006 主従
少し間が空いてしまいました。
謝罪として、少し長めになっています。
「……ズキさま、チバミズキさま」
「ん…………」
そのまま寝返りを打つ。
起きたくない。
いや、眠気はないのだが、身体がだるい。
かなりの倦怠感がある。
「起きたくない……」
「ですが、朝食もご用意しておりますので……」
「……だるい」
私がそう言うと、妖精さんがカネレさんを連れてきてくれた。
カネレさんの手が、この間のように胸元に触れた。
カネレさんの手がすっと透け、私の体の中に入る。
少しすると、カネレさんは手を離した。
「結論を言うと、魔力の溜まりすぎね。これまでは魔力の放出を抑えていなかったから、身体が体内の魔力量を放出することで調整していたけど、魔力を抑え始めて、魔力が放出できなくなったから、魔力が溜まってだるさが出たのね」
私に一通り説明すると、カネレさんは、「要は慣れよ、慣れ」と言って、帰ってしまった。
これからフェネさんの所に行くのに魔力を抑えていないと猫が危険なので、解除するわけにもいかない。
やはり、カネレさんの言う通り、慣れ、なのだろう。
慣れと言われた分、起きないわけにもいかないので、私はだるい身体を起こした。
棚の上に服が用意されていて、朝の光が当たっている。
絹の生地のようで、独特の光沢がとても美しい。
私は棚の服に手を伸ばし、それに着替えた。
部屋の外では、妖精さんが待っており、私の先に立って案内してくれた。
と言っても、一回行っているので案内は必要ないのだが、こういうのは形が重要なのだろう。
妖精さんの話によると、今日のメニューは、パンに、森の果実のジャム、キノコのスープ、紅茶、だそうだ。
基本的に、毎日キノコと野菜なのだが、とても美味しいので気にはならない。
まあ、たまに肉が恋しくなるが、フェネさんの所では食べさせてくれるのではないだろうか。
それを期待することにする。
私がパンを頬張っていると、扉のところに立っていた妖精さんが、口を開いた。
「あの、カネレさま」
今日は、カネレさんも一緒に朝ごはんを食べていたのだ。
「ん?」
カネレさんは、取り敢えず相槌だけ打ち、朝ごはんを飲み込んだ後、もう一度、「どうしたの?」と妖精さんに聞いた。
「あの……、私も、同行させてもらえないでしょうか?」
妖精さんの目が、真っ直ぐにカネレさんを見つめている。
「それは、フェネの家まで付いて行きたいってこと?」
「いえ……」
「じゃあ、何なの?」
「……わ、私も、フェネさまの所に、修行に出してもらえないでしょうか……?」
何となく予想が付いていた私はさほど驚かなかったが、カネレさんは予想できていなかったようで、かなりの驚きを見せている。
「……それは、ここを離れたいと、そう捉えていいのね……?」
カネレさんが、慎重に聞いた。
「……いえ。私は、チバミズキさまに付いて行きたいのです……!」
危うく、紅茶を吹き出しそうになってしまった。単に、ここから離れたいからだと思っていたのだが、どうやら、私が理由らしい。
「……どういうことかしら……?」
「私は、この数日の間、チバミズキさまのお世話係を申し使っておりました。……そこで、沢山のチバミズキさまの優しさを見たのです。私は、もう決めました。私は、チバミズキさまに付いて行きます……!」
妖精さんの口調が明らかに堂々としているのを見ると、嘘偽りではないのだろう。元々疑ってなどいなかったが、それが裏付けられたというわけだ。
「…………それを、認めることにしましょう。……但し、生半可な気持ちで行くことは許しません。今そこで、【主従】を結びなさい」
カネレさんは、そこで一旦言葉を切ると、残りの文章を言い放った。
「そして、あなたを、【王位】に格上げします」
……王位?
いや、下位、中位←さっきまでココ、上位、王位、天位←カネレさんココ、だよ⁉︎
おかしくない⁉︎
そもそも、何で今上げたの⁉︎
カネレさんの一個下だよ⁉︎
とか、いろいろ思うことはあったが、妖精さんが何の躊躇いもなく受け入れたところを見ると、妥当な判断なのだろう。
妖精さんは、私の方に向き直ると、こう言った。
「チバミズキさま、【主従】を……」
主従……?
何ですかそれは?
と私が思っていると、カネレさんが立ち上がり、私の胸元に触れた。
「……やはり、何も持っていないのね」
カネレさんがそう言うと、心臓のあたりに、すっと、何かが入ってくる感覚があった。
「昨日の様に、心臓の辺りを見てみなさい」
そう言われたので、やってみる。
硝子の、玉……?
いや、珠、と言ったほうが近い。
それほどに、美しいのだ。
そして、その珠に、薄っすらと文字が浮かぶ。
【下位能力「司書」】
と。
「……スキル?」
私が呟くと、カネレさんが言った。
「ええ。私の力では、付与は、下位が限界なの。ごめんなさいね。でも、無いよりは、有る方がいいから」
カネレさんの力でも、そこまでしかできないのか。
能力の階級がどこまで有るのか知らないが、恐らく一番下の階級と見て差し支えなさそうだ。
「でも何で、今、何ですか?」
私がそう問うと、カネレさんは詳しく説明してくれた。
どうやら、【主従】を理解するには、すごく分厚い本を丸一日かけて読まねばならないらしい。
簡単に言えば主従関係の契約のことらしいが、様々な決まりがあって、とても一言二言で説明できる様なものでは無いのだとか。
それを手っ取り早く理解するために、能力の付与を行ったらしい。
効果はイマイチ分からないが、それこそ「司書」に聞いて仕舞えばいいのだそう。
(おーい、司書さーん)
こんなんで返事が来るのだろうか。
そもそも、返事なんて来るのだろうか。
そんなことを考えていると、あの珠に、文字が浮かび上がった。
《はい》
ひぇっ……。
思わず引いてしまった。
なにせ、かの有名なSi○iの様な感じなのだ。
と言うことは、人工知能に近い感じなのだろうか。
音声はなく、文字だけの反応だが、かなりそれっぽい。
外の文明レベルを見るに、人工知能ではなさそうだが、かなり近しいものの様な匂いがする。
(えーっと、司書さん? あなたの能力は、どんな感じなの?)
直ぐに、珠に文字が浮かぶ。
反応速度的に見ると、人工知能を上回っている気がする。
下位能力「司書」 習得率8%
⚪︎知識整頓
図書的事実の網羅及び管理。
虚言の排除。
⚪︎詠唱加速
詠唱速度千倍。
⚪︎時空間操作
時空間の遅延及び収縮二十五倍。
……なんか、やばくない?
詠唱速度千倍とかこんな駆け出しのひよっこが持っていていいのだろうか。
《訂正します。習得率に換算し、80倍です。また、時空間の操作も換算すると2倍となります》
あ、なんだ。
そう言うことか。
数字がある系統は、×習得率なのか。
ところで、習得率ってどうやって上がるんだろ?
《回答します。貴女の知識及び技術に準じます》
知識と技術ねぇ……。
詰まりはフェネさんの所では修行してけば上がってくってことか。
「できたかしら?」
急に、カネレさんの声が響く。
どうやら、完全に自分の世界に入り込んでしまった様だ。
「あ、はい。なんか、知識整頓とかって」
私がそう言うと、カネレさんは頷き、「それでこの本に触れてみて」と言った。
……それで、と言うのはどう言うことなのだろうか。
《回答します。能力は、念じるだけで使用可能です》
……すごい便利だな、司書。
……ところで、なんで私の能力なのに私も知らないこと知ってるんだ?
《回答します。能力は、己の効果をすべて網羅しています。しかし、能力主人が鍛錬を積み、その能力を使うに値する技術と知識を身につけない限り、その効果を発揮することはできません。能力の持つ知識はその限りではありませんので、こうして、貴女に教えることができています》
……よく分からないが、そう言うことらしい。
……それ、能力の知識を全部主人に流しちゃえばいいんじゃない?
《回答します。可能ですが、数年間、能力は主人に受け答えができなくなります》
……世の中甘くないってことね。
「……戻って来なさい」
あ、ごめんなさい。
また入り込んじゃった。
……カネレさんの方を見ると、カネレさんの手に一冊の本が乗せられている。
題名は読めないが、さっきカネレさんが言っていた【主従】の本なのだろう。
……能力を使用しろと言われても、そもそも言語が読めるのだろうか。
《回答します。私が翻訳いたしますので、御心配には及びません。しかし、日常生活において、この世界の言語を理解していないと、 やりにくい場面も出てくるかと思いますので、言語知識の付与をお勧めします》
……つまり、司書さんの持つ言語知識を私に流すと。
……何日かかるの?
《回答します。約2分で完了します》
……2分?
……さっきの数年間はどこ行ったのさ?
《回答します。それだけの知識が私には備わっていると言うことです》
少し憎たらしいが、しょうがあるまい。
じゃあ、この本の網羅が終わったらそっちに移ってね。
《遂行します》
私は、司書さんにそう命じ、本に念じた。
(……知識整頓)
私が念じると、その本が輝き、情報が流れ込んでくる。
……え?
私、この本読まなきゃないと思ってたんだけど?
せめて、時空間操作で時間を2倍に引き伸ばしてやろうと思ってたんだけど?
《回答します。それが、能力「司書」の真髄です。本に対して触れる、または念じることで、その本に書かれた事実を網羅し、私の管理下に入れます。そして、必要な時に知識として自動的に引き出します。では、私は、言語知識の付与に移りますので》
……行ってしまった。
自由な能力である。
「できた?」
カネレさんが私に問う。
「あ、はい」
余りに便利すぎて、最早言葉が出てこない。
「そう。じゃあ、主従がどんなものかわかったかしら?」
……………………。
「2分、待っててください」
そう言うほかなかった。
だって、司書さんは今、言語知識の付与に行ってしまった。あと2分、帰ってはこないのだ。
知識は司書さんの下で管理されるので、私が知る由もない。
カネレさんは露骨に不思議そうな顔をしたが、どうやら納得したようだ。
「ふふ、何か命令しちゃったのね?」
顔が赤くなる。カネレさんに付与してもらった能力なので、性能は筒抜けなのだ。
「……はい」
2分待つと、司書さんが帰って来た。速攻で知識を開示してもらい、納得する。
シュジュウ【主従】
この世界においての契約の一つ。その契約は魂に刻まれ、余程のことがない限り解除されることはない。
主は、従に対し、魔力の付与と共に庇護を与える。従は、それによって進化し、能力が上昇する。………………。
そこから、軽く数百万字有ったようだが、司書さんが要らないと言うので読むのはやめにしておいた。
ここまでにかかる時間、およそ1/1000秒。
恐ろしい速度である。
「理解できたみたいね。じゃあ、【主従】を」
妖精さんが手を差し出し、私は、その手を握った。
主従は、お互いにその意識があれば成立するらしい。
私の手から妖精さんの手へ、魔力が流れていく。そして、妖精さんは、羽が消え、女の子、と言うよりは大人の女性になっていた。
これは、王位は納得である。
こんなになるまで魔力を与えたと言うのに、まだ魔力の溜まりすぎによるだるさが残っている。一体私の魔力量はどうなっているのだろうか。
「出来たみたいね。……王位で、足りてたかしら?天位でもおかしくないわね……」
え⁉︎
天位⁉︎
「いいえ、私は、チバミズキさまの“従”となれて、恐悦至極にこざいます。これ以上望むことなどございません」
恐悦至極って…………。
ちょっと大げさすぎない?と思ったのだが、司書さんによると至って普通らしい。
この世界では、強いものが弱いものの上に立ち“主”となるのは当然であり、“従”がこのような態度を示すことは常識なのだそうだ。
……面白いものである。
私の朝ごはんの時間は、こうして新しい発見と共に終わったのである。
出発が近くなると、妖精さんが私の部屋を訪ねて来た。
「こちら、服と必要なものをまとめたものです。どうぞお使いください」
妖精さんはそのまま部屋を出ようとしたのだが、引き止めておいた。
この、明らかに大人の女性的な雰囲気の人を、“妖精さん”と呼ぶのは、些か違和感がある。
なので、名前をあげることにしたのである。
「名付け、ですか?」
「私じゃ嫌だ?」
私がそう問うと、妖精さんは、凄い勢いで首を横に振った。
「そんな、滅相もございません!恐悦至極にございます!」
これ、些か扱いに困りそうである。
一々敬語が暑苦しいのだ。もっと緩くてもいいのに。
まあ、少しずつ変えていけばいいのか。
私は、気を取り直して名前を考える。
「ソプラ。ラテン語のクリューソプラソス、翡翠から」
私がそう言うと、ソプラの胸元が光った。
どうやら、魂に刻まれたらしい。
……もちろん、ラテン語の知識は私のものではない。司書さんが教えてくれたのである。
「チバミズキさま、これから、ソプラ・シルフィードを名乗らせていただきます!」
多分後ろにシルフィードがくっつくのだろうと思って、合わない名前は控えたのだが、予想通りだった。
ソプラは、少し軽めのステップで私の部屋を出て行った。
余程嬉しかったのだろう。
出発の時になった。
横には、カネレさんとソプラがいる。
そして、フェネさんも待っている。
私は、思わず付いてくることになったソプラと、その先に待つ修行の日々を思い、より楽しみが増したのだった。
ルビが一括で振れなかったので、訂正しました。