10話 仲間の死!この国を終わらせる戦い
俺とアイリーンは少しの間、息絶えた仲間――ギャレスの遺体の傍らで虚空を見つめていた。ギャレスにはこれまで何度も裏切られたが、しかし最後は仲間のために命を掛けて戦ったんだ。
俺は自分の力に絶対的な自信を持っていた。この世で最も強いという自負があった。だからこそ、仲間を失うことなんて、想像もしていなかった。個人の力がどれほど強大でも、手を伸ばせる範囲には限界があるということを、俺は思い知った。
「すまない、ギャレス」
シャリーに続きギャレスまでも。
悲しいが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「行こう、アイリーン。『レインボー』に向かうんだ」
「うう……はい」
俺はアイリーンに手を貸して、立ち上がらせた。
「さよなら、ギャレス」
その言葉を最後に、俺とアイリーンは部屋を辞した。
俺たちはスラム街にある『レインボー』というバーを求めて歩いていった。外出自粛要請の影響で、相変わらず人の姿はまばらだった。
歩いているうちに、あたりは段々と暗くなっていく。正確な時間は分からないが、まったくろくでもない一日だった。アリアドネとアリエスと合流したら、ひとまず今日は眠りたいというのが本音だ。
「ギャレスの話によると、『レインボー』にアリアドネとアリエスがいるらしい」
「そうですね。でもなんで『レインボー』に。そう言えば、未来のゆきとさんも『レインボー』に行けって言ってましたね」
「うーん……」
一体『レインボー』に何があるんだ。
「色々あったから、パーッと盛り上がれってことですかね」
「そんなことある!? 能天気過ぎるだろ!」
「にしても、こんな状態でも営業を続けているとは、なかなか強気ですね」
無視かい!
「ああ。まともな補償がないなら、営業するしかないところもあるんだろうな」
そうこう言っているうちに、俺たちは『レインボー』と書かれた看板を見つけた。いつの間にかスラムの中でもかなり奥のほうに来ていたようだ。
「どうやらあの店っぽいな」
「そうですね。行きましょう」
俺とアイリーンは『レインボー』の扉を開けた。錆び付いた蝶番が不快な音を響かせ、店の中をお披露目してくれた。
ボロボロの店内には、客は一人もいなかった。
俺は無言でカウンターを拭いている女性に話しかけた。
「すいません!」
「なんの用だ」
客に対して「なんの用だ」とか言う店員初めて見たわ!
女性は30代後半から40代前半と言ったところか。筋肉質で鋭い目つきをした威圧感のある人だ。煙草をふかしながら、女性は鋭い目つきで俺を見ている。
「あー……」
「ゆきとさん、確かカウンター席に……」
「ああ! そうだった!」
俺はカウンター席の右から3番目に腰を下ろした。アイリーンはその隣に座る。そして、バーテンを見ながらこう言った。
「ファックミー! ファックミー! ファックミー!」
未来ゆきとの話が正しければ、これが暗号となっているはずだ。
女性は煙草の煙を吐き出すと、一呼吸の間を置いてこう言った。
「頭おかしいのかお前」
「駄目なんかい!」
待て待て。
これ暗号じゃなかったの!?
完全にイカれた奴じゃねえか。
「冗談だ。レジスタンスにようこそ」
女性はニヤリとSっ気のある笑みを浮かべた。
「お、おお。ん? レジスタンス?」
「私の名前か? ナオミだ。レジスタンスのボスだ。覚えておけ」
「もしもーし」
「で、なんの用だ?」
駄目だ。まったく人の話を聞いてない。
「ゆきとさん、今この人レジスタンスって言いませんでした?」
「いやー、まあ……言ったね」
次から次へとややこしいことばかり起きる。
「あー、アリアドネとアリエスを知ってるか? ここにいるってギャレスから聞いたんだけど……」
「あー、あのガキ共か……いるよ」
「じゃ! じゃあ!」
「二階でぐっすり寝てるさ。色々あって疲れたんだろうな。今は休ませてやってくれ」
「…………」
「私が信用できないか?」
「いや、信じるよ」
その気になれば『告白魔法』を使って、本当のことを言っているか明確にすることはできる。しかし問題点として、使用された相手は俺に対して不信感を抱く可能性がある。それはそうだ、『告白魔法』を使用することは、遠回しに「お前は信用できない」と言っているようなものだ。
だったら、ここは『告白魔法』を使わずに「信じる」という選択肢を取るのも一つの手だ。相手がレジスタンスの関係者――本人曰くボス――と言うのなら尚更だ。
「どうやらお前は、駆け引きがうまいみたいだな。単なる力だけの単細胞ではないらしい。『告白魔法』を使わなかったのは正解だったな。私もお前を信じるとしよう」
「なっ……!?」
俺の考えていることは、お見通しということか。下手に出し抜こうとするのは、やめたほうがよさそうだ。
「あ、あなた、レジスタンスって……国と敵対しているってことですか?」
アイリーンが恐る恐る問うた。
「そうだ。私たちの組織は『クローバー』だ」
「!? メンバー数が最も多いと聞いたことがあります。あなたはそのトップといういことですか?」
「そうだ。尤も、今は他のレジスタンスとも手を結んでいる」
「まさかあんた……」
俺はアイリーンとナオミの会話に割り込んだ。
「そうだ。この国をひっくり返すのさ」
「それってまさか……」
ナオミは少しの沈黙を置いて、こう言った。
「革命だ」
なんだと……。
アイリーンが驚愕の表情を浮かべ、口に手を当てている。
「革命って……本気で言ってるんですか? そんなこと……できるわけ……」
「できるさ。そのために他のレジスタンスと手を組んだ。それに、奴ら(国側)の動きは全てこちらに筒抜けだ。あとはタイミングに合わせて実行するだけだ」
「筒抜け!? どういうことですか……まさかスパイが」
「そうだ」
「い、一体誰が……」
ナオミは傍らにあった酒を一気に飲み干した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「いや、言わんのかい!」
俺は思わず突っ込んだ。
「ユーリウスだ」
ナオミは俺の突っ込みから間髪容れずにそう言った。
「なっ!? ユーリウスはこの国のナンバー2だぞ!?」
「そうだ。奴はずっと前から、反政府だ」
「そ、そんな……」
アイリーンがショックを受けた様子で言った。
「裏切られた気分か? だが安心しろ。お前も今や、国の敵だ」
「…………分かっています。わたしも、もうあそこに戻る気はありません」
その言葉からは、強い覚悟のようなものを感じた。
「さて、私は親切にもお前の仲間を保護し、こうやってもてなしてやっている」
こうやってって……特に何もしてもらっていないが。せめてなんか食べるものとか出してくれないのだろうか。
「それには感謝してる」
「だからこの恩を、今度はお前らが返す番だ」
「!? まさかあんた……」
「革命の決行は3日後だ。お前もそれに参加しろ」
「なんだと……」
「今やお前も反逆者だ。国を救った勇者様が、今度は国を滅ぼすんだ。面白いと思わないか?」
「…………」
確かに俺は、この国と敵対するつもりだった。
だが、かと言ってこいつらに協力するべきなのか。
「あんたたちは何故『アルカディア王国』と戦っている? そして今の政府を打倒した後、あんたたちはどうするつもりなんだ」
それを聞いてから、俺はこいつらにつくべきか決めることにする。
「教えてやるよ。この国を終わらせるべき理由と。終わらせた後の未来を」
そして、ナオミは語り始めた。
この国の腐敗と、自分たちが作ろうとしている――新たな国のことを。
ナオミの話を全て聞き終えた俺は……。
「あ、あたま、おかしいんじゃねーのお前」
「そうだ。私は昔からイカれていてな。で、どうする? この話に乗るか、乗らないか、お前が決めろ」
アイリーンと俺は反射的にお互いの顔を見た。
そして、少しの沈黙を置いて、無言で頷いた。
「面白い、乗ってやるよ」
これは英雄の物語ではない。
国家に立ち向かった――反逆者たちの物語だ。