東の空
その日の東の空は、私には、とても美しく写っていたことを、今でも、とても鮮明に覚えている。
子供の頃、「ゆうれいさんがいる!」と言って、周りを驚愕させたことがある。もちろん嘘などではなく、私の目に、はっきりと写っていたことを口に出しただけだったのだが、周りにいた人は、皆、私を妖を見るかのような目で見ていた。その頃は、まだ小学生にもなっていなかったから、「子供の世迷言」くらいで済まされていた事だが、中学生になり、色々と面倒くさい関係も生まれ、ある日、言ってしまったのだ。
「あ、今、幽霊がいた。」
と。
瞬間的に、やってしまったと悟ったが、もうどうしようもなかった。
本当に幽霊が見えるのだから動じなければいいと思っていた陰口や暴言の数々も、次第に苦痛になった。ゲームやラノベで気を紛らわせたりもしたが、だからと言って学校での立ち位置が改善されるわけでもない。
それなのに学校に行っていた私は、本当はバカだったんじゃないかと思う。休めばよかったのに。いっそ、不登校になってしまえば良かったのに。……その方が、辛くなかったのに。
その日は、運動会で負けて、負けたことを自分のせいにされ、疲れて家のベッドに倒れ込み、そのまま寝てしまった。晩御飯も食べないような時間に寝たからか、4時半頃に目が覚めたのだ。
夜風に当たりたかった。
星は、見えるだろうか。
月は、どのくらい欠けているだろうか。
子供の頃綺麗だと思えたように、綺麗だと、思えるだろうか。
両親を起こさないよう、こっそりとベランダの戸を開けた。
マンションの15階にいるお陰だろうか。
夏の終わりの涼しい夜風が、髪を揺らしたのがわかる。
東の空は、微かに明るくて、星も、消えかけだったが、十分美しかった。
白んだ暁の空も、消えかけの星も、中途半端に欠けた月も、全てが、美しかった。
綺麗だと、思えた。こんなに、辛いのに。自然だけは綺麗、なのか。
こんなに世界は私を嫌うのに、まだ、手放したくはない、と。……矛盾した世界だ。
私は、微かに口の端を上げた。
(この景色が美しい内に、去ってしまおうか。)
この景色までもが、狂う前に。美しい内に。
もう、自分の心が自分のものでないような気がした。操れない。怖いのに。操れない。
自分の足が、柵の上に乗るのを、私は、黙って見ていた。怖い。なのに、身体は、この世界から、逃げ出したいらしい。
……そうさせてやるか。
痛いだろうか。空、翔べたりしないだろうか。そのまま、魔法とか、使えないだろうか。……無理なのは、知っている。いくら信じていても、それが、起きないことは。
自分の足が、柵から離れるのを、私は黙って見ていた。
15階か。
自分がどうなるかなんて、容易に想像できた。
さようなら。
ふと、東の空を見る。
やはり、美しかった。
ああ、狂わなくて、良かった。
美しくて、よかった。