18 チャンス
途中で視点が切り替わります
テルはずっとみんなと一緒に鍛錬をしていた。
棒を持ってそれを突いたり避けたり受けたりをして自分の思う通りの動きができるようにしていた。
なにせみんないままで魚の体だったのだ。
人間形態の動きに上手く慣れていないものが大半だった。
だから、武器を持って戦うことを推奨しているが仲間の一部には素手で殴ることの方がいいというものもいた。テルは強制することはしなかった。自分にあった戦い方が1番だ、という話をどこかで聞いたことがあったからだった。たぶん前世の漫画だろう。
ブンッ
ガッ
素手信奉者の筆頭はこの目の前のティガだった。
棒切れで受け流しながらテルは目の前の大男の攻撃をさばいていた。
ガッバキンッ
下手な受け方をするとティガは容赦なくテルの棒を叩き折る。
そのまま顔面に拳を受けて吹き飛ぶテル。
「あれって自分が入ってたらと思うとゾッとするッスよー」
そういってぶるっと震えるノエ。自分で言っている通り今は外に出て見学中だった。
テルは殴られて歪む視界でティガを睨む。ティガは平然と次の拳を準備する。
練習でもしっかりと殴る。そうじゃないと実戦できっと練習以下の力しか出ないから。
これもテルの前世で言われていたことだったように思う。
もう1つ、テルがバッチリ殴られている理由は殴られた程度で戦う意思がなくならないように殴られなれておく、というものだった。
これは実は効果があり、最初は殴られるたびに休憩を挟んでいたテルが、今では睨み返すことくらいはできるようになっていた。
そこに2人の女性がくる。
1人は245藤子。亜麻色の髪のナイスバディーの女性だが、その体を武器に情報を聞き出してくる。ちなみに色仕掛けはするものの体を許したことはないそうだ。
もう1人は971苦内。黒髪黒目の黒づくしで夜の闇に乗じての潜入が得意だ。無口で真面目だが、こうみえて甘いものが好きらしい。
ぱっと見真反対の2人だが、やっていることは同じだ。
情報収集。
その2人が同時に来たということは大事な報告があるのだろう。ティガに待ったをかける。
「用事が入った」
「わかった。俺は他の奴らと鍛えてくる」
ティガはそういうと離れていく。ノエは折れた棒を片付けた後、俺の口の中に入っていった。
テルは殴られた顔を軽く手で拭うと情報収集の2人に向かい合った。
「何かあったか?」
「はい。明日に狩りをするそうです」
藤子が答える。それは待っていた情報だった。
テルは2人に近づくと詳しく聞くことにした。
その日、久々にダイアは不機嫌であった。
ここの所機嫌が良かったのにだ。
それはついさっきまで甘く見ていたライトに言われたからだった。
「さて、そろそろお前の息のかかっていないところを見てくるとしよう」
それは突然だった。ダイアはあまりのことにとっさに言葉が出ず、なんとか絞り出した言葉は
「な、なにが」
だった。それを見たライトは鼻で笑う。
「私がその程度気づかないとでも思ったか。そもそもここの支配者は誰だ? お前か? 違うだろう」
ここでダイアは己の失策を知った。
「ここの支配者はスイカ様だ。しかし、誰もかれもがみなダイア、お前を褒め称える。生活がうまくいくのはダイアのおかげ、商売がうまくいくのはダイアのおかげ。
それは結構だが、本当はダイアを作った支配者様のおかげだ。それを幾人かがいうのではなく皆がみんなお前を褒めるのだ。おかしいと思わないわけがない」
そう、ライトは世間知らずだった。
店や商売の調子が良い理由に直接お世話になっている者の名前をあげるのは普通のことだ。現代日本ですら生活できるのは客のおかげとか取引先のおかげとかはいうが、それをまとめている天皇陛下のおかげ、というものはほとんどいないだろう。
そういう意味ではライトは世間知らずで、それ故に逆に真実に辿りついてしまった。
ダイアが偏って案内しているということに。
「そういった偏った者の案内などいらん。今度からは私1人で視察をしよう」
「う、うぬぬ……おのれ!」
ダイアの手が護身用の槍に触れた。
そもそもダイアはその力で1番魚人の地位に着いたのだ。それは自信だった。
その槍の穂先がライトに向いた瞬間。
パンッ
破裂音が響き渡りライトとダイアの間に多量の泡が生じる。
その泡が消えた後には穂先のない槍と、ダイアに突きつけられた剣の切っ先が向けられていた。
「私はツナ家の当主であるライト=ツナだ。その程度の腕前にやられるようでは当主は務まらん」
「ぐっくく!」
ダイアの口から悔しさの声が漏れる。ライトの武器は水の抵抗を受けやすい剣である。しかも水の抵抗を思いっきり受けるブロードソードと呼ばれる直剣だ。それに対して槍を突き込んだダイアがその剣筋すら見えないのだ。ダイアのプライドはズタズタだった。
それも、下に見ていたライトから下に見られたのだ。
ダイアの怒りはとてつもないものであった。
「だが腕前は悪くない。これに懲りず腕前はあげるのだな」
ライトとしては思い上がった部下を諌める良い上司のつもりであった。しかし、ダイスはこのライトの言葉で首の皮一枚繋がったことを悟った。まだ、スイカを無下に扱っていることはバレていないのだ。
それさえバレなければこの支配者への忠臣バカのライトはダイアの不祥事は黙っていてくれそうだった。
「は、はい。お見それしました」
ダイアはその場では降伏をした。
そして自分の部屋に帰ると怒りのままに暴れた。戸棚や文机などを叩き壊すと着いてきた部下に向かって叫んだ。
「ええい、腹の虫が収まらん! 狩りの準備をしろ!!!」
そしてイライラを趣味の狩りで収めようとしたのだった。
「 狩場はカリウム城の北。サンゴの丘でするそうです」
「よし」
テルはこのタイミングを待っていた。
それは以前ダイアが言っていた言葉を覚えていたからだった。
狩りは貴族の嗜み。
城に籠もっているダイアに正面から挑むのは無謀だろう。武装、人数、兵の練度。その全てで勝てる要素がない。
しかし、趣味の狩りに出かけているときはどうだろうか。
護衛は居るだろう。しかし、そんなに人数は連れて行かないだろう。
また、頑丈な武装、例えば鎧とかをして狩りをするだろうか。
趣味の狩りでそんなに重武装はしないだろう。精々泳いで槍でつくくらいだろう。あるいはそのままかぶりつくかもしれない。
10人くらいの槍を持った魚人が相手なら武装は少し劣るが人数は圧倒的にこちらが有利だ。兵の練度は、まあ、今までやれるだけはやってきた。
「このチャンス。逃がすわけにはいかない」
「「はい」」
テルの言葉に情報収集の2人が答える。
その後、タコス陣営は慌ただしく準備を始めるのだった。