029 紅よ、散れ
※残酷な描写が有ります。苦手な方はご注意を。
インベルの処置は完了した。
後は……。
このミカエルに怯えるものたちを倒すだけとなった訳だ。
ミカエルがインベルの結界を維持したまま、頭を後ろに向けた。
それだけで、イラルド達は萎縮する。
つまりは、それだけミカエルが世界の法則的にオカシイ存在だと言うことだ。
「あ……貴女様は……」
イラルドが、副将とは思えないか細い声でミカエル––フェネ––に問うた。
「……ミカエル」
「おお……! ミカエル様、どうかこの私めにお慈悲を……!」
「……慈悲? 無用」
瞬間、イラルドの首が飛んだ。
切れた辺りから、ものすごい量の血が吹き出す。
無詠唱ノーキーワード、魔法使いがいくら鍛錬しようが辿り着けないとされるその境地に、ミカエルはすでに達していたのだ。
「ぎゃあああああ! 化け物、バケモノォ––––––––ッ!」
それを見たイラルド配下の者達が、一斉に逃走を開始した。
本能的な命の危機を感じ、この場に止まってはならないと感じたからである。
「……紅よ、散れ」
フェネの身体から、ミカエルからの死亡通告が出された。
その言葉を鍵言葉とするのは……。
類稀なる魔法の支配技術の上に成り立つ対人間用大規模魔法術式「紅舞」であった。
範囲内の人間全ての首の周りに十本ものナイフを出現させる。
それが、全て同時に範囲内の人間の首を根こそぎ地に落としていくのだ。
それによって舞う血の粒は、彼岸花や鬼灯に感じるものと同種の美しさがあった。
それを、ミカエルは、何の躊躇いもなく放ったのだ。
瞬間、見渡す限り人ばかりだった草原が、首から上のない兵の死体と、醜く白目を剥いた数多の首、若葉が見えなくなるほどの鮮血で埋まった。
辺りは、まるで終焉の日のような、妙な静けさに囚われている。
「……全ては、敬愛なるインベル様の為」
そうミカエルが言うと、辺りの血や肉がすっかり消え去った。
全て魔力に還元され、フェネの体へと取り込まれたのである。
その際、フェネの体の器が小さく、魔力が入りきらなかった為、ミカエルが一瞬で拡張を行った。
それにより、フェネは魔力の消耗をほぼ気にする必要がなくなったのは、僥倖であったと言えるだろう。
ミカエルは、敬愛なる主人の元へ歩み寄り、その胸元に手をかざした。
その行為は、いくらミカエルの権能であれ、勝手に使用するのは許されない物であったが、ミカエルはその時、好奇心に対抗することができなかった、
ミカエルは、インベルの胸元に一つの魔法を掛けた。
それは、魔法使いにすら知られることのない、古代の魔法。
創生の時代から存在するミカエルが知る、「禁忌の魔法」だったのだ。
インベルの胸元から、一冊の本が浮かび上がる。
光り輝くその本をミカエルが開くと、その隠された記述が文字となってこの世界に顕現した。
二、インベル・シードゥストラ 転生後752日 進行中…
四、千葉水月 転生後5150日
四、佐々木つる 転生後30752日
二、レイン・ウェール 転生後10037500日
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「……二人の雨の子……」
ミカエルがそっと呟く。
その書物の意味は、少ない強者しか知ることは叶わない。
それ程厳重に秘匿された、世界の機密事項なのだ。
その意味に自ら気づく者もいるが、創世の時から生きるものは、生まれながらにしてその意味を知っている。その中の一人がミカエルなのであった。
ミカエルはそっとその本を閉じ、インベルの体の中に押し戻した。
一つの罪と引き換えに、自分の知的好奇心を一つ埋めたミカエル。
その顔は罪悪感に囚われつつも、どこか爽やかに輝いていた。
ミカエルのその行動は、間違いなく世界の禁忌に触れている。
しかし、それはミカエル以外の目に触れることはない。
ミカエル以外の「目」は既に全員潰してある。
念には念を入れて、カネレやエルムなども眠りにつかせていた。
それは、ミカエルの十字熾天使序列一位としての実力に見合った演算結果に基づいた完璧なものなはず。
しかし、ミカエルは、体の危機管理を有する機関が最大に警鐘を鳴らしていることに気が付いた。
(ああ……やはりか。……やはり、私の演算を用いても、あの方の目は逃れられない、と)
ミカエルは、迫りくる危機に対抗する術を模索するでもなく、その危機に身を任せた。
その危機を放った相手は……。
突然、フェネが地に伏せた。
と同時に、カネレ達も眠りから覚める。
ミカエルの意識が刈り取られ、支配体制が崩れたのだ。
「……⁉︎ 敵の気配がない……?」
カネレは、目を覚すなり、辺りを見回し、その光景に驚いた。
そして、今までのあの大軍勢は夢だったのかと思案する。
(いや、そんな訳が……。あれは夢じゃない。確かに、あの軍勢は本物だった)
カネレはそう結論付け、辺りの様子を探り始めた。
戦前の静けさは何処へ行ったのか、鳥が歌い始め、蝶が舞っている。
(血の……匂い?)
カネレは、その白い鼻で、先程までこの辺りに血があったかのような鮮烈な血の匂いを嗅ぎ取った。
やはり、戦はあったのだ、そう確信し、カネレは歩き始める。
仲間は……、自分の大切な友人は……。
ミカエルは、聖なる木の下……「創樹」の麓に呼び寄せられていた。
それは、逆らうことの出来ぬ絶対的な「力」によるもの。
そして、ミカエルの前に、この世の頂点として君臨するあの方が君臨する。
「……お待ちしておりました。クライストゥーヴァ様」
ミカエルの乾き切った声が、その木の麓に響き渡った。
なんか、毎回謝ってますね。
(ちょっと今回遅れたのは色々事情があるのですが)
すみませんでした。