘違いしないで欲しいが、責める気はない」
ユーリウスはそう口にした。
そして、アイリーンが真剣な眼差しで俺を見る。
「何もかもあなたに丸投げしたわたしたちに、偉そうに責める権利なんてありません。この平和だった10年は、あなたたちがくれたものです。少なくともわたしとユーリウスは、感謝しています」
改めて言わせてください、とアイリーンは続けた。
「ありがとうございます」
「俺からも言わせてくれ。ありがとう」
「仕留め損ねていたのが事実なら、完全に俺の落ち度だ。あんたたちがよく言ってくれるのは嬉しいけど、世間はそうはいかないだろう」
アイリーンが眉間にしわを寄せる。
「そうですね。10年前、あなたは伝説の英雄として人々から称賛されていました。ところが今は、人々は手のひらを返し、あなたのことをペテン師だと言っています。本当は魔王を倒せるような力はなく、全てはデタラメであると、そういう声が多いのも事実です」
ユーリウスが深い嘆息を漏らす。
「伝説は失われた。これから行う戦いは、それを取り戻す戦いでもある」
隣の座席に腰掛けているアリエスが、俺の肩をつんつんと突く。
「確かに今は、ゆうき君もわたしもペテン師扱いだけど、今度こそ魔王をやっつけて、ペテン師なんかじゃないってみんなに証明しよ!」
「……強くなったな、アリエス」
仮に、今度こそ魔王を倒せたとしても、一度しくじった結果こうなったのは事実なので、そこはもう取り返しがつかない。正直、自分でも驚くほどにショックを受けていた。自分のことを、魔王を倒した英雄だと10年間も勘違いしていたわけだ。
あ、いや、俺の体感では1ヶ月なんだった。
「できることをやらせてくれ」
「わたしも手伝うよ。ゆうき君」
アリエスが口許に笑みを含む。
「それで、当てはあるのか? 魔王を仕留めるっつったって、無闇にそこら中探すわけにもいかないだろ」
「それについては、ちゃんと手掛かりがあります。数日前、魔王の娘がスラム街で目撃されました。『タナトス』は感染症のようなもので、無差別に人から人へと感染します。魔王は悪ではありましたが、娘のことを溺愛していたのも事実です。自分の娘が万が一にも『タナトス』の餌食になる危険性があるなら、それを放置するとは思えません」
「つまり、2人はなんらかの形で接触していて、娘は何かを知っているかもしれないと?」
「そうです」
魔王には娘がいた。
当時はアリエスと同じく、7,8歳くらいの小さな少女だった。あれから10年が経過しているなら、俺と同い年くらいか。彼女は魔王を討伐した後、『アルカディア王国』が保護していたはず。その後、どういう経緯で保護下から脱したのかは、気になるところではある。しかしまあ、それは一旦置いておこう。
「分かった。まずはスラム街に行ってみるか。目撃証言ってのは?」
「ゆうきさんも、よく知っている人物ですよ。ギャレスです」
「ギャレス? 誰だ、そいつ」
「情報通のおっさんです」
「情報通のおっさんか! 元気にしてるのか!?」
こうなってくると、他の連中もどうしているのか気になるな。ウェッジとシャリー、あの二人は元気なのだろうか。
「相変わらず、度数の高いお酒を飲みたがっていたよ」
アリエスがいたずらな笑みを浮かべる。
「よかった。みんな変わってなくて!」
そう、みんな変わってなくて、何よりだ。
10年間で世界はすっかり変わってしまったようだが、あのとき一緒に冒険していた仲間は、何も変わっちゃいない。
このときはまだ、そんな風に呑気なことを考えていた。
――アリエスのいたずらな笑みの意味を知るのは、もう少し先になる。