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魔法の扉  作者: はやぶさ
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 その一か月の間、僕は悶々としていた。アリシアはその魔法について楽しそうに語ってくれていたけど、僕は魔法を信じていいかどうか迷っていた。迷っていたというか、信じられないという思いがどこかにあった。もちろん、僕の中にも信じたい気持ちはある。あったらいいなとは思う。昔から魔法という言葉が存在しているのも事実だ。何もなければそういった言葉すら作られることはなかっただろう。


だが、魔法の存在を本当に信じるというのは、なかなか難しかった。アリシアが熱心に話してくるので、僕としても信じたかった。そもそも魔法を信じないということは、その話しているアリシアも信じていないということになってしまうのだ。


僕は友人として彼女を信じたいと思っていた。見たこともない魔法すらも信じようとしていた。けれども見たことのないもの、理解できないものを本当に信じるというのは、そう簡単にはできないことを僕は感じていた.。アリシアは言っていた。魔法は本当に信じないと見たり、使ったりできないのだと。それなら、僕はたとえアリシアに魔法を見せてもらったとしても見ることはできないのではないだろうか。信じるとはどういうことなのだろうか。そんな疑問がいくつも浮かんでは消えていった。 


 そうして、彼女が病気を治す魔法があると言ってから、ちょうど一か月後にその時が訪れた。僕はついに魔法を目の当たりにすることになったのだ。


その日は学校の授業の終わりが遅く、仕事の終わりも遅くなってしまった。そのせいであの部屋に行った時には、部屋の中は既に夕闇に染まりつつあった。僕はいつものように誰にも気づかれずに彼女の部屋のドアを開けると、アリシアはベッドの上で体を起こし、あの魔法の本を開いていた。僕は慌てて目を伏せた。

「大丈夫よ。こっちのページを覗きこまない限りは」

彼女は弱々しく笑って僕を見た。最近彼女の体の調子は良くなくて、透けるような肌は更に透けて血の気のない人形のような白い顔をしていた。

「それに今日は、セバスチャンに魔法に立ち会ってもらおうと思っていたの」

「それはいったいどいうこと」

「今日で私の病気を治す魔法が完成するの」

アリシアは息がちょっと苦しそうだったが、それでも嬉しそうに僕に言った。

「僕が立ち会ったら、魔法が効かないんじゃない」

僕は恐る恐る彼女に訊いた。以前アリシアは魔法を信じている人の前でないと魔法は効かないのだと言っていたことがあった。そう考えると僕は立ち会う資格がなさそうな気がした。それに対してアリシアはこう答えた。

「今のセバスチャンだったら、魔法を信じている。だから是非立ち会って欲しいの。それに私一人だと、自分に魔法が効いているかどうか確認できないし。私の変化を見ていて欲しいの」

彼女はこれまでにないくらい、熱心に頼み込んできた。それはまるで生死に関わる重要事項なのだと言わんばかりだった。

「ねっ、お願い。いいでしょ」

僕の手を取って、必死に頼み込む彼女に僕はうんと言うしかなかった。もちろん、不安だったが、彼女が信じているものをこの一時だけ心底信じ切るよう、とにかく努めようと真剣に僕は思った。彼女を信じる心が魔法を信じる心にも変わると思いたかった。


 いよいよ魔法が始まった。アリシアはベッドから体を起こした状態で魔法の本を開き、右手をとあるページに置いた。彼女は静かに瞳を閉じて、何かを念じているのか、しばらくそのままの姿勢でぴくりとも動こうとしなかった。辺りには緊張が張りつめ、僕もあまり余計な動きをしないように息を詰めてじっと堪えた。そのうちアリシアは、まるで何かリズムを取るようにゆさゆさとゆっくりと体を揺さぶり始めた。そうして彼女は魔法の呪文を唱えた。


僕に聞こえないように彼女は幽かな音を発したが、その音はとても静かすぎて僕の耳までは届かなかった。次第に彼女の体が大きく揺れ出すとともに、かざした手から少しずつ光が輝き出した。その火が暖炉の火のように真っ赤にぱっと広がったとたん、アリシアの髪の毛が見えない力でぱっと広がり、魔法の本のページが風もないのにぱらぱらとめくれた。次の瞬間、アリシアの顔が生き生きと輝き出し、今まで青白くやつれた顔が嘘であったかのようにほんのりとした紅色に変わっていくのが分かった。


僕は思った。これが魔法なのかと。今まで信じきれない部分があったけど、彼女の体は今まさに生まれ変わろうとしているのかもしれない。魔法は本当に今ここにあるのかと僕が思ったその時。部屋のドアが急にバタンと開いた。

「アリシア」

つんざくような声とともに入って来たのはあのディンガム氏だった。僕が一瞬凍りつくのと同時にアリシアの今までの変化も、まるで引き潮のように引いてしまった。赤く染まった頬はあっというまに白くしぼんだ花のようにしおれてしまった。頬は魔法の始まる前よりも一段と血の気の引いた色に変わってしまい、それはまるで死人のように見えて僕は怖くなってしまった。ディンガム氏はもう一度

「アリシア」

と叫ぶと、さっとベッドに駆け寄り、彼女の手にあった魔法の本を忌々しげに投げ飛ばした。彼は僕の存在に気づくともの凄い形相で睨みつけ

「とっとと、出て行け!」

と怒鳴った。

僕は慌ててその部屋から飛び出すと、何事かといった様子で駆けつけて来たアンドリューと鉢合わせになった。彼にどうしたんだと訊かれると、僕は今までのことを簡単に説明した。するとそれを聞いたアンドリューは難しそうな表情を浮かべ、

「分かったから、今日はもう帰りなさい。しばらく声がかかるまではこちらの仕事に来なくてよいから」

と言い渡した。僕はしかたなく、うなだれながら家へと帰った。


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