26 どこかの場所で
ダゴンは紫色の煙が漂う自分の部屋にいた。
このところは安定した日々が続き、平和と呼べる年月が経っていた。
最後に戦争と呼べるものが怒ったのはいつだろうか。
「………つまらん」
深くしわがれた声で呟くダゴンの耳に扉のノックの音が響いた。誰がきたかもよくはわからないが命令する。
「入れ」
「はっ! 失礼します!」
扉をあけて入ってきたのはツナ家現当主のライトであった。それを巨体を揺り動かしその姿を見たダゴンは、ますます不機嫌になる。
そもそも誰がきたかわからないのであれば暗殺者が来てもおかしくはないのだ。それが、戦争もない平和な日々が続いているのは、目の前のライトのような者がせっせとダゴンの統治をよりよく進めているからだった。それは魚人にとって良いことであってもダゴンにとっては不愉快だった。
この頃は視察をすると言いだす始末なので、厄介払いに1番遠いアーラウト海域まで行かせたぐらいなのだ。だが、そのあまりの帰りの早さに少し興味が湧いた。
「ダゴン様にとってはご機嫌うるわ「なにがあった?」」
長々と口上を垂れるライトを制しダゴンは先を促した。
ライトは自分の口上が遮られたのを気にした風もなく続けた。焦りや怒りでも示せばまだ可愛げがあるとダゴンは思う。
「はっ。アーラウト海域で支配者の交代が起こりました」
「ほほう?」
それはここ最近では最大のニュースであった。
ダゴンはもちろん知っている。アーラウト海域には2人の支配者がいるということを。そもそもアーラウト海域はダゴンの治めるマカレトロ海域から最も遠いということで支配者たちの中では最も人気が低かったのだ。だから支配者でも爪弾き者のタコスと支配者一族にしては珍しいアルビノのスイカを送り込んだのだ。
1つの海域の支配者はダゴンの支配するマカレトロ海域以外は原則1人である。それを2人送り込んだのはその2人が争えば暇つぶしにはなるかとダゴンは思ったのだ。結果は早々にスイカの魚人が一案ひねり出しタコスが退場したということだったが。
「タコス様はイワシ魚人を使い、スイカ様の1番魚人であるダイアを倒し見事支配を取り戻しました。残った魚人に抵抗する気はなくそのままスイカ様を拘束しています」
「ほう。やるようだな」
ダゴンはすごく昔に見たタコスの顔を思い出す。
ダゴンの血は薄いはずなのだが、とてもよく似た黒い肌に黒い髪。金色の瞳がダゴンの若い頃を彷彿とさせた。子供らしく落ち着きがなく、他の親類たちは鼻つまみ者として追い出したのだったはずだ。
親類たちはとにかく今の平和が素晴らしいと考える者たちばかりだった。
その親類縁者に嫌われるタコス。
それほど馬鹿者であるならば……
ダゴンの顔に笑みが浮かんだ。
「タコス様はスイカ様と違い、何を考えているのかよくわからないと言われています。不穏分子となる前に手を打ちましょうか?」
ライトの言葉にイライラを含んだ声を落とす。
「ならん。手出し無用だ」
「はっ! 差し出がましい真似をしました」
その通りであった。少なくともダゴンはタコスを泳がすことにしたのだ。先に潰されてはかなわない。ようやく楽しみらしい楽しみができたのだから。
ライトが退室して再び部屋に静寂が帰って来た。
ダゴンは1人ほくそ笑む。
このままタコスが見込み違いでも構わない。だが、タコスがダゴンの見込み通りであれば、いや、それ以上であればうまくいけば。
ダゴンを滅ぼすことができるかもしれない。
「はっはっはっはっは!!」
そう思ったダゴンは大きく笑った。
それは誰にも気づかれることなく、部屋に響いたのだった。
これでひとまずの完結となります。
続きは「マーマンの暑い日々」となっています。




