桜が散る頃に
桜が散る頃、私は人間の女子に恋をした
黒い長髪が風になびく姿は美しく
女子が笑う姿はまるで
女子の周りに木漏れ日が差すような温かさがあった
だが私は人ではない
女子に触れることも出来なければ、話しかけることも出来ないのだ
暫くの間、人間の時間で言えば一年程だろうか
私はそれが辛くて仕方なかった
だが、嘆いていても現実は変わらない
ならば女子の成長を暖かく見守ろう
私はそう決意し、女子の成長を見守り続けた
女子はよくこの神社で本を読んでいた
どんな本を読んでいるかは全くわからなかったが、女子は楽しそうだった
時々本を持たずに、暗い顔をして此処を訪れることもあった
それだけに留まらず、泣いている日もあった
私はそれをどうしてやることも出来なかった
してやれたことといえば
女子の泣き声が周りに聞こえないように
風を吹かせることくらいであった
いつしか女子は成長し、大人と呼ばれる年齢になっていた
私が恋をした頃より、更に人目を引く美しさになっていた
だがそれと同時に私も、女子の成長を暖かく見守れるようになっていた
女子はいつしかこの神社がある場所を離れたようだった
私は、せめてあの時の笑顔を絶やすことがなければと願った
あれから何十年かの時が経った
その間に参拝者は減り、私の力も尽きかけていた
時間が経てば経つほど、早く意識も薄れていく
そして本当に尽きようかという頃
一人の女が神社に訪れた
誰かはすぐにわかった、あの女子だ
女子は昔と同じように本を持ち、昔と同じ場所で本を読んでいる
懐かしさに浸りながら、私の意識はいよいよ薄れていき、そして消えた
私が最期に見たのは
美しく散り行く桜と
顔を上げて、懐かしそうにうっすらと笑みを浮かべる初恋の相手だった
あぁ、このように幸福な最期があって良いのだろうか
届かぬ者への恋というのは儚い
それ故に
その儚さにしかない美しさがあると私は思う