13 タコス
テルは当てもなく泳いでいた。
城の中で聞いたダイアの言葉。それが真実ならばテルはダイアを許せない。
しかし、ブリにすら勝てないテルでは、決してダイアには勝てないだろう。
それは人間であった記憶が全てを物語っている
テルは人間であった頃、イワシなど歯牙にもかけていなかった。いや、戦うとかそれ以前の問題で食べ物としか認識していなかった。
勝てるわけがない。同じ土俵に立たなければ戦いにすらならないのだから。
問題はその『同じ土俵に立つ』ということだ。
テルにはもうジンカのめどが立たない。
あの少女はダイアに縛られているのだろう。きっとダイアの許可なしではジンカをしてくれそうにない。ダイアに許可を出してもらえるとも思えない。
当てもなく泳いでいるとゴミ捨て場のようなところにたどり着いた。
壊れたツボや置物などが山のように積み上げられている。
そのせいか魚人は遠巻きにして、その複雑な地形により小魚は住処として利用している。
テルもひとまず安全を確保するため、そのゴミの山に入っていった。
「テルさん。これからどうするんッスか?」
「どうにかしてジンカしたいけどな。手段が思いつかない」
「はぁ、そッスねえ」
ため息混じりに答えるテル。
ノエにもいい方法はなさそうだ。
2人して思案にくれていると、ふと声が聞こえて来た。
『…………………!!!!』
「ん? 今何か言ったか?」
「自分じゃないッスよ?」
どうもノエにも聞こえているようだ。しかし、辺りを見回しても言葉を発しそうな生き物はいない。
『…………………!!!!!!』
どうやら、近くから声は聞こえているようだ。何かにさえぎられているのか、言葉がはっきりと聞き取れないのだが。
テルは不審に思い辺りを見回すとそこには1つのツボがあった。
なんというか、大きいが口はとても細く長いツボだった。
そしてその先にはコルクで作られた栓がしてあった。
「なんだこれ?」
『…………開け…………!!!!!』
壺の中の声がほんの少しだけ聞こえた。
どうやら中の人間?は開けて欲しいようだ。
中身が化け物で開けてすぐ食べられることも少し考えたが、助けた恩人をすぐに食べるということもないだろう。テルは栓を開けてやることにした。
コルクの栓を口で挟んで引っ張る。
結構頑丈に栓がしてあるようで、なかなか抜けない。
もしくは魚だからかもしれない。魚が栓を抜けるようにはしていないだろう。
ワニなどは獲物を口で挟んだ後、自分の体を回転させて相手を噛みちぎるデスロールという動きをする。あるいは、そういう技ができれば簡単に栓が抜けたのだろうが。
栓を口にくわえて体ごと上下左右に揺らして緩めに緩めて、なんとか栓を外した。
モヤモヤモヤ
すると黒く澱んだ液体がツボから溢れ出し人間の形を作る。
…元々魚のテルが逃げ込んだ場所である。その澱みはやがて外にも漏れ出し、実体化した。
「うおっ!狭い!!」
腰から下が瓦礫に埋もれた少年が出て来た。
なんとも間抜けな姿である。
なんとか瓦礫から体を抜け出した少年は、こちらを見るとニカッと笑う。
「いやあ助かったぜ。俺様はタコスってんだ。お前の名前は?」
「俺はテルだ」
「自分はノエっていうッス」
少年は狭いところにいたからか体をほぐしながら名前を名乗った。
全体的に赤い少年だった。
赤い髪に赤い服。少し黒い肌に金色の瞳がやけに印象的だった。
そして、あのカリウム城の支配者である少女と印象が似ていた。
「なんであんな所にいたんだ?」
「ああ、それはな」
タコスが言うには元々タコスはえらい所の坊ちゃんらしい。しかしもう1人の競争相手と争って負けた結果、壺に入れられて今まで封印されていたらしい。
「それは大変だったな」
「ああ、だから出してもらって助かったぜ」
タコスはどこか憎めないやつだった。ノエもそうだ。テルの周りにはこんな奴が集まるのかもしれない。
テル自体はどうやらネガティブなので、こういう明るい奴らが近くにいるのは、テル自身ありがたかった。あまり深いネガ思考にはまらないで済むので。
「で、テルはこれからどうするんだ?」
「おれはこれからジンカの方法を探すんだ」
「…ジンカしてどうしたいんだ?」
ジンカという単語が出た途端、さっきまでの人懐っこい印象から一変。タコスは鋭い目つきをした。瞳が横に割れ、それだけで結構気持ち悪い印象を与える。
しかしまあ、ここまで来てとって食われるということもないだろう。タコスも人型をしているのでテルよりも大きいのだ。食べようと思っていたなら、今頃とっくに食べられているだろう。いきなり助けた恩人に噛み付くやつに見えないというのもあったが。
「ジンカして強くなって周りのやつに殺されたくないんだ」
「ジンカしても強い奴はいる。殺そうと思えば魚でも魚人でも変わらないと思うけど。」
「それでも一方的に食べられる状態からは抜け出せる。それに、絶対に許せない奴がいるから。そいつは倒さないといけない」
「ふぅん…」
テルの脳裏にダイアが浮かぶ。どうやらテルにはダイアを許せそうになかった。
今でも思い出すと怒りで体が震えるのだから。
「怒り、ねえ」
「悪いか?」
「いや、いいんじゃない? 何かに怒れる程に大切な何かを持てたってことだからな」
タコスの言葉は、テルにとってちょっと予想外の言葉だった。
テルも人間の時はそこそこのオタクだったと自負している。そしてアニメでは基本怒りよりも許しを謳っており、怒りを持ち込むのは悪役側の理由だったからだ。
まあ自分に関係ないことならば人は綺麗事を重要視する。実際テルもそうだった。悪役を許す正義の魔法少女などに憧れていたものである。当時既におっさんであったとはいえ…
「まあ、俺様の野望に比べれば全て小さいがな! 俺様は世界征服だ! どうだ、でっかいだろう?」
胸を張るタコスにテルは頭を抱えた。
助けた奴は悪いやつではないが頭の弱い子だった。そうおもったのだ。
「なんだその態度は。まあいい。それで、ジンカするんだったな。もうしちゃっていいのか?」
「ん?」
「ん?」
タコスの言葉の意味がわからないテル。
タコスも逆に聞かれる意味がわからないのかお互いの頭の上に?が浮かぶ。
その空気を助けたのはノエだった。ノエが遠慮がちにテルに声をかける。
「テルさんテルさん。このタコスって多分、支配者ッスよ」
少しの間、空白が支配した。
十分な時間を開けてからテルの驚きの声が上がる。
「えええええええええ!!!!!!!!」
「えらい長い溜めが入ったな?」
支配者、タコスとの出会いだった。