12話 女装して変態親父の屋敷に潜入!?消えた少女を探せ
世にも恐ろしい感染症――『タナトス』の広がった世界においても、しかし眠らない街『フォールヴァング』に静寂が訪れることはなかった。若い男女の話し声や笑い声が、そこら中から響いてくる。
愛憎渦巻く夜の世界が、俺たちを迎え入れる。
この街から俺たちは、仲間であるアリエスを見つけ出す必要がある。
「この人込みからアリエスを見つけるのは、現実的に考えて無理だろ」
魔法を使えばいけるかもしれないが、3日後の戦いに備えて、なるべく魔力の消費は抑えていきたい。
「そもそもなんでアリエスはこんなところに来たんだ」
と、アリアドネ。
「見当もつきません……探し出して聞くしか」
と、アイリーン。
「待っていてって言ったのに、どうして来ちゃうかなー」
と、アリエス。
ん?
「って! アリエス!?」
「「ええ!」」
アリアドネとアイリーンも驚きの声を上げる。
「えへへ、アリエスだよ!」
「えへへ! じゃねえよ! 逆によく見つけたな!」
まさか逆にアリエスのほうから見つけられるとは。ええっと、俺たちはアリエスを見つけ出すために、この街に来たわけだから……。
「か、帰るか……」
「その前に!」
と、アイリーンが力強い言葉を発した。
そして、一呼吸の間を置いてこう続けた。
「どうしてこんなところに来ていたんですか?」
アリエスは気まずそうに視線を逸らすと、おもむろに口を開けた。
「ニエルズに会いに行く」
「はい!?」
アリアドネが素っ頓狂な声を上げた。
「いやいや、何言ってんのあんた! ニエルズがどんな男か分かって言ってんの!?」
「分かってるよ、アリアドネちゃん」
アリエスは冷静に答えた。
「なんのために奴に会うんだ?」
ニエルズは夜の街『フォールヴァング』の帝王とも言える男だ。そんな危険な人物に、理由もなくただ会いに行くなんてことはないはずだ。
「ニエルズが今夜、ルーシャスと密会をするという情報を掴んだから」
「なに!? ルーシャスと!?」
ルーシャスはこの国――『アルカディア王国』の次期王だ。いや、既にこの国の王は未来の俺によって殺されたから、実質的に今はこの国のトップということになる。そんな男が、父を殺されたその日に、夜の帝王と密会をしているだと?
「それは……妙だな」
「確かに妙だけど……革命の三日前に気にするようなことなわけ?」
アリアドネが釈然としない表情で肩を竦めた。
「そうだね。じゃあ、その密会の内容が――革命について、だったらどうする?」
「――ッ!?」
その言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が凍り付いた。当たり前のことだが、革命のことをルーシャスが知っていれば、ナオミたちの作戦は崩壊する。
「そんな馬鹿な! なんでルーシャスが革命のことを知ってんだよ!? ていうか、仮に知っていたとして、ニエルズと密会する理由って何? あいつは夜の世界の帝王だよ。一体革命と――この国とどういう関係があるわけ?」
アリアドネが困惑した様子でそう言った。
「それは本人に直接聞くしかないねー」
アリエスは嘆息を漏らした。
「なるほどな。事情は分かったよ。それで、どうやってニエルズと接触するつもりだ? まさか殴り込むわけじゃないだろ?」
「ニエルズは定期的に『フォールヴァング』にいる女の子を手下に集めさせてるの」
「女の子を集めるだ? アイドルグループでも結成するつもりか?」
「あいどるぐるーぷってなあに?」
ああ、この世界にはアイドルという概念は存在しないんだった。そこそこ異世界生活は長いのに、稀にこういうミスをやらかしてしまう。
「まあ、それはいいよ。なんのために女の子を集めてるんだ?」
「…………言わなきゃ、駄目?」
「あ」
そうか。
ゲスな男が若い女の子を集めてやることは一つだ。
「クズ野郎が……それで、アリエスはうまくそれに乗っかって、ニエルズの屋敷に行く作戦ってわけか?」
「そうだよ」
「なんて危険な真似を」
「だから巻き込みたくなかったの」
そこは頼って欲しいところだが、アリエスらしいと言えばアリエスらしい。
「過ぎたことはいいよ。こうなった以上、俺も参加する。一緒に手下のところに行って、ニエルズの屋敷に潜入するぞ」
とはいえ、『転生魔法』の反動もあって、魔力の回復は見込めない。いつも以上に慎重に立ち回る必要があるな。
「もちろんわたしも行く」
「わたしもです」
アリアドネとアイリーンも乗っかってきた。
「まあ、そうなるよな。分かったよ」
ここまで来て「帰れ」と言うわけにもいかない。そもそも、二人とも言ったところで聞き入れるタイプではない。
「でもゆきとさん、手下は女性を集めてるんですよね? であれば、ゆきとさんは無理なんじゃ……」
「あ」
そうじゃん。
「それなら、わたしにいいアイデアがある」
アリエスが得意げな笑みを浮かべ、俺の腕を掴んだ。
「ちょ!」
アイリーンが謎のリアクションをする。
「こっちだよ! ゆきと君」
アリエスは俺を引っ張って、服屋へと入っていった。店の中には客は一人もおらず、カウンターには眠そうな目をした女性がいた。木製の椅子に腰掛け、無言でこちらを一瞥すると、ばかでかい欠伸をした。
「あの! すいません!」
アリエスが女性に声を掛ける。
おいおい、一体何をする気だ?
「んー? なんだ?」
女性はめんどくさそうにそう言った。
いや、ナオミのときも思ったけど、客に対して「なんだ?」とか言います?
「ええっとね」
アリエスは女性に近づくと、耳許でボソボソと何かを話し始めた。すると、ダルそうにしていた女性の表情が、見る見るうちに活気に満ちてきた。
「お願いできます?」
アリエスの問いに対して、女性は悪戯に口許を歪めた。
「勿論いいよ! わたしに任せて! 芸術を見せてあげる」
ん?
「ちょっと待て。一体なんの話だ」
言っているうちに、店員の女性が立ち上がって、俺に近づいてきた。
その瞬間、俺はコレから何が行われるか――全てを察した。
――10分後。
「はぁ……どうしてこうなるかなぁ」
俺は試着室の中で、鏡に映る自分の姿を目にした。
そこには、自分で言うのもなんだが、思わず見惚れてしまうような――そんな、美少女が立っていた。
「ぐぬぬ……」
そうだ。アリエスの言ういいアイデアとは、俺を女装させることによって、ニエルズの屋敷に潜入可能にするというものだ。ニエルズは手下に女を集めさせる。だったら女に変装すれば、男であっても潜り込むことができる。シンプルな作戦だが、実際にやろうとはなかなか思えない作戦だ。
「もう! 早く出てきてよ! ゆきと君」
言いながら、アリエスは許可も取らずにカーテンを開けた。
「えっ……」
俺を一目見た瞬間、アリエスがなんとも言えない表情で固まった。
「おいおい、固まるのはやめろ! 何それ? どういう感情なの!?」
「か」
か?
「かわいい~~~~~~~~~~~~~~! えっ! なにこれー! なにこの可愛い生き物!? お人形さんみたい! お~よしよし!」
「だぁあああ! やめろ! 俺に触るな!」
俺は試着室から出ると、アリエスから逃げるべく店を出た。店員の「まいどあり~」という悪戯っぽい声が聞こえたが、もちろん無視した。
「へへへ! ゆきと君、逃げないでね~」
「へいへい、逃げませんよ、と」
ここまで来た以上引き返すわけにはいかない。それに、女装して潜り込むというのは、確かに作戦としては悪くない。俺は観念してみんなの許に戻っていった。
「ん?」
アイリーンが何やらガラの悪そうな若い男女と話している。
「アイリーンちゃん、どうしたんだろ」
「絡まれてるのか……」
いや、それにしては様子がおかしい。
まるで知り合いと話しているような……。
「おーい! アイリーン!」
「――ゆきとさっ!?」
俺の存在に気づいた若い男女は、アイリーンに軽く頭を下げると、どこかに歩いていった。どうやら絡まれていたわけではないようだ。
「なんだよ、知り合いか?」
「い、いえ。知らない人です。ちょっと話を聞いていて……」
「……そうか」
明らかに誤魔化しているが、誰にでも秘密の一つや二つあるものだ。これ以上追及するのはやめておこう。
「お姉さん、あの子たちが友達?」
「そうそう! みんなかわいいよ~」
アリアドネの声が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、媚びたような表情のアリアドネと、チャラそうなお兄さんが、こちらに近づいてきていた。
「ゆきと君、覚悟を決めて。あ、声でバレるからなるべくしゃべらないようにね」
「お、おう……」
チャラそうなお兄さんは俺たちに近づくと、爽やかな笑顔でこう言った。
「君たちもニエルズ様のところに行きたい?」
「は、はい! わたしたちみーんな! ニエルズ様にお会いしたいんですぅ~」
アリエスが営業用と思われる高い声でそう言った。
「いいよー! 運がよかったら、ニエルズ様に気に入られるかもな。そうなりゃ一生くいっぱぐれることはない」
一生、食いっぱぐれることはない。
それは即ち、ニエルズの所有物として生きていくということだ。
女性が権力を持ったクズ男の所有物となり――モノとして扱われる世界。
「腐ってる」
「ん? なんか言った?」
しまった! まずい!
「あはははは! なんにも言ってないよね!? それよりも、早くニエルズ様のところに連れていってください~」
慌ててアリエスがフォローを入れてくれた。
「お、おう。それじゃあみんな! 楽園に向かおうか」
こうして、俺たちは用意された馬車に乗り、ニエルズの住む屋敷へと向かうことになった。