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蒼き髪の魔術師  作者: ゆず
第一章 技術向上ノ章
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001 精霊の森

  煩い。騒々しい。


  そう思った私は、ゆっくりと目を開いた。

  ……目を、開いた…?

  ……え?


  運動会で、疲れて、ベッドに倒れこんだ。それから、4時半に目が覚めて、ベランダに出た。……そして、身体が宙に浮くのを許した。

  覚えている。……覚えているだけに、今の現状が理解できない。

  だって、マンションの15階だよ?助かるわけないよね?もう一瞬でペチャンコだよね?

  そう思うのだが……。

  どうやら、助かってしまったらしい。

  助かったとしても、病院のベッドの上だろうから、下手に動かない方がいいだろう。余程の怪我だろうから、看護師さんがいるだろうし、目が覚めたことにも、すぐ気がついてくれるはずだ。

  というか、不自然に明るい。照明というより、太陽の光がそのまま目に当たっているような。

  段々と目が明るさに慣れてくると、私は、自分がいかに奇怪な場所にいるかわかった。


  石畳みの、上だ。


  石畳み⁉︎

  瞬間的にそう思った。そりゃあそうだ。ふっかふかの病院のベッドに大量の管を繋がれて寝かされているのかと思いきや、まさかの、石畳みなのだから。

  ……つまり、病院ではない……?

  ……手は、動くだろうか。

  えい。

  ……いとも簡単に動いてしまった。神経は大丈夫なようだ。

  動かせることを確認した右手で、左手を触ってみる。手首には…、点滴の管らしき物はない。念のため、左手で右手も確認したが、同じだった。

  そして、思い立つ。そうだ、服装だ。私は、ドラマなどでよく見る甚平のようなやつを自分が着ていないか、身体を触ってみた。

  石畳の上に倒れているのに病衣を着ていたら逆におかしいとは思ったが、一応試してみた。案の定、もともと着ていたパジャマのままだ。しかも、血の跡も、傷やほつれもない。

  …今になって気づいたが、痛みがない。何処も、痛くないのだ。はて?

  そして、更なる事実に気がついた。……目が、おかしい。

  元々、視力は良くない。ひどい近視で、眼鏡かコンタクトは必須だ。確か、眼鏡は、掛けたまま飛び降りた。途中で外れたのも記憶にある。

  いや、左目は、正常なのだ、正常に、遠くが見えていない。おかしいのは、右目だ。めっちゃ良く見えるのだ。まだ目が良かった幼稚園の頃より、良く見えるのだ。あまりに左右で視力に差がありすぎて、酔ってしまいそうだ。

  とりあえず、酔い対策として手で左目を隠し、ゆっくりと頭を浮かせ、すぐそこにあった壁に背中を預けた。

  どうやら裏路地らしく、店の裏口やゴミ箱などがある陰湿な所だ。私が眩しいと思ったのは、微かに差す太陽の光だったらしい。

  そこまで情報を整理すると、私は、目を向けないようにしていた方へ、ゆっくりと目を向けた。……自分の目の上、「前髪」だ。

  倒れている時から、既におかしいと思っていたが、どうやらそれは見間違いではなかったらしい。髪が、青い。青というよりは、蒼に近いが、とにかく蒼い。そして、よく見ると、その長さも腰あたりまで来ていた。元は、黒髪のボブだったのだが。

  ……とにかく、異質なのだ。

  一体私は、どうしたと言うのだろうか。

  私の知識から考えると、この状況は、一つの可能性しかないように思える。

  まず、現代日本の道路で、石畳みはまず無い。裏路地でもアスファルトだ。それから、異常な視力。蒼の髪。傷一つないこと。

  そこから合わせて考えるに、恐らくは、異世界転生、だろうか。

  歩けるならば、裏路地から出て街並みなどを確かめた方がいいだろう。足にも傷はないし、歩けないはずはない。

  そう思い、多少だるさのある身体を動かし、立ち上がった。……うん、特に問題はなさそうだ。

  道を歩くのに左目を抑えているのは明らかに変人なので、仕方なく酔いそうになるのを我慢することにする。そのうち慣れるだろう。

  ……そう言えば、お腹が空いたような気がする。日本のお金なんて通用するわけもないので、ゴミ箱を漁るしかなさそうだ。丁度近くにあったゴミ箱に近づくと、独特の匂いがした。思わず顔をしかめてしまったが、生きるためだ、仕方がない。

  そう思ったのだが、リンゴらしき果物の芯や、野菜の皮、腐りかけの魚などが入り乱れていて、とても食べられるようなものではなかった。……やめよう。

  私は、そっとゴミ箱の蓋を閉じ、裏路地を出た。

  ぱっと差し込んだ光に、一瞬目が眩んだが、目が慣れると、そこには、美しい景色が広がっていた。

  街道を行く馬車に、舞い上がる砂。威勢のいい店の主人の掛け声に、腰に剣を下げた騎士。

  これで確証が持てた。

 

  やはり私は、異世界に転生してしまったようだ。


  そう納得した私は、表通りを歩いてみる。活気と人に溢れた街だ。

  ……というか、パジャマなのだが、大丈夫だろうか。心なしか、行き交う人々に奇怪な目で見られている気がするが、気にするほどのことではないと、割り切っておく。そうしないと、どうしようもないのだ。見事な一文無しだし、換金できるものといったら、本当にこのパジャマしかない。唯一の服を奪われたら、最早為す術がなくなってしまう。この服だけは、守らねばならない。

  私は、決意を胸に、少し足を速めた。


  あれから、5時間は歩いた。いつの間にか、景色は街から町になり、村になった。遠くには、森が見える。日も傾いてきていたし、何処か家を探せば泊めてくれないこともないだろうが、まず、言葉が通じない筈だ。見たところ、街の看板は、見たことのない文字で書いてあったし、行き交う人々の言葉も聞いたことのない響きだった。まず、そこに期待をおくべきではないことは、明らかだった。

  さて、何をしたらいいのだろう。……思えば、多くの異世界転生ものの小説というのは、最強チートで成り上がる物が多い。その場合は、最初から、チート能力によって周りを従え、食べ物になど困るわけもないのだ。

  つまりは、憧れの異世界転生できたとしても、チートがなければ意味がない⁉︎

  そういうことだろうか。……そういうことだろう。

  はあ、せっかく転生できたのになあ。死ぬしか、ないのか。

  そう、諦めかけたとき。

  目の端に、森が映ったのだ。

  森?……木の実、キノコ、あとは、食べたくないが、昆虫、か。

  ……実に魅力的だ。行かない手はあるまい。思い立ったが吉日、だ。

  私は、畑の間を抜け、暗い森に入っていった。


  お腹が、最早限界だ。

  いつまで歩けば良いのだろう。途中でキノコは見つかったが、色が紫な上になんか表面がテカテカしていたのでやめておいた。流石に、毒で死ぬとはバカ過ぎるし、せっかく転生したのがもったいない。あと見つけたのは、5mくらい上にある木の実と、10cmの蜘蛛、何かの幼虫に、ムカデ。木の実は、頑張ったら採れるのだろうが、高所恐怖症の私にそれを求めるのは酷と言うものだ。それ以外は……、ゲテモノと言う他ない。

  全く、期待外れにも程があるというものだ。

  生まれてこの方、空腹というものに支配されたことがなかったが……、なるほど、こういう事なのか。空腹で死ぬと言うのは……、もう少し、マシに死にたかったな。

  最早、出口もわからない。あとは、空腹に飲み込まれ、そのまま骨と化すのだろう。永い間、誰も見つけては、くれないだろうが、せめて、弔いくらい、して貰えれば、嬉しいものだ。


  ……鳥が、鳴いている。

  ……甘い香りが、する。

  ……微かな太陽の光が、心地良い。


  ……ここが、天国と、言うことなのだろう。流石に、連続転生はしなかったようだ。残念。


「……あの、お目覚めになられましたか…?」


  澄んだ声が聞こえる。

  ゆっくりと、目を開いた。


「あ……!」


  そこには、綺麗な羽でパタパタと飛ぶ小さな女の子が、驚いた様子で目を見開いている。

  ……天国って、こんなんだっけ?なんか、違くない?

「あ、あの、まだ起き上がらないでくださいね。カネレさまを呼んで参りますから、少しお待ちください」

  その子は、そう言い残し、パタパタと行ってしまった。

  起き上がるなと言われたので、寝たまま、状況を整理する。

  ふむ、ベッドは、ふかふか。恐らく、天国ではなさそうだ。

  部屋は、木をくり抜いて、精密な計算により、心地よく光が入るように穴を開けたりした物らしい。内装は、今、寝かされているベッドと、小さな机と椅子、棚、花瓶。扉の横には、私が着ていたパジャマが綺麗に洗って干されていた。どうやら、この部屋に開けられた穴は、光だけでなく、風通しも計算されているらしい。干されたパジャマが、微かに揺れているのがその証拠だ。

  ……ところで、あの子が去り際に言った「カネレさま」とは、一体誰だろうか。口調から見て、あの子の上司か何かだろうか。

  ……そう考えていると、入り口の扉がノックされ、「入ります」と言う、さっきの子の声がし、扉が開いた。

「カネレさま、この方です」

  さっきの子は、そう言い、手で、こちらです、と言うふうに私の方を指し示した。

  カネレさま、と呼ばれたその人は、大人の女性、と言う雰囲気の人で、何処か、只者でないオーラが漂っていた。

「こんにちは。あなたが、森で倒れていた方ね」

「はい」

  私がそう返事をすると、カネレさま、と呼ばれた女性は、ふふふ、と笑った。

「言語変換が上手くいってて良かったわ。まあ、あなたは、気づいていないようだけれど」

  言語変換?え、あ!

  私が驚いたような顔をすると、その女性は微笑み、私の身体を起こすのを手伝ってくれた。

「じゃあ、まず、自己紹介しましょうか。……私は、風の精霊シルフ天位、カネレ・シルフィード。カネレさん、で構わないわ。あなたは?」

  精霊……。やっぱり、そういうのがいるんだ……。

「あの、私は、千葉水月ちばみずきって言います。……あの、失礼かもしれないんですが、てんいって、何ですか……?」

  私が質問すると、カネレさんは、上品に笑い、答えてくれた。

「光と陰以外の精霊に定められた階級よ。下位、中位、上位、王位、天位と上がって、私は天位ね。天位は、それぞれの属性に3人ずつ。風の精霊には、残り2人の天位がいる。ちなみにこの子は、中位ね」

  最後に、カネレさんは横の小さな子を指していった。

  そして、何か思いついたように表情を変えて私を見た。

「あら、そう言えば、お腹は空いていない? 森で倒れていたから、食べ物でも探しに入ったんじゃないかと思ったのだけど」

  お腹?……あれ?おかしいな、意識があった時は、凄くお腹空いていたのに。

「あの、今は、お腹空いてないです」

「今は?」

「あの、森に入った時は、凄くお腹空いてたんですけど、今は、全然」

「そう……」

  カネレさんは、そう呟くと、「少し、身体、触るわね」と言って、私の鎖骨の下あたりに手を置いた。

  数秒後、心臓のあたりを手で撫でられるような感覚があり、カネレさんの手が私から離れた。

  カネレさんは、そのまま手を口元に持っていくと、ふふふ、と笑い、私に説明してくれた。

「あなた、錯覚してたのよ。あなたはもう、食事も睡眠もいらない身体なの。きっと転生者ね。チバミズキさん」

  転生者……。やっぱりそうなんだ……。

「あの、カネレさん、この世界は、どんな世界なんですか」

  当たり前の質問だと思ったのだが、カネレさんは、妙に驚いて、私にこう問うた。

「記憶がないの? ……でも、名前は覚えていたし……」

  …記憶が、ない……?

  ……ないわけがない。起きてから足が柵から離れるまで、全て覚えている。

「いえ、覚えています。明け方に起きて、マンションの15階から飛び降りました」

「まん、しょん?」

  私は、この世界に、マンションの概念がないことを悟り、説明した。

「簡単に言うと、高層の集合住宅です」

  私がそう説明すると、カネレさんは「ああ」と納得したような表情になったが、すぐ、表情を曇らせた。

「その……、まん、しょん、と言うのは、どこにあるの?」

「んーっと、割とどこにでもあると思います。よほどの田舎でない限りは」

「……あなた、どこに、住んでいたの?」

  カネレさんの声が、震えている。

「日本の、東京です」

  カネレさんは、すっかり青ざめた顔で言った。

「チバミズキさん、明日、湖の方へ出かけます。その子に、服の用意を頼んであるから、あとで受け取っておいて下さい」

  カネレさんは、それだけ言うと、少しふらつきながら部屋を出ていった。視線を横にずらすと、カネレさんを呼んでくれた子も、かなり顔が青くなっている。

「あの、服は、明日の朝お届けに参りますので……。今日は、どうぞゆっくり……」

  そこまで言うのが限界だったようで、その子も、ふらつきながら部屋を出ていった。

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