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蒼き髪の魔術師  作者: ゆず
第一章 技術向上ノ章
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004 レイン・ウェール

  レイン・ウェール。

  それは、史上最も悲劇的な生涯を送った魔術師。

 

  今から3万年ほど前、遠い西の国で変わった転生者が発見された。

  膨大な魔力を持ち、名前も、出身地も、全てが奇怪なその転生者は、一時、王国で監禁され、研究対象となった。朝から晩まで研究者に監視され、逃げる隙もなく、ただ、自分を転生させた神を、その人は恨んだ。

  だが、救済は思いがけず訪れる。

  王国お抱えの魔術師の中でも優秀な魔術師ニクス・ウェール。彼女が、魔術師としてその転生者を育成することを申し出たのである。そして、受け入れねば、今後自分が王国お抱えの魔術師として、戦で魔術を行使することはない、と言い切った。

「何故そこまでするのか」

  という国王の問いに対して、ニクスは簡潔に答える。

「彼女も、人間です」

  と。

  国王は、これを認めた。

  しかし、大臣に操られたこの愚かな国王が、自分の主張を聞き入れたわけではない事は、ニクスは長年の経験から、すでに悟っている。

  国王は、彼女を人間として扱うことを決めたわけではない。私を、国王お抱えの魔術師に留めておくために、願いを聞き届けるしかなかったのである。

「彼女も人間である」

  この言葉は、例の転生者にのみ放たれたわけではない。ニクスは、自分のことも指して、その言葉を紡いだのである。

  戦好きな国王の手駒として、絶対的な命令のもと、奴隷のように数十万の兵を殺してきたニクスは、これからの人生を、彼女の育成にかけることを決めた。

  もちろん、育成係を自分にするためにも、国王を脅した。

  どこまで、愚かなのだろうか。

  あの国王は、自分が大臣の思うままに動かされていることにすら気がついていない。

  ただ、前国王の長男であったことだけが理由で国王にされたこの男は、端から政治に興味などないのだ。

  この男が興味を持つのは、戦と女だけである。

  まあ、大臣は自分の有利なように政治をしているわけではないから、寧ろこの方がいいのかもしれない。……後は、王の戦好きを止めることができれば、この国は安泰だというのに……。嘆かわしいことだ。

 

  そして、その転生者の育成に生涯をかけることを許され、ニクスは、転生者に魔術師名を与えた。

 

  それから、ニクスと、その転生者、レイン・ウェールの修行の日々が始まった。


  まずは、魔術の知識、魔力の移動方法、細やかな技術。

  一つ一つ丁寧に教え、レインは、その膨大な魔力を制御できる程に成長した。


  そして、ニクスは、レインに、彼女が持っている運命について、語った。

  それは、レインが感情のコントロールをほぼ完璧に出来るようになり、以前の様に簡単に癇癪を起こすことがなくなったからである。

 

  魔術師には、食欲も、睡眠欲も、寿命もない。致命傷を負っても、身体は修復される。

  魔術師が消えるのは、相手と殺し合いをした時だけ。殺し合いの末、負け、相手に魂を消されたら終わりなのだと。

  膨大な魔力を持つレインが、並みの技術を身に付ければ、それは、決して死ぬことがないのと同じなのである。

  技術で劣っても、火力で押せばいい。……そうなるからだ。

  レインは誓った。

  ……師匠とならば、何時までだって、生きていく、と。

  レインにとって、師匠であるニクスは、自分を研究地獄から救ってくれた英雄であり、母であり、姉であり、祖母であり、師なのである。

  簡単に、手放せる様な存在ではないのだ。

  ……手放せば、発狂するほどに。


  戦好きの愚王が、また戦争を仕掛けた。それも、自国の5倍の兵力を持つ国に、である。

  愚王の国も、周りから大国と恐れられる国であったが、その国は、格が違った。

  ……馬鹿な王だ。国の利益も、国民の不満も、全てを、知らない。

  その戦で、何万人が死んだか。その資料を、読んだことがないのだろうか。

  自分の欲の為に、今まで何人が犠牲になったか、その数も知らず、ただ、己の権力の大きさを確かめたいだけのクズが。

  ……だが、自分は、逆らうことができない。

  魔術によって、逆らうことを封じられたが為に。


  そして、ニクスは、今日も1人で戦の最前線に立つ。

  ……再び、弟子の顔を見れるだろうか。


  ニクスは、空を翔びながら、魔術を乱発する。

  地属性魔法で地面を泥沼に変え、動きを封じ、そこに火の玉を乱射して仕留める。

  後には、最早誰のものかもわからぬ死体が、ただ残るのみ。

  それは、「戦場の火悪魔」と呼ばれるニクスの、感情のない殺戮であり、数々の戦を勝利へと導いてきた英雄の為せる技であった。


  だが、ニクスは、もう既に、悟っていた。

  ……今後二度と、弟子の顔を見る事はあるまい、と。


  それは、ニクスの死を意味する。


  王も、何と馬鹿な戦を仕掛けたものだ。

 

  数が、多い。

  捌き切れない。

  魔力が、尽きる。


  ……飛翔魔法が、その時途絶えた。


  落下するニクスを見て、敵将が魔術師に合図を出した。

「魂消しを行え」

  と。

  魔術師は、それを実行する。

  抵抗するだけの力は、ニクスには、もう、残されていない。


  その時、ニクスの魂が、消えた。


  後に残った肉体は、敵兵によって切り裂かれた。……最早、その物体に、レインに優しく微笑み、レインの目から流れる涙を拭った、彼女の姿はない。

  敵兵にとって、その物体は、仲間を惨殺した恨みの根源であるのだから。


  結局、彼女が敵兵を三分の一まで減らし、その戦は勝利を掴んだ。


  だが、愚王は、ニクス消失の報告を受けても、何も思わない。

  ただ、「次の魔術師を探さねばな」としか思わない。

  彼女が、後に英雄として称えられる事は、ないのだ。


  レインは、ニクスが消失した事を、風の噂で知った。

  彼女の遺体がもう残っていない事も、彼女の魂がもうこの世に存在しない事も、全て、知った。

  レインは、ニクスを失った。

  レインにとって、唯一の救いであったのに。唯一の母であったのに。唯一の姉であったのに。唯一の祖母であったのに。唯一の、師であったのに。

「ああああああああああああああああああ!」

  それは、悲痛の叫びであり、後悔の叫びであり、恨みの叫びであった。

  師を失くしたことに対する、悲痛。自分も戦に出向かなかったことに対する、後悔。師を見捨てた王に対する、恨み。


  彼女は、願った。

「今すぐ、師匠の所に、行かせてください」

  と。

  だが、彼女は死ぬことができない。

  寿命もない。怪我で死ぬ事もない。敵が、自分に敵うわけもない。

 

  ……彼女は、森に、一軒の研究所を建てた。


  諦めたわけではない。


  自ら、死ぬ為に。


  自分を、殺す為に。


  彼女の目的は、それだけなのだ。


  彼女は、その術式が出来るまで、一日も眠らなかった。食事をとる事もなかった。

  地球から転生した彼女にとって、睡眠や食事は、必要なくても行っていることの一つであった。

  だが、彼女は、術式を完成させるまでの2万5千年もの間、それをする事はなかった。


  そして、彼女は完成させた。

  魔術師が意図的に死ぬ唯一の方法。

  術式「心臓の翼」を。


  もちろん、「心臓の翼」の始めの使用者はレインである。


  その日、魔術師レイン・ウェールの魂が、静かに消失した。


  誰に気付かれる事もなく、ただ、静かに、消失した。


  レインの消失から2千年余り経ったある時、森で不審な研究所らしき建物が発見された。


  そして、中には、レインの遺体が綺麗に保存されていた。

  その国の魔法大臣が、捜査に出向く。

  「心臓の翼」の術式は、綺麗に残されていて、制作の過程で従来の魔法術式の簡略化を余儀なくされたものもしっかり書き記されていた。


  魔法大臣は、そのうちの一つ、腐敗防止の簡略術式を見て、明らかな驚きを見せた。

  効果は全く同じなのだが、術式の長さが圧倒的に違うのである。約二分の一にまで簡略化されている。

  術式の長さ故、魔術学最難関とまで謳われていた腐敗防止の術式が、こんなに簡単にされているとは。

  ……そこに横たわるレイン・ウェールは、どれほど聡明だったことか。

  このような貴重な人材を、愚王として語り継がれるあの男が殺したなど、信じたくなかった。

  ……だが、あの男が起こした戦によって、ニクス・ウェールが消失し、そのショックで、レイン・ウェールまでも消えるとは、あの王はどこまで愚かだったのだろうか。

  レインは、これまでの魔術学に新しい風を吹き込める貴重な逸材であったと言うのに。

  レインは、今語られるように、膨大な魔力を制御できないバケモノなどではなかった。

  レインは、ニクスから譲り受けた膨大な量の知識と、才能として存在した異常な量の魔力を持った、史上最も聡明な真の天才であったのに。


  その魔法大臣は紡ぐ。


  世界は、なんと大きな過ちを犯したのだろう、と。

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