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平行線の交点  作者: あじふらい
第一学年
5/21

この空間は普通じゃない

絶妙な力関係。

受かったという知らせを受けて、ノストはようやくゆるゆるとため息をついた。

「……よかったマジで」

「どうした、大丈夫か?」

キールが机に崩れ落ちたノストの頭に書類を載せようとしてアッパーを食らった。


「てめぇな、何してくれてんだこのサボリ魔。ネームに聞いたぞ?」

「げえ!?チクったんで……」

冷たい空気がノストから流れ出す。それにたじろいだキールは、一歩下がって視線を逸らしながらわざとらしく言った。


「あっれー、おっかしーなー。たしかここにあったはずなんですけどー、ちょっと外探してきまぅぐふっ」

ノストの手に握られているのは、赤い紐。長衣の時に腰に巻いていたそれを、ノストは綺麗にキールの首に巻きつかせていた。


「……なぁそれは何回行けば気がすむんだ?」

「うぐぐ……苦しいっす班長」

「朝から、計、11回……そろそろ取りに行くもんねぇよな?もしどうしてもってんなら身体強化して窓から飛び降りて取りに行かしてやらぁ」

「鬼畜……」

「鬼畜上等、仕事人間(ネーム)の矛先は多い方が分散されるだろう?」

「いやあああああ顔がマジですけど班長ゥ!?」


ノストはキールの机の上に書類を転移させると、すぐさまキールも転移を完了させる。頭から椅子に落としたが、いつものことなので怪我ひとつない。

「ったく、油断も隙もありゃしねぇ。……っくそ、どうしてこんなに報告書が白紙とか落書きばっかなんだよおかしいだろおおおお!!絵日記形式にすんじゃねぇよ!!」


ノックと同時に扉が開く。このタイミングはネームだと予想してノストは一瞥すらせずに書類を書き上げていく。

「こっちの報告ですが、最近妙なところで魔素溜まりができていると報告があちこちの組合支部から上がっています。……あとノストさん、そろそろ準備しないと間に合いませんよ」

「わかってらぁ!!こちとら入学式に出るために徹夜二回だよこんちくしょうが!!」


ノストは軍服の形態に近い制服に袖を通す。あつらえたようにも思えるが、最近は身長などを計測して出来合いのものを渡すようだ。生地の裁断や縫製も、かなり機材が充実してきたようで、幾ばくもしないうちにノストの元に制服がふた揃い届いた。


貴族はここから金糸や銀糸で縫取りを開始する。制服になぜとも思うだろうが、ある程度剣などの防御になるようにという意味合い、そして魔術的防御もいくらか含まれている。ゆえに固く縫い込まれるため、激しい運動には向かない。


魔術学院には運動はないのだろうかとノストはいらぬ心配をしていたが、実際カリキュラムには含まれていた。

他に剣帯を巻くことを推奨されているが、剣の持ち込みができるのは高位の貴族のみ。

ノストは例のごとくあの赤い紐を二重に巻いて垂らした。巻かないよりいちゃもんはつけられにくいだろう。


転移魔法で宿の部屋に出現するとチェックアウトを済ませ、カバンを持って学院に向かう。貴族は侍従の立ち入りを三人まで許可されているが、どうしても彼らは通いとなるようだ。

実質その慣習は守られているか定かではないが。


教室分けを聞いて、指定された場所で荷物を預けて大人しく端っこの方に座っていると、どんどんと人が増えてきた。しかし、同じ教室のはずである人たちはノストの座る列には誰一人として座らない。もともと、彼らが座る場所は決められているのだろう。

広々してていいかもと一人悦に入っていると、ひとつ飛んで横の座席に青い姿がストンと座った。


「同じ教室ってことは、あんたも受かってたのか」

「……フルルです。この姿に何も言わないのですか」

思いの外澄んだような声にギョッとした。前は掠れていたような感じだったのだが、何かあったのかと疑問に思いつつ、答えを口に出す。

氷人(ネオレーン)だろ。声、前と違わないか?」


氷人(ネオレーン)、耳が極端に小さく、その周囲に氷の結晶が生成されて水晶が生えたようにようになっている。体温が極端に低く、通常の人間が感じる常温だと火傷を負うほどである。

彼らが生息する地では冷気を発する獣がいくつか獲れ、そのうち氷結狼(ネフゼ)を使ったコートとブーツ、氷鹿(ネアラーガ)を使った手袋をはめて、それを着て外界へと出てくるのだ。無論、外界遮断(レフトレ)という適温に保つ魔術を使えれば、温度変化などは一切関係がなくなるため、コート類は着なくてもよくなる。


髪は大半が青白磁のような青みのかった透き通った白で、瞳は銀色。肌は血色があまり良くなく、まさに陶器のように見える。

一度見れば忘れられないほどの美貌を持ち、生きた宝石とも言われるが、滅多に外に出てくることがなく、またその場所にたどり着くのも難しい。

「慣れない暑さに体調を崩したんです」


しばらく沈黙がその場を支配する。

「……氷人(ネオレーン)を知っているとは珍しいですね」

「サフラマ出身だからな」

「……ああ、英雄のラスィピ・バーチェ・ネオレーンですか」


英雄という言葉に首をかしげる。彼女はノストが知る限り英雄というよりは()戦士と言って間違いない。極寒のバーチェ出身だが、種族の名前を戴くまでになっていたとはとんと聞かなかった。

ラスィピが夜番の日は必ず生成暴走(ウォレゴッツ)が起きると言われるほど、つくづく運のない人であり、本人もバカでありそこかしこで問題を起こす。ゆえに歩く災害とも言われている。


要するに、ノストの中ではラスィピイコールバカと位置付けられており、彼女のイメージと英雄という言葉が結びつきにくく、笑いそうになる顔面を取り繕うのに大変な苦労を要した。


「サフラマは暑いのですか?」

「昼はな。夜はかなり下がる」

「……英雄は問題ないのですか?」

外界遮断(レフトレ)できるから大丈夫だろう」

「そうですか」


彼女はふっと押し黙った。すぐにファンファーレが鳴り響いて、来賓やなんだかんだと色々始まる。

押し黙ったまま座っていると、不意に見覚えのあるプラチナブロンドが動き出した。顔はうかがい知れないが、おそらく成績ではなくて、身分で選ばれた新入生代表なのだろう。


「この良き日に……」

最初は緊張も甚だしかったが、次第に乗って行きとうとう彼は半鐘ぶん喋りきった。このくらいであればおそらくだが許容範囲ではないだろうか。

盛大な拍手を送りつつ頭の中で時間つぶしに隣に座る少女の顔がどんなものかを思い描いていると、ふと手袋をした手がノストの肩を突いた。

「もう移動のようです」

「あー……そっか」


ノストと彼女の席は近かった。それもそのはず、扉か窓から最も近い場所、要するに襲撃者があった場合、最も危険になる場所に配置されているのだ。

最も窓から狙われる確率など低いため、窓際を選ぶものも多くいる。

半円形の教室の中で一番安全な席にニルヴァルが着くと、他の人も座っていく。どうやらノストたちは特例で席を用意されたような教室に、ノストの警戒心がギリギリまで高まっていく。


大津波のように押し寄せる魔獣の大群を相手取る緊張感と異なり、どちらかと言えば人語を解する魔獣を相手にした時のように緊張している感じだ。


「……ごきげんよう」

教室に入って来たのは、暗赤色の髪をした、きつそうな顔をしている女性だ。年は30ほどだろうと予測をする。

「この教室の担当者を務めさせていただきます、エシュテ・キフ・オルブライと申します。以後はオルブライ教授とお呼びください」

沈黙は是であるとみなしたのか、先に話は進んでいく。


「座席は基本的に今現在座っていらっしゃる場所で問題ありません。座席が変更されることは警備の関係上滅多にありません」

かつかつと正面の黒い板に、白墨の線が滑るように絵を描いていく。

「現在の決まりとして、この教室は特別教室となっております。皆様はかなり良い成績を

入学試験にて残されましたので。学年内の代表は、この教室、そして他の二つの教室からそれぞれ二人ずつ選出されます。……何か質問はありますか?」

ノストはすっと手をあげる。


「ノスト・サフラマ」

「代表の選出方法は、どのようなものですか」

「……そうですね。教室の顔役のようなものですから、投票で決定すればよろしいのでは?」

「わかりました」

ノストはニコニコ笑いながら、着席した。視線が痛いが、まあこの時点では気にしなければいいと割り切って対応する。


「それでは、学校の施設の使用について。まず教室ですが、学校の鍵が開いていればいつ使っていただいても問題ありません。そして他の施設は三の鐘より十の鐘まで使用が可能です。それから闘技場など訓練系統の場所の使用は利用者の部分に必ず名前を記入してください」

彼女はそこまでを言い切ると、全体を見回した。


「それから、学内の原則について、お知らせをしておきます。まず第一に、我々は皆学内においては——教師を絶対といたします」

ノストの背筋が、ずわっと冷たい何かを突っ込まれたようにきゅっとなる。

平民の教師もいるが、この貴族の群れにそれに従えということか?

「なんだそれは!?」

「ニルヴァル・フォルフォヘイム。あなたには発言を許可しておりません。許可を得て発言をするように」

渋々手を上げて、彼は言いたいことを整理して立ち上がる。


「……横暴です。この国は身分制度において成立しており——」

「これは国王陛下のご指示です。異存があれば、直接奏上なさってはいかがですか」

「くっ……」

教室内は、未曾有の事態に陥っていた。

教員とはいえ、平民と扱いが同等になる。そんなことを起こしたのが陛下だとすれば、迂闊に貶すことすらできない。


「……なお、護衛や侍従の方については認めるとおっしゃっております。国王陛下のご指示をいただきましたのは、きちんとした理由があるのです」

その言葉に、皆が困惑の声を上げるのをやめた。静かになったところを見計らって、オルブライ教授は話し出す。


「近年、この学院より輩出される魔道士の質にいたく問題があると国防軍より指摘をいただきました。学院長が国王陛下に奏上をし、こうなることが決定したのです。他には支障なく学院生活を送るためにいくつか守るべき細かい注意事項がありますので、それは必ず念頭に置いて学内で行動していただきたく存じます」


自分より平民が前を歩いていたから、と攻撃しないこと。

身分の差を理由に不当な請求、またはものを取り上げることはしてはならない。

身分の差を理由に無意味な暴力や性交渉の強要をしないこと。

平民に決闘をむやみに押し付けないこと。


バカみたいな話だが、それを全部注意事項として言っているということは、実際に起き得たということだ。現に数人はそれを書き留めている。平民と貴族は同じ空間にいるというのは、そういうことだ。


「ですが、これはあくまで参考です。仮にあまりにも許せない事態などが発生した場合、その場でとはいきませんが厳正な審査の上で処罰を妥当とします。ただ基本的に平民だからと言って教師をないがしろにしてはならないということに尽きます。それを忘れないように」


彼女が教室から出て行くと同時に、ノストたちに視線が向けられた。

「……お前」

ふと、左に座っているフルルに、ニルヴァルが近寄って行った。何かに彼は苛立ちをぶつけなければ、おさまらないのだろう。

「いつまでそれを着ているつもりだ」

「……申し訳ありませんが、脱ぐことはできません」

「部屋の中で、余計な衣服を着用してはならないことを知らないのか!」

「余計ではありませんので」


ノストはそこに割って入る。

「申し訳ありません、全身焼け爛れているので見苦しいものをお見せすることになると言って聞かず……」

「な、なにっ……そ、そうか。そうならそうと早く言えばいいものを」

さすがに傷まみれの体は見たくないと思ったようで、皆が目を背けていく。

途端、ノストは首根っこを引っ掴まれて、教室の外に一緒に行かされた。


「なんであそこで私のむぐぐぐぐ!」

「はい静かに」

彼女の全身に外界遮断(レフトレ)をかけて、それから口をふさいだ。

「何をするのですか!」

「平民は差別はしない、が、別の種族はそうとは限らない」

「……私は私であることに誇りを持っています」


不服そうだが、ノストはさらに言葉を紡ぐ。

「ああそうだな、それが正常だが、ここは異常な空間だ。俺たちの常識は一切通用しない、異空間だ。もしダメだというなら去ることを勧める。純人種主義といえばわかるな?」

「……そうですね、フードはとらないよう尽力します」


彼女は未だ納得しかねるといった雰囲気のままそう言って、ゆるゆるとため息をついた。


平民の中では、別の人種との混血は普通だ。いや、人種でなくとも混血することさえある。

とにかく何が起こるかといえば、隔世遺伝などで起きる、夫婦のどちらとも全く違う子供が生まれることだ。

似ていないことだってままある。

そんなことが日常茶飯事で起こるので、とうとう民衆は匙を投げた。


よし、それじゃあこれが普通だと思おう、と。


そんなやりとりがあるわけもないが、その事実は徐々に民衆には受け入れられていった。


そう、民衆には(・・・・)


貴族はその昔、他国との和平により大規模な混血を行なったことがある。別の人種が支配していた国との混血。そして妾や愛人など、平民側からの流入。

そして貴族の中にも、そういう血が流れ始めると、生まれた子供の相貌に不貞を疑うものがおり、そしてそれは処分して当然と黙殺され、そのまま今に至る。


純人(オレーン)種は、魔術特性、すなわち得意な魔術とか特に親和性の高い属性を持たない種族であり、魔術に得手不得手があれば、必ず別の血が混ざっていると考えて相違ない。

それを証明しようとした国の中の研究機関は見事に潰され、そしてとうとう貴族がその事実を受け入れることはなかった。

場合によっては、血脈の捏造なんてこともあるからだ。


ここでフルルのフードが傾いた。

「ん?ノストさん……今私を素手でさわりましたよね」

「あ」

その場に沈黙が降りる。

普通氷人(ネオレーン)に他の体温が低くない人種が素手でさわれば、火傷しかねない。フルルはそれに気づいたのだ。


「……こ、このことは、内密に」

「では外界遮断(レフトレ)を教えてください。使えるんですよね?」

「……ハイ」

「では後ほど」

それからは校内の案内などを経て、ようやく入寮という運びになった。

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