友達なんていたことない
この話からちょっと休眠させていただきます。詳細は最後にて。
わずかばかり前のことである。
「くっ、硬い……効いてるようにはとても思えないですが……それでも!!」
その手から伸びた氷がしたたかにその顔を打つ——そのはずだった。
パキン。
そんな硬質な金属音が響いて、それが一気にピキピキと広がりやがて、鎖が崩れ落ちる。
とっさに氷の防護壁を展開したが、横薙ぎにされた腕にラスィピもろとも吹き飛ばされる。森の中を転がされ、体にいくつか枝がぐさりと刺さった。
痛みがひどい。
「ラスィピさん怪我は……!」
その銀の目に映ったのは、ぐったりとしてピクリとも動かないラスィピだった。前髪が横に分けられていた髪は顔にバッサリとかかり、その頭にできていた氷の結晶は片方折れている。
「っそ、んな……」
ぐっと、傷口から瘴気が染み込んで、内臓をえぐられるような吐き気が襲いかかってくる。
「お゛ぇっ……か、ひゃ……」
そして、もう片方の真っ黒な手がぐわりと近づいて来て。
——終わりか?
そんなバカなと叫ぶ本能は、今や痛みから引き戻された理性に引き潰されていた。
「……クハッ」
反吐がこぷりと漏れかけたが、すでに中身のない胃液だ。喉が、腹が、焼けるように熱く、そして手足はじんと冷えている。
近づいてくる手に、双眸をかっと開いた時、そこになにかが叫びながら飛び込んで来た。
聞き慣れた声で、人の姿をしているのもわかったけれど、瘴気に冒された体はなにを言っているのかさっぱりだった。
そして——彼女は血をぶちまけながら、地面に一回バウンドして、最後の視界で友が飲まれて行くのを見て、気絶した。
「……ぬーん困ったな」
熱く、そしてヌメッとした瘴気がキモい、そんなことを思いつつノストは静かにその胃壁を素手で掴んだ。
動きが止まっているのは、その体内に滑り込む直前からくだんの紐で体に縛りをかけただけだ。
「うっわ服溶けてる」
誰も見ていないし、まあいいか。
そうひとりごちて、彼は胃の中で両腕を出来るだけ広げて、胃壁に手を押し当てた。
「使うのは久しぶりだが、これならいけそうだな。——フッ!!」
その魔力に共鳴を引き起こし、自壊を促す技。
未だ名もついておらず、つけられない。
世界の理に沿って言葉という指示により魔力を操る術が魔術だとするなら、これはただ単に魔力を強引に捻じ曲げる、法則を無視した戦い方だ。
相手が止まっていてなおかつその威力を発揮できる。ノストの最も得意な魔術は、無属性の性質変化。
鉄をボロボロと崩れる脆く儚い物質へと変え、紙を鋼鉄のようにする。
性質変化はそれにとどまらず、その魔力さえ変じさせる。
ノストの魔力がこの黒い魔獣よりも強かったせいで自壊を促せたが、そうでなければ活性化させてしまう。
本来の使い方はそちらだ。
抱きつつむようにして、ノストは地面に降りたった。空っぽの骸は跡形もなく、すでにその場所にはフルルたちの血や肉が飛び散っているばかりだ。
「あ!おいフルル大丈夫か!?」
返事がない。
ノストは心がきんっと冷えきったのを自覚する。
「…………息はしてる。瘴気が入って、まずいな」
肉の中まで浸透しているとなると、だ。
ノストは手を自分の爪で引き裂いたのち、それをフルルの傷口に垂らした。その本来であれば劇物となるはずのそれは——うねうねと形を変えて、静かに傷口から滑り込んで行く。
「『従え』」
「『災いを食い潰せ』」
魔術言語は人が使用において最適化した言語であり、規格をきちんと形成しているものだが、これは異なる。
魔術言語——正確に言えば、原式魔術言語。
その威力は強い。ただ範囲が術者の技量に合わせて大きくなったり小さくなったりして、魔術における使用魔力も大きい。
外界遮断であれば、『隔絶した身を望む』というのが原式のものだ。
今回フルルにそれを使った理由は、効果範囲を規定して、たとい瘴気を消そうと思っても、肉や骨の全てに魔力が届かない、あるいは本人の魔力に遮断される恐れがある。
それを危惧してノストはそれを使っていた。
何せフルルは未だ瘴気の抗体を打ったわけではないのだ、ラスィピとは違う。
「おーい、ラスィピ起きろ。飯抜くぞ」
「ゲホッ……!?が、あぁ、ぁぐっ」
目を覚ましたのでいいというわけではないのだが、彼女の場合日常茶飯事と斬って捨てる。
「お前とっとと起きろよ。。早くしねぇと死ぬぞ、本当に」
「あぁ、んっ!!」
刺さっていた枝を無理やり引き抜いて、彼女はふうっと息を吐いた。
「外傷治癒。えっと、大丈夫か?フルるんは」
「……お前それ誰にでもあだ名つけんのやめようか」
「可愛いじゃないか!」
「あーっ!?ちょっとお前あっち行ってろ気が散るぅ!!」
ぞぶり、と傷口から血を抜き出すと、ノストの額からどっと汗が噴き出した。
「うぁー……まじしんどいしんどい死ぬ。外傷治癒よろ」
「はいはい、しょうがないな」
「だいたいお前のせいだよ!!」
完全に治癒している姿を見て、一息つきたいところだが、実際体が戦いたいと疼いている。気持ち悪いほどに理性がすり潰されそうな中でそうしないのは、魔力の欠乏と急激にあれこれカロリーを使ったための空腹とで動けないからだ。
「お前も治すか?不発だったから魔力的に問題はないが」
その言葉に、彼はわずかに首を横に振る。
「いや、いい。フルルは無傷じゃないと怒る奴がいるからいいが、俺は特に問題ない。というかそうじゃないとやばいかもしれない」
「……そういえば血があちこちに」
「そうだよ気づけよ胸に栄養いってんじゃねぇの」
「罵倒も心なしか優しいな。おかしいぞ」
そこは気づくべきところではないのだが、ふとその瞬間フルルが目を覚ました。
氷を生み出し、その槍を構えるまでがワンセットである。あいにくその場に誰もいない。
「……あれ?奴はどこですか」
「死んでいるぞ。問題はない!」
お前の手柄のようにいうなよとノストは思いつつも、今はそれでいいかと頭をガジガジと掻こうとして手が動かないことに舌打ちする。
しかしその舌打ちがどうもラスィピに聞こえたらしい。体をびくりと震わせていた。
「それはそうとノストさんは怪我を治していませんが……何か事情があるのかそれとも被虐趣味なんでしょうか?」
「俺を変態みたいに言うな」
「本当に、怪我はないんですか?瘴気は?」
ペタペタと白いひやりとした手がノストの体を弄って行く。
「やめ、いひゃ、ひっ、し、下はやめ——うわあ!?」
「……体全体的には問題はなさそうですね」
「痴女!!こいつ痴女!!」
ぬあー、と転がっているうち、ふと戦闘意欲が減っているのに気づいた。感情の発散でこうなるのか、と新たなことに気づいた気分になる。
「……私はあの時確実に自分が死んだと思っていました」
「お?おう」
「ノストさん。あなたは一体、何者ですか?」
ひくり、とノストの喉が引きつった。いや、隠す気があるようには見えないと、本人のみが気づいていないのだろう。
ノストは視線をうろうろと彷徨わせ、都合よくはぐらかそうとしたその時。
「ノストは討伐者組合に所属してて、砦では班長をやっているぞ」
爆弾が、落ちた。
「……ラスィピ?」
「ん?なんだ?」
「後で、その無駄な脂肪二つをむしってやるから覚えておけ」
「な、なにをするのだ!?私の夢と希望が詰まった……いえすみませんなんでもないです」
フルルはぽかんと口を開けていたが、徐々に顔を紅潮させて、それからノストの手をきゅっと握った。あたかもその姿は恋する乙女である。
「……あの。定期的に稽古をつけていただけますか?」
「あーああああああもういい戻れラスィピ!」
ノストは頭を抱えて、それから手をラスィピの腿に叩きつけて送り返した。送り先は執務室のど真ん中なので、そうそう彼女の部下も逃しはしないだろう。
「ノスト様」
「友達だろうが、やめろ気色悪い。お前友達が討伐者になったら態度変えるのかよ」
「友達はかつて今までいたことは一度もありませんが、理論としてはわかります」
あっけからんとした返答にノストがおかしな表情になる。
「…………おうまあいいや。とりあえずフルル、俺を腕で抱えて持ってってくれ。はっきり言って動けない」
「わかりました。荷物のように扱うことを心がけます」
「おかしくない!?」
上半身を起こしたところで、フルルが静かにノストを抱き留める。
「……あったかいです」
「ちゃんとかけ直せよ、外界遮断」
「知ってます。……だれかの生死なんて気にしたのは、初めてでした。こういうのってなんて言うべきなんでしょう」
そんな困惑したような声に、ノストは軽く笑い声を漏らした。
「そんなもん、生きてて良かったくらいで十分だよ」
「そう言うものですか。……そう、ですね。友達、ですから」
そのあとお姫様抱っこされてノストが大変気まずい思いをしつつ帰還したのは言うまでもない。
「アリリンの焼き菓子と、それから返信だ」
「わあ班長イケメン!ふわぁ、バタ・イエリエまである!」
バタ・イエリエは、バターをよく練ったクリームと甘苦いお酒を少し合わせたクリームに、干した果物を刻んで入れたものをしっとりふわふわした生地の間に挟んだものだ。店で買い込んだ時に食べたが、かなり美味しいとノストは気に入ったものだ。
他にも色々とサクサクした口当たりの生地をカラメリゼしてあるものなど、種類が豊富だった。
ミゼは目を輝かせながらそれらをぱくついている。
彼は仲がいい班で一人一つは行き渡るように買ったが、ほかの班の人から苦情が来そうである。
「代金は私出しませんよ?」
「土産がわりなんだからいいんだよ」
そう言ってダラダラと書類を処理していると、扉がガン!と押し開けられ、開きすぎて壁までぶつかった。
「ノストちょっといいか!」
コトアが常以上に鬼のような顔をして入ってきた。普通の子供ならビビって動けなくなるほどの眼力だ。
「ジジイどうした!?代替わりか!?」
「勝手に人を辞めさすなぁ!!」
スパーン、とノストの頭が力強くぶっ叩かれる。
「いってー。そいで、なんですかコトア統括長」
ノストの不満げな顔に、コトアが一枚の紙を叩きつけた。
「今回の報告は……はぁ、やっぱりか」
空気を読んだのかミゼは静かに退出して、他の班員も連れ出していく。
「やっぱりってどういうことだ?」
「今回の魔物発生事件に関しては、俺たちはできることはほとんどないと見るべきでしょう。討伐者組合の裏側が動いてるんで」
コトアの片方の眉がきゅっと引き上げられる。ノストは静かに紙を燃やす。
「俺が遭遇した人間が漏らしたんだよ。裏も口が軽いというか、もっと軽率じゃねぇ奴を雇うべきだろ」
「普通なら、あまり派手な行動はせんからな」
そう言ってコトアは静かに息を吐き出した。
「なあ、本当に大丈夫なのかな」
「問題なかろう。お前がいれば大抵のことは任せられる。お前のいるシルヴァンは、貴族子息が多いゆえ狙われるだろうが、お前がいれば大丈夫だ」
「そう、だな」
俺の目的の目処も未だ立っていないけれど、フルルのいるあの場所を離れたくはない。
大事なものができると離れがたくなる、か。
「ま、頑張るよ」
「そうしてくれ」
「班長とか、ほんと不憫ですよね、いや、本当に。使いっ走り頼んだ相手って裏の人間なんですよねえ」
「ミゼ、黙れ。お前がすべきことはなんだかわかってるな?」
「はいはい。……にしても、ほんっと……滑稽で仕方がない」
その姿は滲んでぼやけ、後に残っているのは全く特徴のない男。その口に手を突き込み、引き出したのは月の光に黒々と溶けるような鎖。
「……本当に、ね」
残り香のような微笑みが、闇に溶けた。
当方受験生で11月に入りまして、そろそろ息抜きをしている場合ではなくなりまして。
感想などあればできるだけ返したいとは思いますが、執筆と言う長い時間を取ることはできないと思われます。
合格すれば帰ってきます。連載は過去の作品もそうですが、しっかり完結させるつもりですので今後ともよろしくお願いいたします。