10 折れた心
2018/10/14 文章を修正しました。
テルは疲れ切って傷だらけの体に鞭打って、兄弟たちの元へと向かっていた。
兄弟たちの方は臭いでわかる。ブリはぱっと見1匹だけだったので、兄弟たちは大丈夫だろうと思った。そして、みんなと一緒に…
(……何をするって、いうんだよ。)
今回テルは偶然生き延びた。
それは本当に何か1つでも間違えていれば死んでいたに違いない状況だったのだ。
だが次はない。
次に何かあれば年長の自分が犠牲になり群れを守らなければならないのだ。だが、テルの心は完全に折れていた。
(群れのために死ぬなんて、もう俺には…)
そう考えていたテルの鼻が違和感を感じる。
兄弟達の臭いに別の臭いが混じっているのだ。それはついさっき嗅いだ臭いでもあり。
(まさか、まさかまさか)
焦りにテルの泳ぎが早くなる。それは先ほど嗅いだ臭い。血の臭いがしたのだ。
(まさかまさかまさか)
「まさか…!」
仲間の臭いが強い場所。
そこには仲間たちの死骸が漂っていた。
取れた頭。引きちぎれた内臓、骨、肉。散らばったウロコたちが嘘みたいにキラキラと美しく舞っていた。
「うわあああ!!!! あああああ!!!!!」
またもやテルは逃げ出した。恐らくだがブリはイワシの群れを仲間たちの元へと追いやる役割だったのだろう。それにまんまと引っかかったイワシたちはブリの群れに襲われたのだろう。
実際、イルカなどは超音波のようなものを脳から射出して、餌である小魚を追い込み狩りをするものもいるという。まず、大群で待ち構え、一部の仲間がそこに小魚を追い込むのだ。
それによって殆ど口を開いて泳いでいるだけで餌が食べられる狩場が作られる。
まだ一部、生きている仲間の臭いがしたにもかかわらずテルは逃げた。
もう群れの年長とかどうでもよかった。ただ生きていたかった。
テルはこの時、年長である責任をなげだしたのだった。
泳いで泳いでまた泳いで。どれくらい泳いだだろうか?
ヘトヘトに疲れ切っていたテルは少し休んだ。きっと眠れないだろうと思っていたが、体は予想以上に疲れていたようで、気絶するように意識は途切れた。
起きた時、猛烈にお腹が空いていた。臭いを嗅いで近場でご飯を済ませた。
そしてお腹いっぱいになった時、我に返って思いっきり泣き喚いた。
涙は海水と混じっていて出なかったように思うけれど、きっと泣いていたと思う。
ようやく一息ついて、テルは改めてステータスを見た。
テル
職業 イワシLV99
装備 ノエ
(何がレベル99だ。なにも、守れないじゃないか)
ゲームではそれ以上ない上限の値。
実際レベルは99になってからそれ以上数字は動くことはなかった。上限に達していると見て間違いないのだろう。
だが、所詮イワシの最高レベルであるというだけのこと。
同じイワシ同士であれば、テルはきっと強いのだろう。
だが、どんなに努力しても鍛えてもテルはイワシであり、イワシは逆立ちしたって自分より大きな魚には敵わないのである。
現実は、ゲームではないのだから。
結局テルは兄弟、姉妹。果ては自分自身すらも。なにも守れなかったのだ。
脱力しすぎて海底をぼんやりとながめて黄昏ていたが、ふとノエに声をかけた。
「なぁ、ノエ」
「なんスか?」
「…強くないと何にも守れないなぁ」
「そうッスね」
「強くなるために色々やったんだけどさ。全然足りないんだよ。どうやったら強くなれるのかな?」
「イワシとしては十分強いと思うッスけどね?」
「でもこれじゃあ、全然足りないんだよ」
テルは上を見上げる。
遠くに魚影が見えて知らず知らずのうちにブリではないかと怯えてしまう。
ゆらゆらと揺らめく空は、海底に隠れているテルにはあまりにも遠く感じた。
「強く、なりたいなぁ」
テルが呟いた時、ノエが答えた。
「ならもう、ジンカしかないッスね」
「そうかぁ…」
しばらく宙を見ていたテル。
力の差に打ちのめされていたテルはしばらく生気のない目を宙に向けていたが、その目に活力が徐々に戻ってくる。
そして、溢れてくる感情のままについつい大声でノエに対して叫んでいた。
「今なんて言った!!?」
「ジンカッスよ、ジンカ。イワシで限界を感じたならイワシ以外になればいいんッス」
ノエの言っていることがいまいちわからないテルであったが、今はどうでもいいことだった。
今のテルはそれくらい力を欲していた。
守りたいものを守る力を。信じたものを貫く強さを。
襲いかかる死に抗う力を。