005 決断
今回短めです。
区切りのいいところで切ったらこうなりました。
今後とも宜しくお願いします。
「つまり、私に、半永久的な時を生きろと、そう、仰るつもりですか」
……余りに相手のことを気遣わない言葉が、自分の口から出たことが、信じられなかった。
レイン・ウェールの話は、自分から聞かせてくれと頼んだことだ。
己の背負った運命に悲観するだけならまだいい。
最低だ。
他人に、自分の悲しみや、怒りや、その他諸々の感情をごちゃ混ぜにした物を、私は投げつけた。
それが、如何に愚かで、最低な行動だという事は、後で気が付いた。
……だが、それは言い訳にすらならない。
私が放った一言で、カネレさんも、フェネさんも、表情が曇ったのがはっきりと分かる。
謝ろう。
謝らねば、ならない。
そう思うのだが、たった6文字の言葉は、喉に引っかかって出てきてはくれない。
私が四苦八苦している間に、フェネさんが顔を曇らせたまま、話し始めてしまった。
「……あなたが、私達に当たってしまうのは、仕方のないことだと思う。……昔は、皆が不老不死を願った。けど、不老不死なんて、不幸以外の何者でもないの。……あなたも、それを悟ったんでしょう?」
私は、頷く事も、声で肯定する事もできず、俯いていた。
……フェネさんが、私のした事を、割り切ってくれたのも、フェネさんがすごく優しい人だという事も、すごく分かった。
……分かったから、こそ。
謝らねばならない、そう、思えた。
「フェネさん、ごめんなさい。あんな最低なこと」
涙なんて、流してはいけない。
私には、そんな権利なんてない。
そんな、権利なんて……。
「……泣きなさい」
「ゔああああああああああああああああっ!」
辛うじて繋がれていたものが、切れたのだと、分かった。
いつまで、私は、フェネさんの腕の中で泣いていたのだろうか。
かなり落ち着いてきた頃から、フェネさんの隣にカネレさんも来て、私の頭を撫でてくれていた。
今まで、辛うじて私を大人の土台にあげていたものが、全て崩れた。
……やはり、私は、大人ではないのだと、実感した。
フェネ・シードゥストラは、その時、ある事を思い出していた。
自分が助けた、小さな小さな少女の事を。
その子も、自分の運命に対して、思いっきり泣いた。
あまりに残酷で、あまりに無慈悲なその定めに、少女は泣き続けた。
フェネ・シードゥストラは、やっと繋がったその光景を、今でもよく思い出すのだ。
人生最後の思いと共に。
私が落ち着くと、フェネさんは、私を膝の上から下ろし、元の位置に座らせた。
外は、もう暗くなって、橙色が空を支配している。
「ないわけでは、ないの」
フェネさんが、ぽつりと呟いた。
「え……?」
衝動的に聞き返した。
「レインの作った【心臓の翼】は、別に秘匿されてるわけじゃないから、使えない事もない。……それから、私の気持ちを一切考慮しないなら、私があなたを消す事もできる。……でもね、私は、あなたがその道を選ぶ気がしないの」
フェネさんは、そこで一旦言葉を切った。
3人の息の音だけが、静かに響く。
「だって、あなたは我慢強いでしょう?」
……それは、母の優しさのようであり、姉の冷たさのようであり、祖母の励ましのようであった。
「そうかも、知れません」
自分の言葉が、自分の背中を押した。
……その時が、私が、ひたすらに待つ事を決めた瞬間だったのだと思う。
ただ、ひたすらに、自分より強い魔術師が、自分を消し去ってくれる事を。
それだけが、自分が消えることが許される法だと信じて。
本当は、どうしようもなく、怖い。怖くてたまらない。
自分が待つ間、周りは次々といなくなるだろう。
誰かを好きになっても、いずれ老いて逝ってしまうだろう。
最愛の友も、消え去ってしまうだろう。
カネレさんや、フェネさんも、ひょっとしたら、消えてしまうのだろうか。
怖い。
孤独が、怖い。
ここに来て、やっと分かった。
最強なんて、ただの孤独でしかない、と。
ただ、自分は、そこに向かっていく。
時が流れれば流れるほど、孤独になるだろう。
……それでも、生きたいと願ったのは、何故なんだろうか?
生きれなかったからかもしれない。
そう、思った。
前世で、私は、何を願っていたのだろう、と考えると、やはり、意識を失う直前まで、生きたかった。
この世界に来て、異世界転生を直ぐ思い浮かべたのも、生きたかったからなのだろうと、そう、思った。
……私は、生きたいと願った。
……周りが、それを、拒んだ。
そうだった。
私が願ったことは、たった一つだけだったのだと。
いつまでも、この空だけは、狂わぬように。
それだけだったのだと。
「……それで、あなたは、これからどうするの?」
帰り際、フェネさんが私に聞いた。
確かに、いつまでもカネレさんの所に居座るわけにもいかない。
かと言って、住む場所があるかと言われれば、そんなものはない、と答えるほかない。
「あのね……、家に、来ないかしら? 消えるつもりがないなら、魔術の勉強はしなきゃないだろうし、いつまでもカネレの所に居るよりは、家に住み込みで修行してもらった方がいいと思うのだけど」
フェネさんがそう言うと、カネレさんも私の顔を覗き込んだ。
確かに、その方がいいのかも知れない。
カネレさんの所では、精霊魔法とやらが存在するならば、教えてくれたりもするだろう。それに対し、フェネさんは、万能型の魔術師だろうから、精霊魔法に限らず教えてくれるだろう。
その中から、得意な分野を見つけられるかも知れない。
「……そうしたいです」
カネレさんや、あの小さな妖精さんと別れるのは辛かったが、会えないと言うことはないだろう。……カネレさんなんて、フェネさんの友達らしいし。
「なら、決まりね」
私は、カネレさんの所で一旦荷物などをまとめ、明日の午前中にここに移ることになった。
部屋などは向こうで用意してくれているそうだ。
楽しみでもあり、少し不安でもある。
……その次の日の朝焼けが、また綺麗だった事も、私が鮮明に覚えていることの一つなのである。