入試に手抜きは欠かせない
学院での主な人物ようやく登場です。
入試において、人となりを見る面接は、数人のグループで行われる。貴族に対する態度も見るからだろう、ノストは居心地の悪いグループに配されていた。
最大限にいいものを着てきたが、同じ組に分けられているほかの四人と比べての見劣りは凄まじい。袖口や胸元のゴテゴテした飾りに金糸で縫い取られた刺繍は、あちこちに光を跳ね返して着ている人を目立たせる。
対してノストの服装は、この国で平民の正装とされている紺青のしっとりしたボタンのついた長衣、そして赤の紐を腰回りに剣帯の代替として巻き、白の内着を身につけている。
見てくれはほとんど軍服に近く、足元は硬質な革の長靴をはいている。
質は言うまでもなく保証されたものだが、目立つかといえばそうではない。ある意味では目立つその格好に、ノストはようやく自覚した。
自分はおそらく、かなり場違いな場に来てしまったのだと。
昨日のことを言えば、筆記試験では服装は見られて問題ないくらい、要するに今日ノストが着ているようなものだったのだろう。だから彼も強烈な違和感を覚えることはなかった。
人とはどこかで自分だけは例外と楽観視することがある。しかしノストはすでにこの場所に来てしまった。
ここまで来て今更後には引けないし、目的のこともある。
とんでもないところに来たのかもしれないとわざわざ魔法で色を変えた金髪を崩れない程度に後ろへかきやった。
ふと、ノストの正面の長椅子に水色の脛まであるコートのフードを目深、というよりは顔が見えないほどにすっぽり被っている人が座った。手は全て白い革で作られた手袋で覆われて、長めのブーツも履いている。露出している場所は無い。
押し黙ったままだが、そわそわしていた空気感は消え去り、場違いな者が二人いることで謎の安心感がノストの中に生まれた。むしろ、いつの間にやら興味深げに観察する側に立っていた。
水色のコートは確かどこかで、そう思った瞬間にハッと気づいて、不躾さに思い至り視線をそらす。
今までのことをなかったことにするべく彼は身だしなみのチェックを始めた。髪は下ろしている貴族もいるので問題ない。前髪が顔にかからなければ良いのだ。
服にシミはなく、仮についたとしても魔法で落とせるだけの技量はある。
それより彼(または彼女)はあの格好で合格できるのだろうか?
しばらく待っていると、一つの部屋に通された。先ほどの人物とは別室になったようだが、貴族、そしてひときわきらびやかな衣装を着ている少年がいた。手には肉刺一つなく、ノストが今装っている金茶の髪とは異なり、その色は輝くようなプラチナブロンド。少年の幼さを残すふっくりとした頰と大人を主張するような骨格がちぐはぐさを与えるが、逆にそれが美しい。
眼は暗い赤色で、その肌は日に当たっていない者特有の青さが垣間見える。
「受験番号と名前を、順に述べてください」
「受験番号07121番、ニルヴァル・オーラフ・フォルフォヘイムだ」
です、と言わないことに試験官が不快感を示すことなく次の人物へとあっさり移った。理由としては単純明快、フォルフォヘイムは王族のみが持てる姓だからだ。
王族や貴族は彼らが持てる姓があり、それを独自に名乗って良いが、平民は出身地を名前の後につけることが決まりだ。
ちなみに真ん中に入っている呼称は、国教となっているベルグフォル教の宗教的な地位の名前だ。貢献度や寄付額に応じて、地位の名前は変わってくる。
「07122番、ユナリーア・オルム・シュルトグルへインです」
丁寧な言葉と共に、紺碧の髪を綺麗にまとめた少女が膝をわずかに折って礼をした。その深緑の瞳は優しげであり、おっとりした少女という雰囲気が、全身から滲み出ている。
ただこういう人間の方が侮り難いのは、よく知っている。ネームだってそう見えるだけなのだとノストは内心思いながら、今までの試験を受ける者がやっていたように一歩進み出た。
「受験番号07123番、ノスト・サフラマと申します」
余計なことは言わずに終わればさっさと下がる。周囲の視線が厳しくなったが、少し目を伏せて黙り込むことにした。
無視というよりは、何も言えないです逆らう気はありませんというポーズの現れに見えるように、肩を内側に引き締めて、縮こまっているように見せる。
視線は程なくして消えたことから、警戒対象からは外れたのだろう。試験官の方も、ごく一般的な反応とスルーしたようだ。
「受験番号07124番、エゲル・キフ・ニョーザです」
傲慢そうな小物っぽい少年が、笑みを浮かべて一礼し、それから王族のニルヴァルに向かって礼をした。ユナリーアは冷ややかな視線で見ていたが、そのおっとりした表情は一切変わらない。
エゲルがニルヴァルに礼を取ると同時に、試験監督の一人の手がしゃっと動いた。
あれは不可と書いたのだろうとノストが推測した。手の動きから書いたことくらいは読み取れる。
この場で最大限に敬意を払うべきは、試験官だ。ニルヴァルに挨拶したければ、部屋に入る前か後ですればよかったのだ。
「受験番号07125番、シュルツ・キフ・ヘイアンです」
針金のように細く、青白く顔色の悪い少年が一礼をする。ヘイアンは確か貴族の末席にいたようなとノストが考えていたところで、着席の指示が出た。
面接はごく簡単なものであったが、唐突にノストは質問を受けた。
「07123番、私たちの身分の上下を当ててくれたまえ。質問は許可しないが、それ以外なら許可しよう」
「は、それでは皆様を不躾ながら拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「許可しよう」
三人いる中で右端が最も身分が低いのはわかる。王国で高位貴族が身につけている青絹がない。
中位と下位は、つけることはできない。
そして残りの二人だが、真ん中は地味な感じの服装をしているが、かなり質のいい長持ちする材質で作られている。反対に左端は、きらびやかだが対して布の性質は長持ちするものではない。代わりに縫製は素晴らしい。
おそらく、本当に高位の貴族は服を着回すことはしないだろうと憶測するが、最後に任せたのは勘だった。
「僭越ながら、私の所見を述べさせていただきます。最も身分が低くていらっしゃいますのは、私の方から見まして右端の方、そして中央の方がそれについで身分が高く、そして最後に左端の方。その順番ではないでしょうか」
「よろしい。それでは次の質問に移る」
答え合わせはないのかと落胆したが、気を取り直し面接に集中する。
結果はわからないが、彼としてはうまくいけたかもしれないと部屋の外に出て、安堵のため息を漏らした。
平民だし、外したっていいのだ。
そして最終日。
ノストは動きやすい格好でと言われたため、戦闘向きの短衣をまとって現れた。
他の者はなぜか昨日よりは華美でない長衣だが、金糸などで刺繍されていて動きにくいことこの上ないだろうとノストは眉根をちょっと寄せた。
「07121番、前へお越しください」
「ああ」
そこで係員の片眉が跳ね上がったが、ニルヴァルは気にせずにその場に立つ。王族だと聞かされていないからだろうか、試験監督は若干不機嫌だ。服は相変わらず豪奢できらびやかなままだ。
「それでは、得意な魔術を見せてください。ああ、射出などはしないように」
「よかろう、見せてやる」
その手のひらが上に向けられて、その手の上をじっと見つめる。体内の魔力が高まり、そして彼は一言つぶやいた。
「火球」
手のひらの上には、五オル(六十センチ)ほどの大きさをした火球が、不安定ながら揺れている。持続時間を指定していても、それよりは断然短くなりそうだ。
冷や汗を流しつつも、彼はそれをやりきって戻ってきた。火だけでなく、そこに形質変化を加えている第二深淵、魔術式のみの略式詠唱ができればかなり優秀だということか。
やはりとノストは次も観察する。
その次のユナリーアも同じようだったので、ノストは勢いよく立ち上がって、そこでふと背後の魔力の高まりを感じ取った。
「氷牢」
氷の柱が綺麗にその人物の周りに突き立った。ノストの足元まで霜が忍び寄り、薄着の短衣の裾から冷気が侵入してくる。
「……なんってまあ」
「07123番、早くしなさい」
「はい。あの、紙を一枚いただけますか?白紙で問題ないので」
「許可しよう。この紙を手渡す。異存はないな」
ノストは息をゆっくり吐き、それから紙に魔力を纏わせ、一つ目を唱えた。
特段ひとつに限れとは言われていない。同程度得意であれば、問題はないのだ。
「硬化」
くにゃりと折れ曲がっていた紙が、シワひとつなく綺麗に伸びきった。そしてノストはそれを維持したまま、もうひとつ唱えた。
「風撃」
いずれも第一深淵ではあるが、並行発動にもかかわらず、見事なまでの維持が保てている。絶妙に安定したその魔力の流れは、今第三深淵の略式詠唱を間近で見たものとは思えぬほど乱れがない。
普通は動揺なり何なりをするものだが、と審査員の一人がため息を漏らして、その名前の出身地名を見て、こめかみをちょっと抑える。
「やはり腐っても、サフラマの者か」
「それならば納得がいきますな」
「ええ。確かにあれしきで動揺はできないでしょう」
それを耳にしたノストは、ちょっとだけ鼻白んだ。審査員の感想は間違いだ——動揺はしていた。
第二深淵の略式詠唱が精一杯な彼らの中で、第三深淵の略式詠唱だ。それもほとんど危なげないものを、やってのけた。
正直言って、学院になぜこの人物が来ているのか、さっぱりわからない。討伐者組合に入らないのだろうか。
ノストが学院に来て気づいたこと。
それは思ったほど彼らの実力が高くなく、そして思っていたよりも身分の網にがんじがらめだということだけだ。
それでもノストは学院に行かなければならない。
ノストが退席すると、次々と人が呼ばれていく。あのフードの人物も床を滑るように部屋を出ていって、それきりその日は誰とも会うことはなかった。