25 お手伝い
カリウム城は大騒ぎだった。
それまで行方不明となっていた。スイカとは別のもう1人の支配者であるタコスが帰ってきたのだ。
しかも、そこまでいい噂を聞いていなかったダイアを殺しての政権交代であったのだ。
ダイアのお供であった者たちも当のダイアが死んでいる上に、相手がそこらの魚ではなく支配者の一族であるタコスであれば強気には出れない。
それくらい、海の一族である魚人たちにとって支配者の一族というものは絶対であった。
なので受け入れ拒否をされるどころか、むしろ歓迎されたくらいだった。
「この度はおめでとうございます。タコス様」
彼らを引き連れてカリウム城を歩くタコスに横から声をかける者がいた。
「誰だ」
「はっ。私はダゴン様の視察で来たツナ家の当主。ライト=ツナと申します」
「ああ、大叔父貴のとこのか。大叔父貴にはこのタコスがアーラウト海域の支配者になったことを伝えてもらえるか」
「はっ。しかとお伝えいたします」
ライトの声かけにタコスはしっかりと答える。ライトとしては顔つなぎくらいで良いのだ。
その後すぐライトは退出する。これからタコスが忙しくなることを見越してあまり時間をかけないようにという配慮であった。
そのままタコスは廊下を進み、ある部屋に入る。
その部屋の主人が檻の中から声を上げた。
「ダイアか?」
「残念! 俺様だ!!」
元気なタコスの言葉に、それまで俯いていた顔がバッと跳ね上がる。そこには真っ白い体に真っ白な長い髪をした少女がその金色の瞳できつくにらんでいた。
タコスの口元が三ヶ月を描き、少女と同じ金色の瞳が獰猛に横に裂ける。
「いよーぅ。無様な姿だなー、バカスイカ。自分が作った魚人に捕らえられていいようにされている気分はどうだ?」
「お主はスカタコス! なぜお主がここに!?」
2人とも久しぶりのようで旧交を存分に温めあっているようだ。
悔しげな表情がスイカに浮かぶ。それを見てますます喜ぶタコス。
「なんでもなにも? お前の自慢の? 魚人様様が? 俺様の作った魚人に? コテンパンの? けちょんけちょんに? ぶっころさーれーた! からだ!!!」
わざわざ嫌味にいうくらいの余裕を持ってタコスはスイカに告げた。
「なんだと! でたらめを言うな! そもそもお主はだいぶ昔にエサでのこのこ壺に誘い込まれて封印されてゴミ捨て場に捨てられたはず!」
「まったく、汚いことをしてくれたぜ。まあ、お前ごときにはふさわしい小細工だったが、俺様の素晴らしさの前では全てが無意味だったようだな!」
「お、の、れー!!」
スイカが檻の中で吠えるが、ふと思い直したように余裕の笑みを浮かべる。
「ふん。どうせそこらへんの乞食が食い物だと思って封印を解いたのであろう。余りにも汚らしいお主のことじゃ。さぞうまそうに見えたことだろうて」
「あぁん? なんだとこの野郎!」
「なんじゃ? このカスが!」
収まりそうにないのでテルが横から口を出す。
「そこらへんでいいか?」
そう、テルもこの場所にきていたのだ。しかし、今まで口を出してこなかったのはそこらへんの魚人よりも支配者が前面に立った方が色々と面倒ごとを避けられると判断したからである。あとどこか抜けているタコス1人にしていると不安だから。
しかし、ライトと話しているときは特に問題なく支配者として振舞っていたのに、何故かスイカと話しているときは急に子供っぽくなってしまった。
「「よくない!!」」
意外に息がぴったりなタコスとスイカの2人を放置してタコスの手を引っ張る。そもそもタコスがスイカの部屋に来る必要はないのだ。タコスがあまりにも堂々とスイカの部屋に一直線に行くので止める暇がなかったが。
まだギャーギャーとうるさいタコスを引っ張りこのカリウム城の最大の広間、謁見の間につく。
その頃にはタコスも収まり、ふつうに歩いて謁見の間についた。
タコスは当たり前のように玉座に座る。誰もそれを止めるようなことはしない。
「さて、細かい調整。そうだな、前の支配者からの引き継ぎとか、新体制の方針とか、スイカをいじめるとかの前にやるべきことをやっておくとしよう」
タコスはテル、ティガを見る。
他の兄弟たちは城の外で待ってもらっている。流石にぞろぞろとついて行くのもへんだろうという配慮だった。
「聞くことってなんだ?」
「お前たちがこれからどうするかについてだ」
テルの質問にタコスが答える。
タコスは深く椅子に座ると手を組み膝に肘を置き、その奥から睨むようにこちらを見てきていた。
「テル、お前はこれからどうするつもりだ?」
テルとしてもすぐには答えようのないものだった。
元々ジンカした理由はダイアへの復讐が第一の理由だった。それが果たされるかどうかはわからないものであり、実際下手をしていればテルはダイアに殺されていてもおかしくはなかった。殺されればその後を考えること自体が無駄なことであり、そんな考えを持って戦って勝てる相手でもなかっただろう。
だからこれから、と言われても困るのであった。
「俺様の知っている範囲で言わせて貰えばお前がこれからの人生で生きる分にはおそらく命はなかなか狙われないだろう。なにせここ、アーラウト海域を締めるボスのダイアを殺したお前だ。誰もそんなやつに手は出さないだろう。…この海域にいる限りはな。
だからお前は他の奴らに殺される心配をしなくても良くなったわけだ」
テルのジンカした第二の理由は他のものに理不尽に命を狙われないことだった。だがそれも解消したと言われてほんとうにやることのなくなってしまったテルであった。
「俺はとりあえずやりたいことっていうのはないかな」
「ティガは?」
「俺もない」
ティガはそもそも第一に死にたくないから、第二にテルに恩を返すためにジンカしたのだ。ならばテルの手伝いも無くなった時点でティガもやることがなくなった、となる。
2人の言葉を聞いて満足そうに頷くタコスはきりだす。
「ならば2人はこれから俺様のやりたいことの手伝いをしろ」
「やりたいこと?」
タコスの唐突な宣言に訝しむテル。タコスは大きく頷くとニカっと笑った。
「あった時に言っただろ? 俺様の目標は世界征服だと」
テルは確かにタコスにあった時にそんなことを言われた。だが、そんな夢物語みたいなことを言うなんて頭が弱いやつなんだと思っていた。
「それ、本気だったのか?」
「無論本気だが。何もおかしくはないしな」
タコスが支配者の一族だというのはテルも知っている。支配者の一族しか使えないジンカという業を使っていたし、テル自体がその業を受けている。
だが、それとこれとは話は別だ。
実際アーラウト海域の支配者であったスイカは、世界征服などできていない。おそらく支配者であろうとも世界征服にはそれなりの多大な苦労があるのだ。
そもそもスイカは自分の魚人すら支配していない支配者だが。
「今まで色々手伝ってやっただろ? その恩を返すと思って、な?」
それを言われると弱いテルである。
それにそもそも魚人になったからと言って生活はどうするというのだろう。食べ物には実はあまり困らない。元々テルたちイワシはプランクトン食である。食べる量は増えたもののプランクトンを絶滅させることはない。問題があるといえばティガとフーカだが、この2人は何かを狩らねばならない肉食である。しょくじをするにも魚人の間で流通している通貨が必要だろう。
次に服である。これは主にテルが困る。元々タコスが出した服はウロコの変化したものらしく、しばらくは大丈夫だと思われる。しかし、しばらくすれば買い替えも必要であろうしそうなると通貨がやはり必要だ。
住む場所も問題だ。イワシであればそこらへんの海藻の中にでも紛れればよかったのだが、魚人となればそうもいかない。ダイア討伐時の緊急時ならダイアにバレないために野宿したが、いまはそこまで無茶をするときではない。体も大きいので海流の影響も強く受ける。寝て起きたら深海でした、とか冗談ではない。新しい家を買うのも住むのも通貨が必要だ。
まあ、つまりお金が必要なのである。
特に言われているわけでもないがテルはすでに、イワシ魚人たちの長的な扱いとなっている。ならば100人の衣食住を整えてやる責任が生まれるのだ。
金が必要なのである。
「わかった。お前の手伝いをしよう。ただ、給料はでるんだろうな?」
「それは手配しよう」
「ならいい」
「俺も手伝おう」
テルが了承するとティガも了承した。ティガはテルほどまで深くは考えていないようだが。
テルとしても大事なものを守るために金を稼ぐ、ということは経験済みだ。人間の時に大事なゲーム購入費、ゲームプレイ時間、世間体を守るためにサラリーマンをしていたのだ。
それと同じことであろう。
生まれ変わってもサラリーマンというところがなんとも悲しい現実だった。
「じゃあ、よろしく頼むぞ、テル、ティガ」
「わかった」
「おっと、これからは雇い主だ。そう思って接するように」
胸を張るタコスがなんだかおかしかった。身長の関係で子供が背伸びしているように見えるのだ。だから、苦笑しながらテルは答えた。
「はいはい、わかりましたよ。ボス」
アーラウト海域はいくつかの領主が治め、その領主を支配者が治めるという形をとっていた。いや、アーラウト海域だけではない。他の海もこのように治めていた。
まずはタコスはこの領主を支配することにした。
中には野心を持っている奴もいるだろう。しかし、今の所は表立って叛旗を翻すものはいなかった。領主たちにとっては頭が変わっただけにすぎないのだろう。こうして、細々したことを残してアーラウト海域の支配者はタコスとなったのだった。
テル
職業 イワシLV99
マーマンLV3
マーランスLV5
装備 ノエ
ひとまずイワシのテルの話は、これで一区切りとなります。
次の話はアメリカ映画の終わった後によく流れる的なやつになります。




