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イワシのテル  作者: ベスタ
12/26

12 カリウム城

前半部分は違うキャラの視点となっております。


2018/10/16 文章を修正しました。

 私の名前はライト=ツナ。

 栄えあるツナ一族の現当主をしている。

 この度は主人のダゴン様からアーラウト海域への視察として派遣された。

 ダゴン様のおられる都から最も離れたこのアーラウト海域だが、最も離れているからこそ、厳しく監視すべきだとダゴン様に進言したところ、この海域への視察を任されたのである。


「これはこれは、ライト様。ようこそお越しくださいました」


 アーラウト海域の首都カリウム城の魚人、ダイアというらしい、が出迎えに門まで来ていた。

 このダイアも私と同じく、元がマグロの魚人だ。だからかは知らないがやけに馴れ馴れしい。

 おそらくだが遠くから来た視察の私の苦労をねぎらおうとしているのだろうか。


「うむ。出迎えご苦労。城主のスイカ様の元へと案内を頼む」

「は、はい。スイカ…様、の元へですね。承知しております」


 どこか歯切れの悪いダイアに、不審に思いながらも城内を進み謁見の間へと到着する。

 そこには胸を逸らしている小さな少女がいた。


 全体的に黒い色を好む支配者であるダゴン様の一族にしては珍しく白を好まれている一風変わったお姫様である。

 白い肌に白い髪。白いヒラヒラとした服を好み、見た目の年相応にいろんなことに興味を持つ愛らしい少女であった。

 そんな少女の隣にそっとダイアが立つ。


 ………ん? いまスイカ様がしもべであるダイアを見て緊張した顔をしていたような。

 気のせいだろう。


「スイカ様。お目にかかれて光栄です。私はライト=ツナ。この度は我が主人ダゴン様の命令でこちら、アーラウト海域の視察をしに来ました」

「うむ? そうなのか? 大叔父上は元気にしておられるだろうか」

「はい。変わらずお元気です」

「それは良かったのじゃ」


 心の底からそう思っているのだろう。ニコニコと笑うスイカ様を見ているとライトも嬉しくなってくる。


 大叔父上とは、私の主人であるダゴン様を表す支配者の一族なりの敬称であった。

 実際にはダゴン様は生き神といっても過言ではないくらいとてつもなく長命である。だからこそダゴン様を本当の意味で大叔父と呼べる者はすでに全員が無くなっていた。


「おほんおほん!」

「おっとと、そうであった。視察に来たのであったな。それならば自由にこの国を「おほんおほん!!」っとと、えーっと。ダイアが詳しいのでダイアの指示に従って動いてほしい。ダイアはこの国に詳しいのでな」

「はっ。わかりました」


 スイカ様からの視察許可がおりる。

 時折主人の言葉にかぶせるような咳をするダイアを不敬だと思ったものの、おそらく風邪でも引いているのだろう。


「ではスイカ様もお疲れのご様子なので、本日はこれまでとなる。では、スイカ様。お部屋にお戻りください」

「ん? わらわはまだ疲れて「お疲れのようなので」……わ、わかっておるのじゃ。ではな」


 そのままスイカ様はそそくさとご自分の部屋に帰られる。

 それを見送りもせずダイアがこちらにくる。案内を続けようというのだろう。


「ダイア」

「は、はい。何でございましょうか?」


 私の声かけにひどくびっくりしたような顔で答えるダイア。

 私は剣術もそれなりに嗜んでいるので、ダイアの体が緊張しているのがわかる。


「先ほどひどく咳をしていたな。風邪を押して役目を全うするのは立派だが、それで主人の言葉を遮るのは不敬に当たる。今度から気をつけるべきだな」


 私の忠告にまたもやびっくりした顔を向けてから体の緊張が抜ける。私が体を思いやったので安心しているのだろう。


「は、はい。ありがとうございます」


 そして笑顔を見せてくる。

 うむ。気遣いができる上役を持って彼も幸せだろう。

 ただ、ダイアにはあまり笑って欲しくはないな。

 彼には悪いが、どうも笑顔が悪役のそれに見えてしまうから。




 ーーーーーーーーーー




 テルは長い道のりを泳いで、ようやく最も近くの支配者が住むカリウム城に到着した。

 うまくいけばここで支配者と会えて、ジンカをしてもらえるはずであった。


「そんなにうまくいくッスかねえ?」


 ノエの少し訝しげな声が聞こえてくる。テルにもその不安はわかっていた。

 どこの誰が見も知りもしない野良の魚に力を貸してくれるというのか。

 しかもジンカというすごい技っぽいことを。


 だが、コネも力もないテルができることは、ジンカをしてくれるように頼み込むことくらいである。

 本当に何もないのだから当たって砕けるまで。砕けた後は本当にどうしようもないのだ。


「ダメだとは思うけど、やってみるしか無いだろ?」

「まあそうッスね」


 ノエの気楽な声が飛んで来て気が楽になるテル。

 実際問題、ジンカが出来なければ次に何が来てとっさに死ぬのかわからないのだ。またブリかもしれない、ウツボかもしれない、今度はイルカかもしれない。

 その時までにできることといえば、ジンカをしてもらうようにお願いすることくらいなのだ。

 ダメ元でもやっておく。

 家族を殺されて沈んでいたテルは、いつしか少しだけ前向きな気持ちを持っていた。




 上から見たカリウム城は真ん中にどっしりと構えた城があり、それをぐるりと囲むように街がひしめいていた。

 城から十字に大きく道が走っており、そこには多種多様な魚と一見人間に見える魚人達がいた。商店が立ち並びそれを買う客達が作る賑わいは、人間がする営みとまったく大差ないように見えた。

 そんなにぎやかな街の外れはスラムとなっており、街の経済活動に弾かれた魚人達が各々わびしく生活をしていた。魚を超越した魚人といえども経済活動がある以上、こういった層は出てしまうものなのだろう。


 魚人というからてっきり魚の顔に人間の体を想像していたのだが、ほとんど人間と変わるところはなかった。

 髪なども生えているし腰からは二本の足がすらりと伸びている。服を着ている姿を見ても人間との大きな違いを見つけることの方が難しいくらいであった。

 指を見れば大きな水かきが付いているが、指と指の間を全て塞ぐことはなく、1関節分を覆っている程度である。

 もちろん普通の人間であれば水の中で呼吸などできないので、ここで生活している人々は全員が魚人ということになるのだが。


 テルは街に目もくれずカリウム城へと向かった。カリウム城には門があり、いかつい魚人の門番が2人たっている。

 彼らは鋭い槍や立派な鎧で身を固めており、門を通る魚人達に目を光らせていた。

 ただ門番は通っていく魚人を警戒しているにもかかわらず普通の魚達は素通りさせていたため、城の中へと入るのはまったく問題がなかった。


 テルは他の魚達と同じように、高層ビルのような門番を横目に見ながら城内に入っていく。

 城内はとても広く、迷いながらもテルは支配者の姿を探し続けた。


 カリウム城は石でできた城であり、西洋の城と言われて思い浮かぶ形をしていた。もっと砕けた言い方をすれば世界一のテーマパークにあるガラスの靴を履いたお姫様の城が想像しやすいだろうか。

 廊下の床もきっちり水平、立ち並ぶドアが壁にずらりと並んでおり、建物の構造が全て90度で作られている世界を見て、テルは久々に人工物の不自然さにめまいにも似た衝撃を受けていた。


 窓にはガラスのようなものがはめ込まれており、外の光が城の中を照らし出していた。石でできた廊下には殺風景さを消すためか棚が等間隔で設置されており、その上に置かれた花瓶が見たこともないような花を飾り立てていた。

 石の壁には誰が書いたかわからないが立派そうな絵が飾られており、赤や黒に縁取られた額縁に入れられており見事なものであった。


「支配者ってどんな姿なんだ?」

「そこまではちょっとわからないッスよ」


 そんな豪華な廊下をノエと喋りながらあてもなくのんびり泳いでいると、そばの部屋からなんだか賑やかな声が聞こえてきた。

 気になってテルがこっそりと中へ入りこむと、そこに白い姿の少女と何人かの魚人がいた。

 少女は檻に入れられており、魚人の中でも体の一際大きな魚人が真っ赤な顔で少女に文句を言っているところであった。


「勝手に変なことをしゃべるなっつっただろうが! この、バカイカが!」

「うう、す、すまなかったのじゃ。ダイアよ」

「まったく。あの視察がバカだったからどうにかなったものの。こんなバカイカに不敬もへったくれもないわ!」


 どうやらダイアと呼ばれるひときわ体の大きいこの男が周りの魚人を率いているようだ。

 うなだれている白い少女はよくわからない。

 ある程度少女を罵ると、ダイアと呼ばれた男は周りの魚人を引き連れわめきながら去っていった。


 魚人達は何だかおっかなかったので、テルは部屋に残されている少女の方に近寄っていく。


「すいません、聞こえますか?」

「ん? なんじゃ? 声が聞こえるの」


 ついつい敬語で話しかけてしまった。

 いくら中身の年齢が40才以上といえ、人間時代を合わせてもテルが女性と話した経験など、家族以外は本当に数える程度しかなかったのだから。


 少女に近ずくテル。しかし、少女はテルになかなか気付けないようだ。

 それも仕方ない。

 テルにとって少女は魚人としては小さいのだろうが、それでも巨大アパートぐらいはあるのだ。すぐには気づいてもらえないかもしれない。それどころか声も聞いてもらえないかもしれないと思っていたほどだ。

 声が聞こえたのはテルにとっては幸いだった。


「すいません。耳あたりの魚で、テルと言います」

「おお、お主か。さっきから喋っていたのは」


 少女はその華奢な手で優しくテルを掴むと、目の前まで持っていった。よく見るためだろう。

 テルは今のうちにわからないことを色々と聞いておくことにした。この城のことなど右も左も分からないのだから。


「この城には支配者様がおられると聞いて来たのですが」

「ああ、それならばわらわじゃ。なんじゃお主、ジンカして欲しいのか?」


 話しかけたら目の前の少女が既に質問の答えだった。しかもやけに話がわかるようだ。


「そ、そうなんです! お願いします!」

「うむ。それくらいならば… いや、やはりまずいな」

「できることならなんでもしますから!」

「しかし、ダイアの許可がなければなあ」


 必死のおねだりも効かないようだ。

 少女としてはジンカしても良さそうな雰囲気を出しているのだが、ダイアというものの許可が必要なようだ。ダイアは先ほどいた大きな魚人だろう。部屋に入った時、この少女がそう呼んでいたのを思い出した。

 テルは体をひるがえすと少女の手から逃れ、素早く部屋から廊下へと向かう。


「じゃあ、許可をもらって来ます!」

「あ、これ!」


 少女の制止を聞かず泳ぎだすテル。

 ジンカとやらをさせてもらうのにもっと苦労すると思っていたのだが、思いもよらずジンカをさせてもらえそうであった。この機会を逃すつもりはテルにはない。


 ダイアと呼ばれていた魚人は先ほど部屋を出たばかりであり、ちょっと泳ぐと苦労もせずその姿が見えた。

 テルはダイアと呼ばれていた大柄な魚人の前に躍り出ると懇願した。


「失礼します! どうか私にジンカの許可をいただけませんでしょうか!」

「あぁぁん?」


 ダイアと呼ばれていた魚人はとても大柄な魚人であった。門番が高層ビルであればこのダイアは大きな山とでも言えばいいのだろうか。

 いきなり目の前に躍り出たテルに訝しげな顔を見せたダイアだったが、テルをじっくりと見るとニヤリと笑った。


「ふむ。随分と無礼な魚だ。許可など出せんな」

「そ、そこをなんとか! 私でできることでしたらなんでもしますから!」

「ふむ、なんでもか」


 テルは交渉の手応えを感じていた。

 ダイアにとってみれば交渉する必要もない、とるに足らない小物の戯言である。そんな相手に交渉を考えさせることができた。人間時代を合わせても数少ない交渉の成功であると言えるだろう。

 ダイアは少しだけ考えるそぶりを見せた後、条件を提示した。


「ならばわしのおやつにでもなってもらおうか」

「なっ!?」


 言葉の意味に気づいた時にはすでに、見た目よりも俊敏なダイアの手に捕まっていた。無遠慮に体を丸ごと捕まれてテルの背骨がギシリと軋む。

 テルは潰されるような苦しみに耐えながらも、なんとか声を絞り出すことができた。


「お、同じ魚じゃないですか」

「大きい魚が小さい魚を食べるのは当たり前であろう?」


 潰される恐怖に思わず震えたテルの声を、あざ笑うかのようにダイアが素っ気なく答えた。

 交渉はやはり失敗のようだ。

 テルははっきりと悟る。どうやらこの魚とは分かり合えないのだろうと。


 ダイアの口が迫ったのでテルは素早くなんども身をよじる。テルの体からウロコがバリバリとはげてその度に痛みが走るが、はげたウロコのおかげでダイアの手と体の間に隙間ができ、テルは逃げ出すことに成功する。

 ダイアはテルが逃げ出したにもかかわらず、あせらずに自分の掌を見ている。そこははげたウロコと油とでテカテカと光っていた。


「ふむ、やはり思った通り油がしっかりとのっているようだな。おい、お前達! あの魚を捕まえてこい!」


 そんなダイアの様子など気にする暇もなくテルが一目散に逃げると、後ろから何人かの追っ手がくるのがわかった。

 どうやらダイアは周りにいた自分の部下に、テルを追うように指示を出したようだ。

 捕まれば今度こそ食べられてしまうので、必死の思いでテルは逃げ出した。


 追手から姿をくらますために、どこをどう泳いだのかわからなくなりそうだったが、ひとまず追手を引き離せたようなので白い少女の方に向かうテル。

 しかし、ジンカに対しての目処は立っていなかった。

 少女はダイアの許可を取らなければジンカをしてくれないのだから。


「まだ捕まらないのか?」


 しょんぼりと少女の部屋に向かって泳いでいるテルの進む先からダイアの声が聞こえてきた。どうやらお供を連れてこちらに歩いて来ているようだ。


(前から!? まずい!)


 逃げているつもりで城内を一周してしまったのだろう。テルは慌てて廊下の花瓶棚の影に隠れて息を潜め、通り過ぎるのを待つことにした。


 コツ、コツ……


「はい。なにぶんすばしっこく……」

「ふん、そうか。…まあいい」


 すぐ目の前を石の廊下を歩いていくダイアとそのお供達。じっと息を殺したテルには気づいていないのか会話をしながら通り過ぎていく。

 どうやら追跡の手は緩くなるようだ。歩き去っていくダイアの後ろ姿に少し安心するテル。

 しかし、その後の言葉にテルは驚くことになる。


「また、ブリにでも追わせて狩りをすればいいのだからな。あの時はイワシが大量にとれて痛快だった」

「ダイア様は狩りがお上手で」

「あの緊張感こそ貴族の嗜みというやつだ」


 がっはっは、と笑い去るダイアの声にテルは呆然とした。

 ブリによる追い込み。狩り。テルの脳裏にイワ美姉さんの最後と仲間達の残骸が脳裏に浮かびあがる。


 目の前でイワ美の骨が砕けた音。

 海水に浮かぶ兄弟の白く濁った目。

 ブリと競り合った時のウロコが剥がれた場所のヒリヒリとした痛み。

 鉄のようなツンと鼻を刺す血の臭い。

 それは強い悲しみ、深い後悔、死の恐怖をテルの胸に呼び覚ますのに十分な衝撃を与えた。

 だが今のテルには、その時には感じなかった別の感情が心を支配していた。


 激しい怒り。

 悲しみも悔しさも恐怖も塗りつぶすほどの、大きな大きな怒りだった。


「…お前だったのか」


 テルは怒りで真っ赤に歪む視界でダイアが歩き去っていった方向を見すえた。

 今までのテルは自分が生き延びるために力が欲しかった。

 それが今この瞬間に目的が変わったのだ。


 テルは力が欲しかった。ダイアを倒す力が。





 なんだかんだでカリウム城からこっそりと逃げ出すのは簡単だった。

 テルは魚人よりもサイズが極端に小さいからだ。

 壁の隙間などから城の外に逃げ出すことに成功し、ゴミ溜めのようなスラムにうまく紛れ込めた。

 しかし、


「これでまた、最初からッスね」

「そうだな」


 結局、テルはジンカを受けることはできなかった。

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