014 師匠はお疲れ
「美しく生きます。私にとっての美しさは、死ぬことじゃなかったみたいだから」
大丈夫、きっとこの子は心配しなくても良い、そんな想いが、フェネのなかを駆け巡った。
この子が子供?
……そんな恐れ多い。
この子は、もう立派な大人だ。
この世界に来てから、いや、或いは前世から既に、この子は大人だったのだろう。
そうフェネは確信する。
……この子は、きっと、生きる事をやめたりしない。
永遠に存在するものはないと言うが、この子なら、きっと成し得る。
いや、永遠でなくても、悠久の時を生きるだろう。
そして、世界の道標となっていくのだ。
世界が幾度崩壊しようと、この子は何度も世界を創り上げるだろう。
時には冷酷になり、時には慈愛に満ち溢れた姿で。
ならば、私が出来ることは、いずれこの子が世界の道標となるまで、この子の道標となることしかない。
この子は、良い意味で、世界を破壊する。
そんな運命は、酷かもしれない。しかし、この子が、それを望んだのだ。
だとしたら、私は、精一杯支えるだけだ、と。
「やっぱり、私は凄い人を預かることになったらしいわ」
こっそりそう呟いたが、きっとインベルには届いていないだろう。
届いていない方がいいのだ。
あなたを育てるのが少し怖くなったなんて、決して悟られてはならないのだから。
「……インベル、あなたは強いのね」
師匠が言う。
……果たしてそうだろうか?
自殺したのに?
自分が強い?
「ふふ、今日はいよいよ小規模の魔法を撃たせてあげるから、練習室に来なさいね」
「あ、はいっ」
悟られたのだろうか?
……それも良しとしよう。
……それより。
魔法。
小規模魔法。
実に良い響きだ。
とうとう、魔法が使える日が来た!
私は、少し軽めの足取りで、一度自室に戻り、諸々の支度を済ませた。
そして、練習室に向かう。
「失礼します」
中に入ると、師匠は、奥の扉に上半身を突っ込み、何かを探していた。
「ああ、インベル、手伝ってくれる?」
「何、探してるんですか?」
「いや、あなたの杖をね。私のお古があったはずだから。……あ、あった」
師匠はその杖を引っ張りだし、埃を払った。
いやあ、師匠は本当にセンスがいい。
服といい、この間の天球儀を模した杖と言い。
そして今回の杖も、シンプルながらかなりいいデザイン。
銀色の柄の上に、不規則な形をしたコバルトブルーのクリスタル。そして周りには、銀色の蔦が伸びている。
……一つ、疑問だ。
魔法に、杖っているのだろうか。
《回答します。基本的には必要ありませんが、初心者や、大規模魔法を行使したりする場合は、魔力の量の補助などの目的で使用することがあります。ですが、今の主人には不要であるように思います。また、フェネ・シードゥストラの杖に特殊効果はなく、完全に見た目のみであると推測されます》
師匠……。
昨日はあんなに格好良く見えたのに……。
まさか見た目オンリーだとは。
やはり、師匠は師匠なんだな、うん。
「あら、でもあなたには必要なさそうね」
「いやいや、私初心者ですので! 是非とも頂戴したく思います!」
もちろん、杖が欲しいからである。
魔法の補助をして欲しいとかでは、決してない。
「……欲しいならそうと言えばいいのに」
「えっ……」
まさか、バレていたなんて。
次からは、もっと演技を磨かねばなるまい。
「いいわ、別に、お古だし」
そう言うと、師匠は、私に杖を放り投げた。
私は、間一髪のところでそれをキャッチし、壁に立てかけた。
「じゃあ、魔法、やってみましょう。楽しみなんでしょう?」
私は頷き、師匠と相対する。
「ふふ、じゃあまず、右手人差し指に火を灯してみましょう。心臓の辺りから伸びる魔力腺を、右手に通じるもの以外は遮断。次に、人差し指以外のものを遮断。そして、指先から出した魔力に属性を付与。……これで出来るはず」
遮断、遮断、付与。
私が意識してそれを行うと、私の指先に炎が灯った。
小さくも、美しいその炎。
私は、その美しさに思わず見惚れてしまう。
消すのが勿体ないが、そこは仕方がない。
私は、指先から炎を消した。
「えっ……」
何やら、師匠が驚いている。
「いや、あなた、何で魔法を消せるのよ……」
師匠は、半ば呆れたような声色で呟いた。
「あのね、普通、出した魔法をどうやって消すか、それが魔法学の初めの関門になるのよ?」
……初めの関門は、魔力放出の抑制だった気がするが、そこは黙っておこう。それが、大人というものだからである。
「……だって、出した魔力を引っ込めるだけですよね?」
「いやいやいや。それが関門なのよ……」
その後に、「本当に凄い子」と聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。
「あの、水とか、風とかやっても良いですか」
「良いけど……。簡単じゃないわよ?」
そう言い、師匠が瞬きをする。
そして、師匠が再び目を開くと、私の指には、水滴が一粒。ついでに、左手には風。
「…………!」
師匠も、絶句して声が出ないようだ。
「……もう良いわ。精霊魔法に関しては、もう私が教えることは何もないと思う。後は、ひたすら研究と実験よ」
とうとう、師匠に捨てられてしまったらしい。
と、言うよりも、サポートが必要ないと判断した、の方が正解だろうけど。
「……防御系はどうするんですか?」
「あなたなら、私がいなくても使えると思うわ……。私は、ソプラとエルムを教えるから。あなたは研究と我流術式の開発でもしてなさい」
なんだか、師匠はお疲れのようだ。
今度、紅茶によく合うお茶菓子でも作ってあげよう。
前世では、彼氏やバレンタインには縁がなく、お菓子作りが全くできなかった私にも、今や司書さんがいるのだ。
……何も、臆する事はないのだから。
今回で第一章は終わりです!
え?
全く技術向上してない?
知らないなあ、そんなこと。
と、言うのは嘘で、この後の術式研究が本番なのです。
ですが、本気でそれを書いていると、絶対皆さんを退屈させる自信があります。
なので、研究模様についてはバッサリカットして、その後から、やっていきます。
いつか、番外編的なことで出そうと考えていますが、いつになるかわからないので、見たいと言う方は教えていただけると幸いです。
そろそろ中二っぽい術式名とか出てきますのでどうぞお楽しみに。