7 寄生虫 ノエ
2018/10/14 文章を修正しました。
イワ市、イワ児の2匹が亡くなってから多くの月日が流れたように思う。
少なくともあれからみんなの体は一回り以上大きくなったし、みんなが魚として感じているらしい臭いとかいうのも少しだがわかるようになっていた。
最近のイワ士の仕事はその臭いに他の脅威となる魚の臭いが混じっていないか、魚の影が迫って来ていないかを確認するものだった。
イワ市から頼まれた仕事であったが、そのおかげかどうかはわからないけれど兄弟達はその数を減らすこともなく存続していた。
「うん。空も地面も特に変わりなし」
イワ士達は年長者であるイワ美を先頭に、今日もエサ場にたどり着けている。
いつの頃からかイワ士は、ご飯の時に周りを警戒するのが自然と習慣になっていた。周りの兄弟達がよく見える少し離れた場所に陣取ると食事を始める。
外敵に警戒するため周りをキョロキョロとしながら食べていたイワ士は、だから、気付くのに遅れてしまった。
ドブスッ
「あいっったぁ!!!」
食べている舌に鋭い痛みが走る。慌てて吐き出そうとするも、どうやらそれは舌に突き刺さっているらしく取れる気配はない。
人間であれば鏡を見てそれがなんなのか見ることもできるだろう。そして、手でそれをつまみ出すこともできただろう。
しかし、今のイワ士は魚である。異物をつまみ出すための手も今はヒレであった。
「な、なんなんなんだ!?」
取れない。
それはどうしようもない事実であった。イワ士の中にじんわりと広がるような恐怖が湧き出て来た時、それが返事をした。
「あ、どうも。今日からここに住まわせてもらう事にしたッス。ヨロシクッス」
「ぁえ?」
イワ士は思わず変な声を出してしまった。
それはそうだろう。自分の口から自分の思ったことではない言葉が、自分の声ではない声で飛び出たのだから。
(一体、今俺はどうなってるんだ?)
そう思った時、混乱していたイワ士に追い打ちをかけるように、なんの前兆もなく目の前に見慣れないものが表示された。
…そう、『表示』されたのだ。
それは人間であった頃、ゲームでよく見る自分の状態を確認するものであった。
佐賀 輝彦
職業 イワシLV25
装備 寄生虫
海の中で異彩を放つ白い枠線。圧倒的な非現実感。それはステータスウィンドウと言われるゲームやなんかで自分の状態を確認するものだった。
そしてそこに記載されている内容。
「寄生虫?」
「あ、宿主はなかなかスルドイッスね。そうッス。自分は寄生虫ッス」
「はぁぁぁ!? おえぇぇぇ!!」
イワ士の寄生虫のイメージはなんかぐちゃぐちゃしててヌメヌメしてて気持ち悪いものだった。
よく聞くのはカマキリの中にいる針金虫とか、映画で言えばエイリアンなどであろうか。
成長すれば宿主の体内を食い破って出てくるもの。もちろん食い破られた宿主が生きているはずもない。
そんなものが口の中にいると言われて気持ちのいいものではなかった。
ついついえずいてしまうイワ士だったが、それで寄生虫が体から出て行くものでもない。相変わらず寄生虫の声はイワ士の口の中から聞こえているのだから。
「まぁまぁ、そんなに嫌がらないでくださいッス。寄生虫と言えども案外役に立つんッスから」
「うえぇ…そうなのか? 例えば?」
寄生虫にも言い分があるらしくイワ士はひとまず聞いて見ることにした。
時間とともにイワ士は落ち着いてきているが、混乱の引き金であった舌の痛みは薄らぎ今は痺れる程度になってきていた。
どのみち取ろうと思っても自分では取れそうにないため、イワ士は寄生虫の話を聞いてみようと思ったのだった。
落ち着いた声音で寄生虫のプレゼンテーションが始まった。
「まず自分は寄生虫なんで宿主が他の寄生虫に食べられるのはあまりよろしくないんッス。だから口からくる他の寄生虫は自分が排除するッス。他の寄生虫にはいい顔はしないッスよ」
「なるほどな」
それはよくわかる理論だった。イワ士の体がエサ扱いされているのは別として、他の寄生虫に宿主を横取りされるのは寄生虫としてもよろしくないだろうし、イワ士としても2匹以上にわさわさと寄生されるのは嬉しくない。
1匹でも嫌なのであるが多いよりも少ない方がいいのだから。
そもそもが今まで寄生虫に関してなんの対策もとっていなかったこと自体が異常だったのかもしれない。コンビニや外食などで済ませていた元現代日本人の独身サラリーマンとして、そういった寄生虫などに関しての知識にうとかった部分もあった。
しかし、今は消毒された水を飲んでいるわけでも、火で加工された肉を食べているわけでもないのである。生水生肉当たり前の生活である。体内に寄生虫がわんさかと生息していてもなんらおかしくなかった。
先程の寄生虫の発言から、今のところ他には寄生されていないであろう事を感じとり、イワ士はその事には少し胸をなでおろしたのだった。
「あと自分は色々なところを見てきたんで、産まれて1年くらいの宿主よりも物知りッス。肉体労働は苦手なんでそれくらいの付加価値はあるッスよ」
「自分で物知りって言い切れるのもすごいな」
「寄生虫業界もこれでなかなか厳しいんッスよ」
なんだか寄生虫が黄昏ているがそれは無視して考える。
現代日本では40才の輝彦も今は異世界の1歳程度のイワ士なのだ。この世界での知識は多い方がいい。そもそもイワ士として産まれてからすでに1年程経過していたことすら知らなかったのである。知識は多くて困ることはないだろう。
「それに動かなくてもエサが食べれるッス」
「…それはお前のいい点だろう」
「たはは。そッスね」
イワ士は睨みつけようと思ったが口の中では効果がないことに思い至り、咎めるような口調で突っ込む。しかし、軽く笑ってごまかす悪びれない寄生虫であった。
寄生虫が動かずにエサにありつける、ということはイワ士が動き回らなくてはいけない、ということでもある。
しかしまあ、自分から相手にとって不利になる事をしっかり伝えるという点は好感が持てることだった。耳触りのいいことばかりをいうのはむしろ不信感を高める。
そもそも『寄生』虫なのだから、寄生先に何かしら不利益があることは名前でわかっているのだし隠しても意味がないけれども。
イワ士はこの寄生虫をどこか憎めなかった。口調のせいかもしれないが。
「じゃあ住ませてもらうという事で。えっと、宿主の名前はなんて言うんスか?」
「ん? 名前?」
「流石にこれから一緒に生きて行く相手に『宿主』は無いと思うんで」
「ああ。うん、そうだな…」
どこか律儀な寄生虫にイワ士は、名前を伝えようと思ってふと、言葉に詰まる。
何も考えなければきっと『イワ士』と名乗っていただろう。生まれて来た時、新しい魚生を生きようと思った時に自分はイワ士であると決めていた。
それは、人間である『輝彦』ではきっと野生では生きられないと思ったからだった。
それは、生まれて来て出会った恩魚のイワ市達と生きようと思ったからだった。
だが、今は自分をイワ士だと名乗れないような気がしている。
人間としての過去の記憶が根底にあるのに気づいたから。死に対して淡白な魚との決別。そして、やはり貧弱な本能しか持たない魚生を送っている自分。
それが、ステータスに出ている気がしていた。目の前の虚空に浮かんでいるステータスの名前欄は『佐賀輝彦』。決して『イワ士』では無いのだ。
少し間を置いてから伝えた。
「俺は輝彦って言うんだ」
「テルヒコさんッスか。じゃあテルさんッスね。これからよろしくッス、テルさん」
輝彦の意気込みに対してあっけなく省略される名前であったが、それでもいいやとも思っていた。友人の少なかった人間時代でもここまで気安く名前を呼ぶ人間はいなかった。テルの方がむしろ新鮮で心地よかった。
「ああ、よろしく。それで、お前はなんて言うんだ?」
そしていざ寄生虫を呼ぼうとして名前を聞いていなかった事に気付いた。ついでとばかりに寄生虫に名前を聞く。
「ああ、自分には名前なんてないんスよ。だから、そっちが呼びやすい呼び方でいいッスよ」
「そうなのか? ううんと…」
テルは少し考える。そして、寄生虫にふさわしい名前なんてすぐに思いつくものじゃないなと気づき、苦笑して、それから地球でのことを思い出してみる。
「俺が知っているお前みたいな寄生虫は、ウオノエとかタイノエとかって呼ばれてるな」
「そうなんすか? じゃあ今はさながらテルノエって所ッスね」
「それは何か違う気がするが…」
ウオノエやタイノエは漢字で書くと、魚の餌や鯛の餌である。その法則から勝手に寄生虫が造語を作り出していた。
(そもそも◯◯ノエっていうのは◯◯が食べている餌っていう意味だからな。実際は寄生虫に食べられているんだが。ん? 待てよ…)
そこまで考えた時、テルの頭にピンと来た。
「じゃあ、前の部分は変わるからお前の名前は『ノエ』にしよう。他の魚の名前がついてもそこだけは変わらないんだから、名前っぽいだろう?」
「ノエ、ノエ…… うん、悪くないッスね。じゃあこれからはノエで行こうと思うッス。ありがとうッス、テルさん」
「ああ、よろしくな、ノエ。って言っても顔も見えないんだけどな」
これから一緒に暮らして行く仲間が増えた。
ひとまず寄生虫問題についてはひと段落ついたので、次の問題。そう、置いておいたステータスウィンドウについてを詳しく確認していく事にした。
(果たしてもう一度表示できるか… 表示!)
テルがそう念じると当たり前のように目の前にステータスが表示された。
テル
職業 イワシLV25
装備 ノエ
色々変わっていた。
今作のヒロインその1登場回です。