015 脆弱と強欲
フェネ・シードゥストラの館は、「無属の地」と言う場所にある。
その名の通り、どこの国にも属さず、ただフェネの庇護を求める者が小さな町を作り、協力して暮らす、広い平原である。
そして、そこには、「シルフの森」と呼ばれる、精霊の聖地が存在する。そこの森の恵みは、凶作の年の町の人々を救う命綱となっているのだ。
森の恵み。
それを求める者がいる。
無属の地の北に位置する「豊穣国アシュベルク」と、東に位置する「シュアル王国」。
豊穣国アシュベルクは、その名の通り、農業に支えられた国である。西側に「実りの原」と呼ばれる豊かで広大な土地を持ち、その地には一面に小麦畑が広がる。秋には黄金色の麦が夕陽に光る、とても美しい国なのだ。
対してシュアル王国は、大きな特産物は存在しない。それより北東の「法皇国クルアート」と、東に広がる小国郡の連合組織である「東方連合議会」との貿易を一手に受け、その商品を「ヘルメルシア帝国」に売る事で、国を守って来たのである。
そして、「ヘルメルシア帝国」は、領地や国力、軍のどれを取っても大国であり、その周りの国々の不安の種なのである。
つまり、帝国が攻めてくれば、ひとたまりも無い、という事である。
故に、各国は、自国を帝国にとって有用性のある国にするために、模索を始める。
そして、たどり着いた答えが、「森の恵み」。これまで侵されることのなかった地の恵みは、各国にとっては正に秘宝。
そして、各国は、愚かなる暗躍を開始する。
豊穣国アシュベルク、王城の大会議室にて。
「陛下! 今年は嵐が多く、約四割も麦の収穫高が減っております! このままでは、麦を帝国に輸出することもままなりません!」
大会議室に、ある貴族の声が響いた。
その場にいる要人たちは、顔をしかめる。
事態は、そんな甘いものではないからである。
……輸出が難しいと言われる所以。それは、収穫高の減少だけでは無い。
嵐を乗り越えた麦でも、雨が多かったせいで品質が下がっている。
そして、帝国が取引をするのは、一等品のみ。
平時であれば、収穫された小麦の内、一等品は七割程度。そしてその三分の二が、帝国に輸出される。
だが、今年の少ない収穫の内、一等品は一割にも満たない。
それを全て輸出したところで、平時の輸出量の一割程度。
国民は少し質が悪くても構わないが、帝国は甘くは無い。
麦以外にも野菜や果物の生産も行っているが、その規模は法皇国クルアートの方が大きい。養蚕もやっていない事はないが、こちらも東方連合議会の方が生産性は高く、質もいい。
……正に、八方塞がりの状態であった。
「陛下! 如何なさるのですか⁉︎」
また別の貴族が、悲鳴に似た声をあげた。
今まで、これ程までに収穫高が減少した事はない。
完全に想定外の事態なのである。
国王は、上座の席で思案する。
……実は、この王、あまり賢くないのだ。
前国王の末の息子として生まれ、上には兄が三人。
どう考えても王になどなれないので、ひっそりと宮殿の奥にて娯楽を楽しんでいたのだ。
しかし、一人は持病の悪化、もう一人は病気、そして最後は暗殺によって全ての兄が死に、王位が巡って来たのである。
昔から絵画や歌劇を楽しんでいたので、政治の勉強はあまりして来なかったツケが、ここで回って来たのである。
そして、なんと運の悪いことに、数ヶ月前、代わりに政治を行ってくれていたヴァルス公爵を、不敬罪で国外追放にしてしまったばかりなのである。
ヴァルス公爵は有能で、交渉や財務、貿易など、国王の仕事を肩代わりしてくれていたのだ。
しかも、ヴァルス公爵の後を継げるような有能な貴族はいないのである。
唯一の国王代理を、たった一度失言をしただけで国外追放に処してしまうところもこの王が賢王ではない所以なのだが、そんなことは本人が知るわけもない。
そして国王は、禁じられた決断を下す。
無属の地へ、攻め入る決断を。
そして、もう一つ。シュアル王国宮殿、王の寝室にて。
「陛下、アシュベルクが動きました」
柔らかな椅子に座り、諜報部隊の報告を聞くのは、強欲の王。
富と、名声、そして、女。
全てに強欲で、完璧なまでに手に入れようとする、その王。
その王が今回牙を向けたのは、「富」と「権威」、そして「名声」。
そして、王はゆっくりと頷く。
「よい。では、密かに軍を動かせ。精鋭部隊をだ。詳細は任せる」
「はっ」
そして、諜報員が姿を消す。
そして、王の声が虚空に響く。
「……アルハウド様、直ぐに、直ぐに手に入りますぞ……」
脆弱な王と、強欲の王。
大国の影と、何者かの暗躍。
事態は、急速に変化を続けていく……。
祝・第二章スタート!
ちょっと堅苦しい回ですが、必要な回です。超重要です。