030 樹の麓の一ヶ月
「……お待ちしておりました。クライストゥーヴァ様」
ミカエルは、いつの間にか人の姿をとっていた。
肩ほどまでの髪の毛は、インベルと同じ美しい蒼色。その肌は白く、きめが細かい。すっと抜ける鼻筋や、薄桃色の唇。
美貌。正にその言葉の具現者のように思えた。
しかし。
今ここに現れた者には叶わなかった。
そこに現れたのは、信じられぬほどの美貌を携えた美女であった。
きめの細かい糸で織られた布は、その美しい顔を更に際立たせ、その典麗な髪の毛は、その身体の線をまるで完成され尽くした絵画のように飾り立てる。
恐ろしいほど美麗なその姿。
それは、口を開かなくとも他人を従えるような、そんな雰囲気があった。
「ミカエル……息災で何よりです」
その唇から、絹糸のような声が溢れる。
「……私には、勿体無いお言葉でございますれば」
「……ねえミカエル。……貴女、「記憶の書」を覗いたらしいじゃないの」
「……」
「分かってるわよね? 「記憶の書」を覗いたものへの、「罰」が、何か」
その場に緊張が走る。
「……はい。もちろん、承知しております」
「そう……」
クライストゥーヴァだったか。
その美女はそう呟く。
しかし、その声には悲しみが無かった。
ある種の喜びのような……。
「では、罰を執行します。貴女の「自由」を奪います。期間は一ヶ月間。異論はありませんね?」
「……仰せのままに」
*
ああ、あの罰が、待っている……。
その事を思うだけでもとてつもない嫌悪感に襲われた。
だが……あのお方の前では、序列一位など飾りに過ぎない。
反抗などできるわけもなく、逃げることも許されないのだ。
ただ、昔に聞いたことがある。
その時も主人がいた。
つまりは、さっさと帰りたかったわけだ。
何を聞いたか?
外の時間を伸ばして、こちらでは一ヶ月だが、向こうでは一秒ほどにすることは問題ないのか、と。
答えは、是、だった。
それがなぜ良いのかと言えば……。
「ねぇ、ミカエルちゃぁん! 元気だったぁ? ちゃんと元気にしてたぁ?」
「……はい。特に、変わりなく」
「ねえねえ、今はどんな子に仕えてるのぉ? やっぱり可愛い子?」
「可愛い……と言うよりかは、美人、の方が正しいように思いますが」
「あらぁ、良いわねぇ。私もそんな子と一緒にいたいわぁ」
これが一ヶ月続くだけだからだ。
目的は、私と主人を引き剥がすことではなく、私と話すことなのである。
「ねえねえ、お酒、飲まない? 良いワインがあるのよぅ」
「……私は、お酒は苦手ですので……」
「あらぁ、遠慮することないのよぉ? だってぇ、私だけ呑むのは寂しいじゃないのぉ」
「……では、少しだけ……」
……全く、圧倒的な存在感の割には、この方は幼稚なのだ。
そして、毎回毎回酒は要らないと言っているにもかかわらず呑ませられる。
しかも横に給仕が付いて、一口飲むたびに注がれる。
しかもアルコール度数が高いんだよ!
それを一ヶ月だぞ?
しかも目の前には大量な酒の肴。
一ヶ月経ってもこの地獄の枝豆山が消えない限りは返してもらえないのだ。
アホかっつーの!
ったく、そんでそれを天然でやってらっしゃるんだ、この創造神さまは!
っつーか機能的に好奇心抑えられないようにプログラムしといてさあ、こう言う規律作るってどう言うことよ!
「……あらぁ、ミカエル、怒ってる?」
「……いえ、全く!」
こめかみに青筋が浮かんでいるにもかかわらず、気付きもしないんだよ!
そのくせして勘だけは良いんだからさ。
その調子で、不眠不休のまま、一ヶ月が過ぎ去ったのだった。
*
「もう言ってしまうの?」
「……一ヶ月、過ぎましたので」
「……それもそうね。拘束しすぎるのは悪いわね」
そう思う気持ちがあるのならもっと三日とかに短縮してくれないかなぁ!
「では、これにて」
「……いつでも来るのよ!」
来るか、バカヤロウ!
「……ねえ、ミカエル、今私を侮辱しなかった?」
「い、いえっ! では、失礼いたしますっ!」
……ほら。勘だけは良いんだ、私の尊敬する神様は。
*
「行ってしまったわね」
寂しいわあ……。
お酒も、あんなに余ってしまったし……。
……今度、ミカエルのところに遊びにでも行こうかしら。楽しそうだし。
「創造神」か……。
要らないものを貰ったものね……。
完全なるおふざけ回です、はい。




