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平行線の交点  作者: あじふらい
第一学年
16/21

言いがかりなど笑えない

いろいろ

むりやり

何をするのかと聞かれても、あの強烈な匂いで全員が察していた。

——あれを全部流してあげたのだけど、とノストは後ろの全員に困惑の表情を向ける。


「いやいや」

お前悪くないからという視線に、ちょっと安堵して第二学院の少年たちに向き直る。


先ほどまで着ていた鎧はなく、今は肌にぴったり沿った服を着ている。

「……何その服。ダサい」

「これは戦闘用の服装だよ!!」

ノストはうっかり、といった風に口を押さえたこちら側の生徒を見た。思っていても口にしてはいけないこともある。

あれは実はテルエルの発明した、着脱式魔道鎧の内着だったりする。背負っている小さめの箱が、鎧の外装が入っている。


確かあれは中央からの依頼で作って貴族の私兵用に購入したのではなかったかと思い出して、ぴきりとノストの顔が引きつった。

——テルエル、お前技術横流しされてねぇか?


あれの使用許可を取ってあったかどうか確認すると頭の中に書き込んで、一つため息を吐いた。


「バカにしてやがるな!」

「そっちこそ謝罪あるいは礼の一つもなしか。騎士様はなすりつけまで平気な顔でしておいて、市民を責めるのが仕事とは、知らなかった」

「なんだと!?」

「や、やめてよぉみんなぁ」

レキが二つの集団の真ん中に飛び出して来る。


ノストは呆れて、転がりかけていた食料をまとめて取っておくと、倒した鳥の足を掴んで歩き始めた。

「みんな帰ろう。無駄な体力使うと後で辛い」

「あ、ああそうか」

「おい待てよ!」

待てと言われて待つものがいるわけもなく、彼らは完全に無視されてその場に置き去りにされた。レキはふっと息を吐いて、魔術を使い体を乾かす。


この温かくも寒くもない陽気で濡れたまま突っ立っていては、風邪を引くかもしれない。

多分ノストくらいの魔力量では、後半鐘しても乾くかどうかは怪しい。

——こういうところが、迂闊なんだわ。


世話好きだったイーシェーが、気にかけていたのもよくわかる。


彼女より年下だったけれど、その見た目のせいで幼く扱われていた彼女とはちょうど相性が良かったイーシェーは、彼女に安心をくれて、そしてぐずぐずに溶かされるような愛を始めて知った。


まだ子供だったノストは、しかし彼と対等で、そしてどこか擦れた、完成された未完成な人間だった。

「そうだよ」

俺が、イーシェーを殺したんだ。


そう言った彼の本心は分かりきっている。レキを絶望から生かすために、そう言って復習の対象となったのだ。

ならば、レキはそれに応えよう。

私は元気に生きている、と。


けれど、今は別の細工が先だ。


討伐者(ネスター)組合には、魔獣を討伐して人々から喝采と賞賛を受ける光の部分と、そして魔獣を増やしたりうまくコントロールして、戦争をなくす影の部分が存在する。

かたや悪を破壊し、そしてかたや悪を増やして、それぞれ補い合って生きている。


人の適度な発展には必要なことで、どこか植木の剪定に似ている。


そして今回、その手入れされた庭に無秩序に草木を植え始める輩が現れた。

この王国の貴族である。


——ノストは、きっと止めようとするから、派手めにした方がいいでしょうね。

そんなことを考えつつ、彼女はひたすらバカみたいに子供のごとく振る舞う。子供の中で、その時を待つ。






一方フルルは、落ち葉を拾い集めて天幕の中に敷き詰めた後、防水になった敷き布を引いた。

「……これでよしと」

「あ、フルルしゃん!!……うわ噛んだ」

「なんでしょう」

一人の男子生徒が、その姿に見とれつつ彼女を呼んだ。

「あ、あの、あの人が、食材の見分けをして欲しいって……自信がないと」

「ノストさんが?あの人なら大丈夫だと思ってましたけ、……って魔闘鶏(オルハンクェック)じゃないですか!!」


フルルがそれに走り寄っていくと、大きな体がでんと鎮座していた。

「ふわぁ……あ、ビジの実も、あとパパーニョの葉もありますね。ならこれを乾燥させてすりつぶして、塩と一緒に摺り込んで焼くと美味しいですよ」

「内臓は?」

「普通に血抜きはしたんですし、おおよそは美味しいと思いますよ。私心臓とか好きなんです」

「そういえばもう食えるんだっけ、焼いたものも」

「あ、はい。外界遮断(レフトレ)できますから」


その羽を大雑把にむしり取り、ノストが残った細かな羽を焼いていく。腹から内臓を破かないよう丁寧に取り出した後、ウキウキしながら解体を進めていくフルル。

顔に血を飛ばしつつ作業する彼女に、周囲の男どもはドン引きしていた。


「おいこっち飛ばすなよ」

「いいじゃないですか」

ザクザクとナイフが進むにつれて、見慣れた精肉の形になる。胸肉の部分をごっそり切り取って、串に刺すと塩とノストが用意していた香草などをよくすり込んで、鉄ぐしに刺して焼き始める。

「……りょ、料理上手なのだな」


こんな状況下でもドキドキしているようなニルヴァルには、ほとんどの人間が心底敬服する。

「……殿下ずれてないか?」

「ちょっとどころじゃないがな」

ノストははっきり言って、解体をする上では役に立てない。魔力障壁を張っていいなら別だが、その技術は難易度が高いため、あまり使われていない。


「……フルル、他の肉はよろしく頼む」

「はい——凍結(ソェルファフ)

その指先が触れた場所から肉が凍りつく。こうして独特の匂いをした薄い葉っぱで包むと、石を組んで作った竃様のものへ入れ込む。そこにもう一度葉っぱをかぶせる。


こうすることで肉の臭み取りと同時に、血の匂いにつられた獣を避けることもできるのだ。

数日の旅程ならこれでもいいのだが、さすがにしばらくとなると血液すら重要になってくる。ありとあらゆる栄養が、血液には詰まっているからいざとなればそれを煮詰めて飲み干すなんてこともいい。

あとは、手っ取り早く血を増やせるのも魅力だ。


そんなわけで肝臓は火を通して、あるいは生で食べることすらある。

ちなみに寄生虫は、魔素の渦を感知してか何かはわからないが、魔獣には近寄ることすらない。


「ありがとフルル」

「お安いご用ですよ」


ノストはそう言って立ち上がると、他の食材の乾燥などを始めた。


その晩食べた肉は塩気が効いていて、肉らしい臭みが消された非常に美味しいものだった。

ただ、ニルヴァル以下、他の高位貴族はなぜか不満げな顔をしている。

それもそうだろう、濃い味付けの肉を食べて、体もろくに動かしていない人間が美味しいと感じるわけがない。


女子は曲がりなりにも見られたくないものがあるから動いていた節もあるし、彼女たちは群れて行動するのが基本だ。そして参加を許可されているのは低位貴族しかおらず、あまり身分に差があるわけではない。

しかし男子は、低位貴族とノストが指示を受け取って動き、残りの中位〜高位貴族はただ天幕の中ではしゃぐということをしていた。


肉体労働派の味付けが必要になるわけもない。


「……もう、これ以上は必要ない」

その言葉に、他の高位貴族の男子が食器を置いた。女子はそれを訝しげに見る。

「おかしいだろ」

ノストの横にいた少年が口の中でもぞもぞと言ったその言葉は、全く彼らには届かなかった。


確実に、天幕の中に温度差があった。


そしてそれは翌日、確実なひび割れとなって現れた。


「朝食はまだなのか!?」

早くしろと言わんばかりのその怒声に、女子が眉をひそめてささやき合う。それを見て、高位貴族の少年が木に拳を叩きつけて、涙目になっていた。

なれないことはするものではない。


ふと、ノストがうなじに手を当てた。


何かを感じる。

サラサラとしたおぼろげなものだから、いつもの『予感』と比べればずっと弱く儚いものだけれど。


こういうものを胸騒ぎと言うのかもしれない。


「……魔獣を探しに行くぞ!」

そう言って飛び出していったニルヴァルを、止める術はなかった。はっきり言って、彼は恋心を暴走させて、空回りしている。そしてその空回りは、彼を殺しかねない。

「フルル、ちょっと見てくる。後、頼む」

「わかりました。この場所は死守します」


彼の姿は木の上に消えて、そしてそれを見てフルルが瞠目した。今の動きは確実に、只人のものではなかった。

——強い。

血が凍り、肌が粟立つような戦慄。


やはり彼はそういうところが迂闊で、そして無自覚にフルルをたぎらせる。

彼がここを任せていったのだ、ここは死守できる。


「私ならできる」

その唇には自然と笑みが浮かぶ。

ノストの横に並んでやる、そして何より己の存在意義を強烈に刻み込んでやる、と。




一方ノストは、木の上に立って枝から枝へと飛びうつりつつ、下にいる少年を見下ろしていた。気配がほとんどなく、そして木の軋みすら感じさせない静かな移動に引き換え、彼らは枝を踏みガサガサパキパキいいながら全く呑気に喋り合っていた。

——やる気があるのか?


ノストははっきり言って、近くまで魔獣がいることを感じ取っていたが、おそらくそれは彼自身の魔力につられたものだろう。

彼らには、荷が重いはずだ。


けれど、実際彼らにはノストの助けの前に、別の人間が付いているだろう。

彼らはニルヴァル一行が魔獣に出会う前に、魔素を固定して魔獣の動きを阻害する薬をその体めがけてうち込んだ。魔獣は痛みにぐぎゅ、という声を漏らして、ニルヴァルの前に躍り出た。


森の天辺から見下ろしていると非常によく見えるが、彼らは実際ニルヴァルを守るように動いている。

ノストは護衛任務が下手くそなので、なかなかうまくいかないものではあるが心得のみはしっかり覚えている。


このぶんだと問題ないな、そう思って背を向けた途端、非常識な言葉が聞こえてきた。

炎球(バアラフォーレ)!」

轟、とその場所が燃え上がる。そして乾燥した下生えがあっという間に燃え上がり、少年たちは火に取り囲まれる。

「嘘だろ」


唖然としていると、ニルヴァルの髪がジリジリと焦げる。はっきり言って猶予はないが、向こうの護衛も焦っているらしい。ノストは大きく舌打ちして、そこに近づくと三人ほどまとめて紐で引き上げた。

「ゲホッ、ゲホ……」

「早く逃げてください」

ノストの言葉にそそくさと従うあたり、我が身が可愛いのはよくわかる。


彼らはあっという間に見えなくなり、ノストも釣り上げを再開する。彼は感謝の言葉を述べられることもなく逃げられ、そして最終的には鎮火まで済ませるはめになった。


「……マジ勘弁」


ニルヴァルは逃げられもせずに粗相までしていた。ノストはできるだけ丁寧な笑みを心がけながら、手を差し出す。

「あ、ぁ、あ……お、お前がやったのか!!」

「は?」

「お前が、あの火を起こしたのか!!」


こいつ王族なんて置いといたらダメじゃないか?


そんな考えがよぎるほど、彼が何を言っているのかわからなかった。

いや、より正確には理解したくなかったという方が正しい。


「……それをやったところで、俺に特に意味はありません」

「だがお前はフルルに、こ、好意を寄せているだろう!!」

ノストは天を仰いだ。図星かと言っている声が聞こえた瞬間、瞑目して回れ右を始める。


護衛というならきっちり最初から最後まで馬鹿をコントロールしきってくれれば良いものを、とノストは歩き続ける。

ニルヴァルは呆れられているのがわからないのか、ひたすらノストを責め始める。


ただただ苦痛が続く中、ふと、ちりりと彼のうなじに殺気が飛んで来た。殿下のそばから離れていくと、飛んでくるようだ。先ほどの行為を見て、おおっぴらに守れないからとノストを盾にするつもりらしい。


マジ、勘弁してくれと心の中でつぶやきながら空を見上げる。


はっきり言って精神的苦痛で今なら死ねると思ったひと時であった。

ブクマが増えて戦慄しております。

手が。

手が震えて止まりませぬ。

ありがとうございます。

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