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イワシのテル  作者: ベスタ
3/26

3 ハッピーバースデイ

2018/09/11 文章を修正しました。

 エンマ様との会話の後、輝彦の魂は四角い箱の中に入れられて、大砲みたいなものに詰め込まれ発射された。

 あとで思うに魂の配達装置のようだ。

 大砲のどでかい発射音と暴力的なGに、体がない魂だけの存在にもかかわらず意識が揺さぶられ吐きそうになった。

 魂だけなので物理的な胃袋もないのだけれど。


 衝撃がいつの間にか収まりたどり着いたのは、まだ生まれる前の卵だった。

 流石に輝彦も簡単な保健体育は知っている。

 人間も一番最初は卵の細胞から始まり、細胞分裂で成長する事を。

 そして生まれる時の苦しみはとても辛く、厳しいものである事を。


 一部の説では赤ん坊が生まれた時に大声で泣くのは、安全な母親の胎内に比べ、外の太陽光や空気の温度が刺激として強すぎるからだと言われている。

 スケールが違うが映画館から出たら外がまぶしく感じるみたいなものである。


(あれ? この転生、ハードモードすぎじゃないか?)


 そこまで考えが至った時、輝彦は自然とそう思っていた。

 それはそうだろう。

 どの転生モノを見ても命が生まれる前に意識が宿る話はなかなかきかない。

 生まれた直後の、最大の苦しみが待っているのだ。人間ならば記憶にない、本能のみで通り過ぎた辛く苦しい、産まれる苦しみを理性を伴って感じなければならないのだから。


(転生といっても現実はこんなものか)






 流石に未熟ながらも体が生物学的に成長してきた時、輝彦はそれまで抱いていたよくある転生モノのハーレムや無双などの幻想を捨てた。

 ここは少々魔法などの夢があるだけの、輝彦が生きてきたあの現実となんら変わりはないのだということに気づいたのだ。

 人間がたくさんの細胞からできていると言うことは変わらないのだから。


(だが、記憶を持って産まれたことに大きく意味がある!)


 そう、それはロマン。

 誰しも未来の記憶を持って過去に行きたいと思ったことがあるはず。前世の記憶を持つということは、それが擬似とはいえ叶ったようなものなのだから。

 そう考えれば生まれる恐怖にも打ち勝てるように思えた。


(転生モノによくあるチートなんかはないが、この記憶持ち越しがすでにチートなんだ。エンマ様が言うにはこっちの文明はそこまで発達していないと聞いたから、今では当たり前と言える知識でうまくやっていけるさ!)


 それが輝彦の思惑である。

 それらの優れた技術を持ち込んで金をもうける。大金があればどんなにブサイクだろうが奥さんぐらいもらえるだろう。

 …奥さんがもらえたら転生前に捨てられなかったアレもきっと捨てれることだろうと思えた。






 やがて体がより大きくなってきた時、輝彦は気づいた。

 口がやけに大きく、顔の前に出るぐらいであること。首をひねることがほとんど出来ないこと。手や足が思った通りにうまく動かないこと。

 自分が男ではなく、もしかしたら女なのかもしれないこと。


 それらの思いが、今までの想定はあまりにも楽観的だった、と輝彦を打ちのめした。

 自分は甘かったのではないか。転生などとうまい話などないのではないか。エンマ様は自分になんと言ったか。普段なら記憶を引き継ぐことはいけないが、輝彦の場合は記憶の持ち越しをしてもいいと言っていたはずだ。


(もしかして、すぐに死ぬから記憶を持っていても何の価値もないと言う意味か?)


 そんなのは嫌だった。

 せっかくの記憶の持ち越しをなんにも活かせないまま死んでいくかもしれないことに不安を覚えた。

 そう、最悪死産さえありうるのだと気づいたのだ。


(嫌だ! イヤダイヤダイヤダ!!)


 輝彦は体をむずがる子供のように動かした。

 不思議と前後より左右によく動く胴体を力一杯曲げ伸ばしし、とにかく動かせるところをフルに動かして、嫌なことから逃げ出す子供のようにひたすら懸命に狭い世界で暴れた。


 バリバリッ


 そんな音が聞こえたかと思うと輝彦を包んでいた卵の膜が破れ、体が外の世界へと飛び出していった。


 その時の衝撃。

 全身の肌にナイフを突き刺すような冷たい世界。明るすぎて眼もくらむ程に眩しく、そこら中から溢れる光。その全てが体験したことないほどの痛みで構成されていた。

 おそらく今まで卵の中の守られた世界から飛び出した為、体が初めての刺激に過敏に反応したのだろう。初めて飲んだミ○がすごく甘く感じたように。サウナ上がりのプールがとても冷たいように。

 そんな衝撃の連続だったが、それを凌駕するものが目の前にある。




 ヌメッとしつつも透明感を持った鈍い銀色。全体的に最も抵抗が無くスピードが出せると言われている流線型のフォルムだが、妊婦さんのように抱え込んだ大きなお腹。ずんぐりとした黒い大きな目。

 輝彦と同じくらいの大きさの魚であった。

 その魚は口をパクパクとさせ、言葉という『音』を介さず言う。


「おめでとう、イワ士。俺はイワ市。お前の兄貴だ」


 目の前のそれは、どうやら兄弟だったようだ。

 そしてようやくエンマ様の言葉の本当の意味を知る。




『普段なら許されないが、お前のケースではできなくもないぞ』




 目の前の魚が兄弟。ならば輝彦は?

 自分の後ろまで見えてしまうほどの大きすぎる丸い目が恨めしい。

 透明感のあるウロコにカプカプ動くエラ。それはそれは目の前の魚そっくりで…


「ーーーーーーッッッ!!!!!!!!」





 輝彦はその日、声無き叫びを産声にして、魚として産まれた。

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