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「ところで君の名前は何って言うの」
「私の名前?」
彼女はちょっとびっくりしたようだったが、すかさず答えた。
「私の名前はアリシア・ディンガム」
僕は、やはりと思った。
「じゃあ、やっぱりディンガム氏の親戚の子なの?」
彼女は、更にびっくりした表情を浮かべたあと、とたんにくくっと笑い出した。
「僕、何かおかしなこと言ったかい?」
今度は僕の方が驚いてそう訊き返した。
「ごめんなさい。そんなことないけど。あのね、私ここの子なの」
「ここ?」
「そう、ここよ」
「まさか! 君はディンガム氏の娘なの?」
「そのまさかよ」
彼女はおもしろそうに再び、くくっと笑った。僕は驚きのあまりしばらく言葉を失っていたが、次に言葉が出てきた時、彼女に弁解していた。
「僕知らなかったんだよ。ディンガム氏に娘がいるなんて。みんな誰も言わないし……」
「いいのよ。私気にしてないから。ほとんどこの部屋から私出ることないし。知らなくて当然だわ」
また笑いながら、彼女は言ったけれども、その言葉はどこか沈みがちだった。そのせいか、なぜディンガム氏は、娘がいることを隠したかったのか、その疑問を口にすることはできなかった。その一方で、僕は気がついた。自分の仕事がまだ途中であることに。
「いけない。僕、仕事の途中だったんだ。僕行かないと」
僕がそう言うと彼女は言った。
「そう、仕事の途中だったの。ごめんなさい。ねえ、もしよかったら明日も来てくださらない。一人だと本当に退屈なの」
彼女に懇願され、僕は正直困った。そもそも、この部屋に来ることはディンガム氏に止められている。しかしそんなことは彼女に言えなかった。なんとなくそれを言うと、彼女が傷つくのではないかと、そんな気がしていた。それで僕は明日も来ることを約束して仕事へと戻った。
次の日、僕は午後の自分の仕事をいつもより早く終えると、誰にも気づかれないよう二階のあの部屋へと向かった。ドアを開けるとアリシアがまた寝間着姿でベッドに横たわっていた。あまり体の調子がよくないのか、浮かない表情を浮かべていた。それでも彼女は青白く痩せた手を懸命に振って僕を手招きした。僕が近づくと彼女はか細い声で言った。
「ごめんなさい。せっかく来てくださったのに今日は調子が悪くて」
「だったら、僕はいない方がいいんじゃないかな」
「いいえ、いてちょうだい。具合が悪い時は本を読む気も起こらないから、余計時間を持てあましてしまうの」
本と言われて、改めてこの部屋を見渡してみると、部屋のぐるりはたくさんの本で囲まれていることに気がついた。
「凄いね。こんなにいっぱい本があるなんて」
僕は思わず本棚に駆け寄ってしげしげと眺めてしまった。立派な装丁がされている本がずらりと並んでいる。どれも高価そうでなかなか手に入らなそうな本ばかりだった。
「これ、どれくらい読んだの」
「ほとんど大体のものは読んだわ」
それを聞いた僕は今度は違った意味で
「凄いね」
と、呟いた。
「凄くも何ともないわ」
彼女は軽く首を振った。
「体の具合が悪くて、外に出れないから、本を読むしかできないのよ」
「でもたまには外に出た方がいいような気がするけど」
「そうね、私もそうは思うんだけど」
アリシアは力なく頷いた。
「勉強とかはどうしてるの。 学校には行かなくていいの」
「勉強は家庭教師に教えてもらってるわ。あとはやっぱり本を読んで勉強してるわ」
「ふーん。そうなんだ」
僕が熱心に本棚の本を見つめていると、アリシアが訊いてきた。
「ねえ、セバスチャンは本が好きなの」
僕があまりにも本の側から離れないので、彼女はそう悟ったらしい。
「えっ、うん。ここの屋敷の仕事も買いたい本とかあって始めたんだ」
「そう。この中にその本あったりする?」
「ええっと。あっ、これとかそれとか欲しかったりするんだ」
僕はたくさん並んでいる本の中から、今自分が欲しかった本を探し出した。
「もしよかったら、貸しましょうか」
アリシアがそう言うので僕は彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
「えっ、本当?」
「もちろんよ」
彼女はようやく軽く微笑んで頷いた。




