11話 ようこそ夜の世界へ!革命前に起きる(自主規制)な事件
ナオミはこの国の抱える問題と、自分たちの作る未来について語り始めた。
「いいか? 勇者、お前みたいな世間を知らないガキにも分かるように伝えてやろう」
ほほう。
「私たちの住んでいる『この国』は、わずか数パーセントの特権階級の人間が、幸福に生きるためにできている」
言わんとすることは分かる。
「持たざる者から高い税金を搾り取ることで維持されている。持たざる者はまともな教育を受けることもできず、このスパイラルの中から死ぬまで抜け出すことができずに貧困に苦しむことになる」
「貧困という名の病に悩み続ける、ということか」
「そうだ。持たざる者にとって、生きることは病同然というわけだ。死という根本治療でしか、その病から解放される手段はない」
「あんたはそれを変えたいってわけか」
「そうだ」
要は皆が平等で幸福な社会の実現、ということか。
だけどそれは理想論なんじゃないのか。言うだけなら誰にでもできる。それを有言実行できたら、この世の中ももうちょっとマシになってるんだろうぜ。
世間の人間はみんな、政治家連中は腐っていると言うが、奴らだって最初から腐ってるわけじゃないはずだ。人間って生き物が、権力を持つとたちまち腐ってしまう脆弱な存在なだけだ。
「あんたは、国をひっくり返した後、具体的にどうするつもりなんだ」
「私有財産制を廃止する。そして、全ての財産を国民全員で可能な限り共有にする」
「それって……共産主義ってことか」
「いい表現だな。それともお前のいた世界ではそう呼ぶのか」
「ああ、そうだ」
ええっと、社会の授業で習ったな。ものすごくざっくり解釈するなら、要は財産を国民みんなで平等に分け合おうという発想だったか。
「俺の知る限り、共産主義がうまくいってる国は見たことがない」
「そうだな。私もうまくいくとは思えなかった。所詮は綺麗ごとだ。人間がやる以上、必ずどこかで綻びが生まれる」
「なら――」
「ただし、お前の世界とは違い、こちらの世界には『死の契約』が存在する」
「まさか……」
シャリーを殺した呪い――『死の契約』。
その名の通り、契約を破ると死に至る呪いだ。
「新たな国王に『死の契約』を結ばせる。共産主義に反する行為を行おうとすれば即座に死に至る。抜け道がないように、完全なる共産主義のため、王という名の傀儡になってもらうことになる」
「く、君主制共産主義だと」
馬鹿げて聞こえるが、しかし『死の契約』ありきなら或いは。
「確かにそれなら……でも、それでも正直、うまくいくとは思えない」
「うまくいかせる。そのために私がいる」
一応、理屈は通っているように思う。不正さえ起きなければ、共産主義という思想はうまくいきそうな気もする。それこそ、高度に発達したAIなんかに管理させれば、これまで失敗してきた共産主義国家の二の舞にはならない気もする。それをナオミは『死の契約』を使って行おうと言っているわけだ。
「それは分かった。なら『タナトス』はどうする気だ?」
「そのためのアリエスだ」
「???」
アリエスには古代の魔女が封印されている。古代の魔法には、世界の理を超える禁断の力が存在する。未来ゆきとが使っていた時間移動もそのうちの一つだ。
だからこそ、当時歴史のターニングポイントにいた人たちは、その力を封印するという選択をしたんだ。そして、アリエスの中に封印されている魔女は、中でも飛び切り危険と言われている存在だ。
「まさかあんた……アリエスの中にいる、古代の魔女の封印を解くつもりか?」
「そうだ。古代の魔法の文献にも、試す価値のある記載が存在する。ユーリウスが国王の目を盗んで調べてくれた」
「……そうだとして、どうやって封印を解くつもりだ?」
俺の問いを受けて、ナオミは懐から、奇妙な模様の入った半円のペンダントを取り出した。
「な……」
そのペンダントには見覚えがあった。
何故ならそれは、現代日本でアイリーンと瓜二つの少女が渡してきたものと、まったく同じものだったからだ。
いや、厳密には少し違う。
「封印を解くためには、もう一つペンダントが必要だ。半円を円にするための、もう一つのペンダントがな。それだけが現状の問題点だが……」
「それなら心配はない」
俺は懐から半円のペンダントを取り出した。そして、それをナオミに手渡した。ナオミは少しの沈黙を置いて、おもむろに口を開いた。
「どうやら問題は解消されたようだ」
2つのペンダントは、それぞれの半円を組み合わせることで一つの模様になるようだ。
このために俺はペンダントを渡されたのか。あの少女は、やはりアイリーン本人なのではないか。だとしたらアイリーンは首を刎ねられて死ぬことに……嫌な予感がする。
「以上が私の作戦のすべてだ。どうだ、感想は?」
「あ、あたま、おかしいんじゃねーのお前」
「そうだ。私は昔からイカれていてな。で、どうする? この話に乗るか、乗らないか、お前が決めろ」
アイリーンと俺は反射的にお互いの顔を見た。
そして、無言で頷いた。
「面白い、乗ってやるよ」
「あとは革命の決行の準備を進めていくだけだ。お前たちは少し休め。今日一日で色々あっただろう」
「ああ、そうだな」
と、次の瞬間、階段を勢いよく下りる音が聞こえてきた。
「まずい!」
階段から下りてきて、焦燥感たっぷりの声を上げたのは、アリアドネだった。
「アリアドネ! 一体何があった!?」
俺の問いに対して、アリアドネは余裕のない表情でこう言った。
「アリエスが……消えた」
アリエスが消えた。
え? どういうことだ。
二階で休んでいたんだよな。
この状況で誰かに拉致されるとは思えない。
ということは、自分の意思で消えたのか?
「い、一体どうして……」
と、アイリーン。
「分かんない。でも、置き手紙が」
「なんと書かれている?」
と、ナオミ。
相変わらず冷静さを崩さない。
「『フォールヴァング』に行きます。必ず戻るので待っていてください」
アリアドネは早口で読み上げた。
「『フォールヴァング』だと……」
おいおい、なんでアリエスがそんなところに。
「『フォールヴァング』、スラム街で最も治安が悪く、風俗店が立ち並び、ギャング共が常に抗争をしている危険な街だ」
ナオミが淡々とした口調でそう言った。
「それに何より、あの街には、夜の世界の帝王――ニエルズがいる。『フォールヴァング』ではあいつが法だ」
俺は記憶にある情報をとりあえず口にした。
アリアドネは少し冷静さを取り戻した様子で口を開く。
「ニエルズは危険な男だって聞くよ。実の娘であるフレイヤを、強姦して殺したって聞いたこともある」
「…………」
アイリーンが無言で俯いている。
「どうかしたのか? アイリーン」
「い、いえ。なんでもありません」
「???」
まあ、いいか。
「どうする? 戻って来るって言ってるけど……断言していいけど、絶対危険なことに首を突っ込もうとしてるよ」
「そうだとして、なんだってこんなタイミングで!?」
あと3日後に革命のため大規模な作戦を決行するんだぞ? このタイミングで首を突っ込まなきゃいけない厄介ごとってなんだ?
「なんにせよ、探し出して本人から話を聞くしかないな」
ナオミは淡々と言葉を続ける。
「作戦そのものには必須ではないが、 『タナトス』に対応する段階でアリエスがいないと困るのは間違いない。万が一のことがあれば致命的だ。そうでなくてもアリエスが首を突っ込もうとしている厄介ごとが、我々に関係のある事柄である可能性は十分にある」
「あんたの言うこともご尤もだ」
ってことは、この流れでいくと……。
「探しに行こう! アリエスを」
アリアドネは力強い声でそう言った。
「そうだな」
「そうですね」
俺はアイリーン、アリアドネと共に『フォールヴァング』に向かうことにした。
「いいか? 何がなんでも作戦が始まる前に戻って来い。決行は三日後の朝だ。太陽が昇るまでに戻って来なければタイムオーバーだ」
「分かってるさ」
こうして、俺たちは休む間もなく『レインボー』を辞して『フォールヴァング』へと足を進めていった。
俺はそこで思い知ることになる。
夜の世界の、あまりに深すぎる闇を。
そして、『アイリーン』のことを、何も知らなかったということを。
ここから先に起きる出来事は『悲劇』ではない。
多分これは、傍から見れば――完全なる『喜劇』だ。
笑いごとではない笑い話を、俺は身をもって体験することになる。
「ようこそ夜の世界へ」
どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。