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if白雪姫~林檎はただの林檎に過ぎない~

作者: 玉響なつめ

 昔々、そしてそれはどこかもしれない遠い遠い国の物語。


 平和な国の、王様と王妃様が幸せに暮らし、そして子供が生まれた。

 国中は喜びに溢れ、生まれたばかりの王女を称える歌まで流れるほどだった。


 生まれた王女さまは艶やかな黒髪に、雪のような白い肌、そして果実のようにふるりとした赤い唇を持っていた。

 だからあだ名は『白雪姫』。愛らしい姿は生まれた時から健やかに、成長するにつれて輝くようにその美しさを増していくばかり。

 王様も王妃様も我が子が可愛くてたまりません。


 ところがそんな幸せなある日のことでした。

 元より体の強くなかった王妃様は、国中を襲った流行病によって命を散らしてしまいました。王様も白雪姫も、どれほど悲しんだことでしょう。平和で穏やかな国ではそうして親しい人を亡くしてしまった多くの悲しみで満ちてしまったのです。


 優しいお母様がいらっしゃらなくなった白雪姫は、それでも健気に王様に寄り添っておりました。数年も経つとそんな娘を不憫に思ったのでしょうか、王様は再婚を決めました。

 連れて来たのは美しいけれど、少し冷たい印象を受ける女性でした。新しいお母様とも仲良くなろうと白雪姫は一生懸命でしたが、彼女は嬉しくなさそうでした。


 それどころか白雪姫に、勉強を山ほど言いつけたり、外で遊ぶことを禁じたり、自由な時間を許してくれないのです。

 それに白雪姫が小鳥と遊ぶこともあまりいい顔をしてはくれませんでした。王様は白雪姫の好きにさせてあげたらいいのにと言ってくれたのですが、新しい王妃様は見知らぬ女の子たちを連れてきては白雪姫に交流をするよう言いつけるのです。

 白雪姫は、前の王妃様と同じであまり身体が強くありません。

 そして気も優しくて言いたいこともなかなか言えない性格でした。

 ですから王妃様が女の子たちを連れてきても気疲れするばかりでしたし、小鳥と遊ぶ方がずっと気を遣わなくて楽なのに、と思うようになったのです。


(きっと新しいお母様は私のことが嫌いなのだわ)


 そう思った白雪姫は、悲しくて悲しくてたまりませんでした。

 ですが、王妃様がすることを咎めることができる人は王様だけ。その王様も、後添いとして来てくれた王妃様には何か恩でもあるのか強く出られない様子です。

 このままでは辛い事ばかり。

 そう思った白雪姫は、自由が欲しいと以前親しくしていた庭師にこっそりと相談しました。


 すると庭師は自分の友達だという狩人を連れてきて、彼女を森に案内してくれたのです。

 そして狩人は森の奥まで彼女を連れて行くとどうやら予定した仲間がいなかったらしく、「他の仲間が来るから、ここで少し待っていて欲しい。ここからは馬で移動したいんだ」と言いました。

 それはそうです、お城からあまり遠くない森ではきっと白雪姫を探す事になればあっという間に見つかってしまうに違いありません。

 ですから白雪姫は頷きました。

 そして狩人が仲間を探しに去ってしまって一人ぼっちになると、やっぱり怖くなってしまいました。


 森の奥は薄暗く、花が咲いていても日の光が無いためかやたらと不気味に見えたのです。


 するとどうでしょう。

 怖くて目を瞑っていた白雪姫の耳に、奇妙な歌が聞こえてくるではありませんか!

 軽妙で、聞いたことが無い、陽気なその歌声に誘われるように白雪姫はふらりふらりと歩み始めました。もうすっかり狩人との約束など忘れてしまったのです。

 そして歌声に惹かれるままに奥に行くと、そこには小人が歌いながら料理をしているではありませんか!


「おやおや?! 人間の女の子だぞ!」


「おやおや?! 可愛らしい女の子だ!」


「おやおや?! 困った顔をしているぞ?」


「おやおや?! なんだか泣きそうじゃあないかな?」


 髭を生やして料理をしている小人と言うのがなんだか面白くて、森の中が怖いだとか、一人ぼっちが寂しいだとか、そんな風に泣きそうになっていたのを白雪姫はすっかり忘れて笑ってしまいました。

 彼女が笑ったことで小人たちも安心したのでしょうか。白雪姫のそばにやってきて、くるりくるりと彼女を囲むようにして踊り始めたのです。


 そうして白雪姫は、自分が王女だということを伏せて義理の母親との関係が悪く、家出してきたことを告げました。そして狩人を置いてきてしまったことを思い出して、叱られるかもしれないとさめざめと泣いたのです。

 すると、小人たちは顔を見合わせて彼女に聞こえないように相談を始めました。

 そして、自分たちは鉱山で働くノームの仲間で、行き場がないなら自分たちの家で生活したらいいと言ってくれたのです。ただし家事は手伝ってもらうよという言葉に、やったことはないけれど、と白雪姫はいちもにもなく承知しました。

 狩人は庭師と違ってがっしりした体格の男性だったので、怒られると想像したらとても怖くて戻れそうになかったのです。

 幸いにもノームたちは自分たちが狩人を探して、白雪姫を保護することを伝えておくと言ってくれたのですっかり彼女は安心しました。


 ――それから、少しだけ月日が経ちました。


 白雪姫は仕事に出るノームたちを見送って誰もいなくなったのを確認してから溜息を吐き出しました。

 ノームたちの家事に追われて一日が始まり終る。森の外に出るには道もわからない。そんな生活が辛いと思い出したのはいつでしょうか。


(私がしたかったのは、こんな生活だったのかしら?)


 それとも、お城で暮らしていた記憶こそが夢だったのでしょうか。

 つぎはぎだらけのワンピース、木でできた粗末な家具、素朴な木の実やその日獲れた獣や鳥の肉。

 勿論、ノームたちは親切でした。ただ彼らは王女様がするような贅沢な生活をしたことが無く、そんな欲求もなく、ただ日々きちんと生活が出来ている自分たちが幸せだと言い切れるのです。

 贅沢な生活を知っている白雪姫からすると、それはつまらない生活なのです。

 勿論、王妃様に管理された生活は窮屈なので今のように自由な時間があるのはありがたいことです。寝る場所もあれば食べることに困ることもありません。


 だけれど、綺麗なドレスもなければ宝飾品もなく、困った時に助けてくれる侍女もいません。

 真っ白で傷ひとつなかった指先は、今ではすっかりあかぎれが出来て痛むばかりです。

 慣れない料理に眉を顰められることもありました。

 どれもこれもやったことがなかった白雪姫を、ノームたちが責めることはありませんでしたが、それが余計に何もできないお荷物のような気がして彼女の良心を咎めるのです。


「はあい」


 珍しくノックの音がしました。

 そういえばノームたちが、時折ケット・シーという妖精の行商人が来ることがあると教えてくれていたのでそれかもしれないと彼女はドアを開けました。

 ところが開けた先には皺だらけで汚らしいローブを纏った老女がひとり。

 けれど彼女の籠には真っ赤な真っ赤な林檎が入っていて、とても美味しそうな香りをしています。


「林檎はいらんかね」

「美味しそう……」

「とても美味しい林檎だよ。城下でも評判の林檎なんだ」

「城下……」


 それは懐かしい言葉です。

 差し出された林檎は甘くて優しい香りがします。そういえば王妃様が好んで食べていたような気もします。


「おや、お嬢さんどうしたのかね?」

「ねえおばあさん、最近私、町にいっていないの。町はどんな様子ですか?」

「ああ、最近はねえ、なんでもお姫様が家出しちゃったらしくてねえ。王様も王妃様もそりゃぁご心配になられて捜索隊を出しているそうだよ。なんでも人買いが街中に現れているらしくてね、王様なんてご心労で倒れちまうんじゃあないかって専らの評判さあ」

「そんな!」

「おやおや、どうかしたのかい」


 ああ、なんということでしょう。

 自分が自由を求めて家出したばかりに王様は倒れてしまうかもしれないだなんて!

 白雪姫はおばあさんに町まで連れて行ってくれるよう泣いてお願いしました。


 すると、目の前でおばあさんがきらきらと輝いたかと思うと王妃様になったのです。


「白雪姫」

「お、王妃様?!」

「貴女は一国の王女なのです、王様が倒れたから帰る、ではいけません」


 王妃様は言いました。

 小鳥と遊ぶ、その無邪気さは良いと思う。

 だけれど母親を亡くした可哀想な女の子、という立場に甘えて王女としての責務を放棄するのは良くないと思う。

 勉強をするのはいずれ女王となる身分の為。他の貴族の子女とお茶会をするのは社交界に溶け込むため。

 庭で自由に走り回るのは、王女としてははしたない行為であること。

 また、庭師は悪い人間ではなかったけれど悪い人を見抜けない人でもあったのだということ。

 あの狩人は人買いの一味で、あの時偶然にも仲間が来るのが遅れたから白雪姫は売り飛ばされずに済んだという事。


「な、なんですって……」

「流石に他国に売り飛ばされていたら、わたくしにもどうしようもありません」


 そしてノームは、王妃様の知り合いだという事。だからここに白雪姫がいるのだと知って様子を見に来たのです。するとすっかり庶民の生活にも似た暮らしに飽き飽きしている彼女の姿があったので、老婆に身を変えて話をしてみた、ということでした。


「今から城に戻れば、きっと王様はお許しくださいます」


 王妃様は高名な魔女で、王様が後添いとして迎えたのも体の弱い白雪姫を心配し、彼女のことを守って欲しいとお願いしたからでした。

 それらのことを耳にして、ようやく白雪姫は自分が嫌われていたのではなく、自分が姫としてきちんとしていないから呆れられていたのだと気付いたのです。

 でも、それならそうと言ってくれれば良かったのに。

 そうつんと可愛らしく赤い唇を尖らせた白雪姫に、王妃様は呆れながら言いました。


「こういうことは、自分で気が付かなければならないことですよ」


 白雪姫は、城に戻れば自由がなくなると思いました。

 けれども、王様のことは勿論心配です。それに豪華な暮らしも懐かしいです。

 姫として暮らし、いずれは女王に。

 それもわかっていましたが、それは遠い遠い話だろうと思っていたから真面目に勉強するのも後でいいと思っていたのです。


 だけれどこれを逃したら、王妃様が許してくれるとは思えません。


「……戻ります。ちゃんと、王女らしくもします……」

「よろしい。王様もきっとお喜びのことでしょう。ノームたちには後でわたくしからお礼をしておきますので、安心してくださいね」


 こうして白雪姫の家出は終わりました。

 王妃様はご褒美と、真っ赤な林檎を白雪姫にくれました。


 それはそれは甘くて美味しい蜜林檎でした。



 その後、白雪姫は王妃様の教育の元立派な王女となり、隣国の王子を王侶として迎え、平和な国はますます平和で穏やかな国として栄えたのでした。


 めでたし、めでたし。

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[良い点] 王様特権、とは…?
[一言] 王様と新しい王妃様って元々どういった経緯で知り合ったのだろうか
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