20 奇襲失敗
テル達は息を潜めてサンゴの丘に隠れていた。
サンゴの丘自体は膝以上の海藻が生い茂り一部木のように成長したサンゴが林のごとく乱立しているので、部隊ごとに別れて伏せていればバレる心配はなかった。
潜んでいるとカリウム城の方からザワザワと団体が近づく音が聞こえてきた。
すっと苦内がテルの横に音もなく寄ってきた。
「兄さん。敵が来ました。数は20」
「……思ったより多いな」
テルが思わずぼやく。想定では敵は10名で最初の戦闘は4対1の計算だった。それが相手が20名なら2対1となり、そこまで数の有利は効いてこない。
数の有利が使えないのであればこちらに被害が多く出るだろう。
それならば撤退も視野に入れないといけない。
「どうしますか?」
「うぅん」
時間的猶予はあまりない。
ダイアがいるということはもうすでに追い込み部隊は出たということだ。ということは獲物の群れを狩るため、そろそろここら一帯を包囲するために20名が展開するだろう。そうなると隠れているのがバレることになる。
(今回は敵が多かった)
あまり味方にも被害はない方がいいのだ。
撤退を支持しようとした時、ダイアの前の海藻が大きく揺らぎ、1匹のサメが飛び出した。
ガォゥ!
「ふん!」
大きく口を広げて襲いかかって来たサメはダイアの拳1発で大きく吹き飛んだ。
サメは頭を振り、意識をはっきりとさせながら口を開けて威嚇をしている。
「あれはイタチザメッスね。かなり獰猛で有名ッスけど魚人には敵わないはずッス。なんで襲いかかっているんッスかね?」
「そうなのか?」
たしかにイワシの魚人であるテルでは負けそうだが、ダイアは190cmから2mくらいの大きさをしており、サメを相手にも勝てそうなくらい力もありそうだ。
ティガがテルより1回り大きいとするならそのティガよりも1回り大きいのがダイアなのだ。ノエの疑問もわかるというものだ。
そこにタコスが口を出す。
「あれは妊娠していて気が立っているな」
「えっ?」
テルは自分が魚時代あまり性欲が湧かなかったから失念していた。そう言われてよく見れば腹の部分が膨らんでいることに気付く。
そして、それと同時にダイアが狩り用のごついヤリを構える。
「サメか。狩ったその場でしか食べられんモノだな。こういうのが食べられるのが狩りの醍醐味というものよ」
テルとしてはチャンスだと思った。味方を危険にさらすよりかは今のどさくさに紛れて逃げてしまえばいい。ダイアであればサメでもすぐに仕留めてしまうだろう。しかし、その処置で時間を取りそうな様子があった。
ドンッ
実際、あっけないほど素早くダイアはそのサメを仕留めてしまった。ダイアの槍はやすやすとサメの頭を貫通し腹まで引き裂いたのだった。
あたりに血の臭いが漂い、テルの心を恐怖が締め付け始める。恐怖が体を縛り動きも、声も出せなくなる。テルは後悔を始めていた。こんなに怖いものに戦いを挑むのではなかったと。勝てるわけがないと。そして、兄弟も巻き添えにしてしまったと。
体に震えが走り始めいよいよダメそうな時、それはテルの眼に映った。
血まみれのイタチザメの腹のなかから子供のサメが飛び出したのだ。他にも腹の中にいるのはわかるが動かない。おそらく、生き残った最後の子ザメなのだろう。
「ん? 生き残りがいたか」
ダイアがヤリを軽く構える。
親サメであれば体ごと突き込むのであろうが、子ザメだとそんなことをするのも面倒なのだろう。ダイアはヤリを投げようとしていた。
子ザメの方は生きようと必死に泳いでいた。強大な敵から。なぜ死んだのかもわからない母親や兄弟たちすら見捨てて。何かにすがるように。
理不尽に抗うように。
ダイアの手から槍が放たれた。
ガッ
ドッ
ダイアの槍をテルは自分の槍で弾き飛ばした。鈍い音がしてテルの足元にダイアの槍が落ちる。
気がつくとテルは小ザメを助けるために飛び出していたのだ。
とっさのことに言葉を失い睨み合うダイアとテル。少ししてテルは頬をヒクつかせながら自嘲の笑みを浮かべて言った。
「ははっ。なーにやってるんだか」
「曲者だ! ひっ捕らえろ!」
「武器隊、前へ!」
ダイアの護衛と史郎の叫びがほぼ同時だった。
史郎の声にイワシ魚人の武器隊が全員立ち上がる。その数の多さにダイアの護衛は急遽命令を変更する。
「なっなんだあの数は! 全員ダイア様の守りにつけ!」
「「「「「「わあああぁぁぁぁ!!!!!」」」」」」
ぶつかる武器隊と護衛。
偶然とはいえ親ザメのとどめを刺そうとしていたダイアは護衛から離れていた。そのため、ダイアと護衛の間に史郎率いる武器隊が間に入ることができたのはラッキーだった。
護衛と武器隊のぶつかり合う激音の最中、ダイアは落ち着いた態度で拳を鳴らし、正面のテルを見据える。
「ふん! その程度の力で俺に挑むか。どこの誰かは知らんがありがたく思え。俺が直々に殺してやる!」
その言葉にさっきまでのテルであれば怯えていたのだろう。以前のテルであれば泣いていたのであろう。人間の輝彦であれば逃げ出してもいたかもしれない。
後ろをちらりと見るテル。
そこにはよくわからない展開に震えている子ザメがいた。その姿が、イワ美と重なったのだ。
ブリと最初に相対したとき、テルとイワ美は2匹で戦いに行った。
しかし、イワ美は体が震えて満足に泳ぐことができなかったのだ。テルはその時、戦うのが自分の役目だと思った。イワシレベル99の自分が守らなければと。
結果としてはイワ美に守られたのだが、その時の姿とひどく重なってしまった。
重なってしまったらもう、ダメだった。
見捨てるなんていう選択肢はもう存在しなかった。
そして、目の前の魚人に全力で怒りを向けることができた。目の前が真っ赤に染まるほどの激しい怒りを。
「どこの誰かは知らない? それはそうだろう。俺たちはお前にとってエサにすぎなかったんだから。だがお前はこれから、そのエサに倒されるんだ!」
いうが早いかテルはダイアの立派なヤリを地面から引き抜き、ダイアに向かって真正面から体ごと体当たりする。
バンッ
ヤリは素手のダイアに軽く払われ、カウンター気味にダイアの拳がテルの顔に迫る。
その拳は避けきれない早さとこちらを粉砕する力強さを兼ね合わせていた。
バシィン!
すんでのところで止められるダイアの拳。その先にはティガの手があった。
「待たせたな。これでようやく準備が整った」
「すまん。飛び出した」
テルはティガに何も言わずに飛び出していた。元々2対1で戦う予定であったのだ。あらかじめ1対1では勝てないと踏んでいたのに、何も考えず突撃した先ほどのテルは自殺行為に等しい。
だがそれを諌めるでもなくティガは言った。
「殺したい気持ちはわかるが、その怒りは鎖に繋いで抑えておけ。いい時が来るまでな」
「わかった」
ティガの金色の目が黒くなる。獰猛な本能が顔を出しているのだ。
「1人が2人になったところで変わらん! 反抗する者は皆殺しだ!」
ダイアのその言葉は目の前の2人に向けられたものなのか、それともカリウム城にいる視察に向けられたものなのか。
その真意は分からず、戦いは激しさを増していた。




