紅茶を飲むためだけにやってきた魔女
白い机と椅子。それらは木製である。
紅茶の入った灰色のカップ。それはガラス製である。
他にはなにもない空間。地面もなく、背景はすべて青白く塗りつぶされている。
そんな質素な空間に魔女はやってきた!
魔女は最初からそこにいたかのように椅子に腰掛けていた。最初から持っていたかのように、魔女の手にはカップが握られている。傍には、魔女を見守るかのようにメイドが立ち尽くしている。
魔女は幼い。外見は10代前半ほどだが、自信に満ち溢れた表情をしている。この場にぴったりの純白ドレスで着飾っており、長い金髪の髪は、巨大な赤いリボンでまとめられている。
メイドは落ち着きがある。外見は10代後半くらい。メイドらしいメイド服で身を包んでおり、スカートの丈は足元にまで達するほど長い。頭にはなにもつけておらず、首元まで金髪の髪が伸びている。
そして魔女の持つカップの中には液体が溜まっていた。それはカップの底を映すほど赤透明の液体、紅茶であった。
「紅茶ですわぁ。こんな所で紅茶ですわぁ。なぜだと思います? くくく」
魔女は笑いを漏らしながら、紅茶から目をそらすことなくたずねる。
魔女は手首だけを使って、紅茶の入ったカップをゆっくりと、くるーんくるーんと回す。魔女の左手に掴まれたカップは成すすべなく魔女の左手の動きに引きずり回され、中身の紅茶は渦を巻くようにカップ内を流れ始める。
魔女は突如手首の動きを止める。その圧倒的な力は、先ほどまで魔女の左指たちに取っ手を挟まれ、生き生きと踊っていたカップの動きをも静止させた。しかし中身の紅茶は停滞に呑まれることなくカップ内を駆け回る。紅茶はカップ中心よりも外側に集まって動き、渦という整った戦陣を作り出していた。そして魔女の停止に逆らった動きをやめることなく続けている。
「紅茶をよりよく味わうため、……でしょうか」と、メイドが考える仕草をして答えると、
「いぇす! 余計なものはいりませんわぁ。机と椅子と紅茶に似合ったメイドがあれば、紅茶は眺めるだけでも楽しめますわぁ」と、魔女は返す。
メイドはうれしそうに微笑むと、「ふふ、最上の栄光でございます」と、深く頭を下げた。メイドは両ひざをなにもないところに着き、自身の両手で机の上にある魔女の右手を包み込む。
魔女は紅茶から少し目をそらして横目でメイドを確認する。魔女はすぐに視線を紅茶に戻すと、カップを持ったままの左手を腕ごと大きく振るった!魔女の左腕は、魔女の前方から左側までを大きくなぎ払う。唸るような音が空気中に放たれ、空間に響き渡った。
カップの中身の紅茶は、まるで中心を避けるかのように激しくカップの壁を暴れ回る。カップの壁を乗り越え、外へと逃げ出しそうな勢いである。しかしそんな紅茶は一粒たりとも現れることはない。すべての紅茶は、時にはカップ上部に跳ねることもあるが、必ずカップの中へと帰っていく。カップが紅茶を外へ放り出すことは一切なかった。
魔女は左手のカップを自らの口元へと引き寄せる。そしてカップを傾け、渦巻く紅茶を口の中へと注ぎ込んだ!先ほどまでカップの同じところをひたすら回り続けていた紅茶たちだが、新しい道が開かれたことで、次々に魔女の口へと押し寄せていく。カップに住んでいた紅茶たちの次の住処は魔女の体内なのである。カップの底に残っていた数滴の紅茶たちでさえも、最後には魔女の舌によって潰され、吸い寄せられていった。カップ内にあれほど溢れていた紅茶は、今やすべて魔女に住む住民である。
魔女は紅茶のいないカップを机に置く。置くとはいっても、左手を今だカップから離してはいない。魔女の左指はカップを強く絡め取ったままである。
「紅茶はこぼさずに飲む。ふふ、やはり正しい作法で飲むからこそ味があるというものですわぁ。……おかわりっ」
魔女は満足そうな表情で次の紅茶を要求する。すると誰もいないカップに新しい紅茶が湧き出てくる。カップの半分ほどがすぐに紅茶で埋め尽くされた。
魔女は紅茶を飲み続ける。魔女の体内には、すでに数え切れないほどの紅茶が移り住んでいた。これからも紅茶帝国、紅茶星、紅茶宇宙、紅茶異世界と呼べるほど、魔女の体には紅茶が増え続けるだろう。それでも魔女は紅茶を飲むのだ。
紅茶を飲むためだけの世界にやってくるような魔女だからこそ、紅茶を飲み続けられるのだ。