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平行線の交点  作者: あじふらい
第一学年
13/21

思惑通りに進まない

登校が始まって七日、ようやく授業が本格的に始まった。

基本的な数理学、歴史学、マナーなどの一般教養科目を始めとしたもの、そして魔術やその発展の魔紋などの授業も存在する。


基本的な数理学は現実の自然現象を学ぶことにより魔術を高める方法に、そして歴史学などは基礎教養として教えられる。この授業の中で違和感を覚えた平民の生徒は、優しい表情で脅されることになるのだろう。

そしてマナー、これは当然貴族と生活する上で必要になって来る。

フルルはかなり睨まれているから、合格をもらいにくいだろう。


歴史学には宗教学も含み、前回は聖教書の祈りを何度も復唱させられた。神などいないと思って生活しているノストには、結構精神的に来る授業であった。


——そして何より、眠たい。


「ふわぁああんぅ」

「だらしないあくびですね。手を突っ込みたくなります」

フルルがフードの奥から呆れたような声を出す。

「それ絶対後頭部まで腕貫通させようとしてるだろ。言っとくけど頑丈なのは体表だけじゃねぇからな」

「そうなんですか……残念です」

軽口だが、実際できなくはないリアルなやりとりだったりする。


「だいたい魔紋ってなんでみんな円の形に収束するんです?はっきり言って綺麗な円なんて描けませんよ普通」

「……はっきり言って最初と最後が繋がってりゃ円じゃなくてもいいんだよ」

「え!?じゃあ今私たちが円を描く練習をしてるのはなんなんです!」

「そりゃこの本の作者の勘違いだ。ただしちょっと前までの常識」


ノストはくるっと綺麗な円を描く。普通であればそこからそのまま筆記具を滑らせていくのだが、その円で一度切る。

「ほら、これで流れが切れた」

「え?」

「詠唱やなんかの魔術回路を通して魔力の変換作業を行う時は、その変質しかけの魔力とかは体内で保護されているんだよ。だから安定した変換が可能だ」


体の中にある魔力を変換する際は、一定に保たれているそれを体内か、あるいは繋がった魔力の循環が安定させてくれる。ある意味人間の脳みそのようなもので、乱れた姿勢を元に戻す。

「ただ魔紋っていうのは、ちょっと違う」

一度だけ魔力を流し、それを手動で安定させる。そしてその手動で安定させる機械は、作動中は動かせない。


「と、まあこんな風になってるわけだ。で、効率よくするにはどうするか。——これだ」

「この途切れめが、どうしたんですか?」

「魔紋用のインクには、同一魔石から削りとった粉が入ってる。これが魔術回路を作るから、ここで途切れさせると……ここで流した魔力が停滞するわけだ。そして均等に魔力が行き渡らず不発……となるわけだな。で、なんで円か、だったな」


ノストはピラピラと紙を振って笑った。


「単純に照準を合わせやすくするためだよ」

「え?……そんな理由なんですか?」

「そう。不発っていうより暴発が起きる。例えばこういう風に」

土を出現させる魔紋の中身を全て外側に書いて完成させたそれに、魔力を通す。すると、外側にドーナツ状に土が出た。それはしばらく経つと魔素が形を留められずに消えていくが、その光景はフルルの頭に残ったままだ。


「なるほど、それで円の中に収束させたほうが都合が良かったんですね」

「そういうこと。っと、先生が来たか」

ふとノストは悪寒を感じて、一方向を見る。機嫌の良さそうなユナリーア、そしてしかめ面のニルヴァル——どちらに転んでも大変面倒なことになりそうだ。


ユナリーアとしては、「平民は平民同士、我々貴族と馴れ合うことは断じてならない」というスタンスなのだから上機嫌にもなろうというものだが、実際王族というネームバリューを持ったニルヴァルがこちらに要求をしてくれば、ノストとしては断れない。

そしてその渦中のフルルは、明らかに別種族な上我関せずという泰然とした態度で、焦っている貴族の不興を買う。


「……困ったなー」


彼の今の状況は、非常に紙一重だ。いずれかの肩入れをするか、あるいはそのどちらとも距離を取るか。

一番影響が少なくなるのは後者だが、相手がこちらを呼びつけている以上避けるのは難しい。


こんなどうでもいいことに時間を割くなんて、王都やこの場所の平民はすごいと感嘆していたが、本来平民はそれほど深く関わりを持たないことを彼は認識していなかった。


授業が終わるやいなや、低位貴族がわらわらとノストの机を取り囲んだ。

「さっきのはなんだったんだ!?」

「ぜひ教えてくれ!」

すでに平民となることが決定している者が大半だったため、彼らは知識に貪欲で何より偉ぶらない。


「……え、ええと、さっきのって……」

「魔紋のことだよ。研究者を志してる訳でもないのに知ってたってことは、君、もしかして『求道者』の知り合いじゃないか!?」

求道者、テルエルのことだ。彼は妙な研究に手を出しては、あれやこれや眺めてニヤニヤしているのだ。

彼の研究はノストにも益になることが多く、彼は今のところ楽しく学んでいたりする。


「あー……テルエル、さんのことですか」

「そうそう!」

フルルは人混みを避けてサッと逃げてしまったため、ノストはその背中を恨めしげに一瞥してからにこやかな笑顔を取り繕う。

「そうですね。一応、勉強を教わってはいたので」

おお、と低位貴族の生徒は羨ましそうな声を上げた。


「さっきの説明、もう一度頼む」

「あっはい、大丈夫ですよ」


ノストは貴重な休み時間をその作業に食われて、その日の夜は暴れる元気すらなかった。加えてサフラマでは雨が降り出していたため、ノストは机におでこをグリグリと擦り付けて働きたくないという意思を示したが、ネームがそれを放置するわけもない。


ノストの襟をキュッと引っ張って頭を上げさせると、その隙間に書類の束をねじ込んだ。

「食堂の食器を、割ったそうです」

「なんでわざわざ木製にしたのに割るんだよあいつら」

ちなみにだいぶ前からそういう理由で陶製は使われていない。


「どうも彼らの中でおかずの取り合いが起きたようです」

「おかずの取り合いに食器を使うなと厳命しておこう。それでいいだろ」

「備品の修理代金申請書類と、それから状況報告書。あとは班員達の残金から天引きするための書類をよろしくお願いします」

「……うぇい」


ちなみに現在ネームは徹夜済みである。彼がこうなると大体止まらない。

「ネーム、あと少し相談が後であるんだが」

「はい?」

「ネームなら冷静に対処できそうなんだ」

ノストは今の状況を簡潔に話した。


目をそらされて優しく微笑まれた。


「おいちょっとなんか言えよ」

「……残念ながら、ノストさんは災難に愛されているんですね」

「その愛売ってやる。いくらで買う?」

「買いません」

「そこをなんとか」

「普通逆じゃないですか」


まあ、とネームが顎に指をちょっと当てて、首をひねった。

「王族は王族ですが、一応ユナリーアという方は王弟の一人娘。彼女はきっと王族の誰かしらと婚約関係にあるのでしょう。故に、あなたが付くべきはユナリーア側でしょうね。ただし見た目は王子側で、情報を流すことに徹するのが正しいと思います。フルルさんのことは諦めましょう。貴重な生贄、人身御供です。情報から推測するに暗殺者くらいは余裕で殺せるでしょう」


まあ、そういうことだ。


「それにおそらく、その王子に対してなびくことはないと思われます。それをユナリーア様に伝えて、適当に恋愛を楽しんだ後に失恋させ、ニルヴァル殿下には適当な女をあてがっておけば良いと思われます」

「失恋させ……って、本性を見せるのか?」

「はい」

「……まあそうか、それしかないか」


かなり有益な情報だ。

「ありがとうネーム」

「いいえ、それほどでもございませんが、こちらを処理していただけると助かります」

字引三冊はありそうな書類の束が、どすんっと音を立てて置かれた。

いつか書類の重みで机が壊れるのではないだろうか、とノストは戦々恐々としていた。






「……と言うわけで、ニルヴァル殿下に失恋をさせませんか?」

「あら。なかなか渋い提案をするのね?ダメよ。あれはきっと権力を傘に着てやりたい放題する性質ですもの」

ユナリーアが用意したお茶会——これは茶会に属さないタイプの茶会である——に参加させられて、ノストは静かにカップを傾けていた。

他に優秀な生徒が何人も個人で呼ばれているのだが、それはカモフラージュらしい。嗜好品である高価な茶や菓子を惜しげも無く振る舞い、それでいて何人ももてなせる財力はある意味尊敬の域に値するが。


「きっと手の中に入れてから恋は実らないと自覚するのでしょうけど。フルル・バーチェさんは、おそらくあなたでないといけないのですよ」

「は?」

「……彼女は他の人間に話しかけられても、大した返事はしません。はい、いいえ、興味がありません、知りません——なんて具合にね。ですからあなたには何かがあると思って、調査させていただいたのですけど、場所柄いい情報は特に何も。それにその目立たないお顔でしょう?凡庸な美形と言ってはなんですけど、一分目を離したらあまりの特徴のなさに忘れ去られます」


グサグサとえぐりとるようなコメントに気が遠くなるが、ノストはその通りなので反論もできずじまいだ。

「それではあなたには一体何があるのでしょうね?」

「……まずは、辺境出身同士ですし都会ずれしていないことがあったんだと思います。そして何より貴族でないこと、ですかね」

「あの教室の中では、なるほどね。その他には?」

「え、」


他には?


「……そうね、わからないわね。きっとでも、下心のなさとか、黒くなさそうだってことを感じたのでしょう」

黒い、黒く無い、なんて。


「あの砦にいる以上、人を見捨てて生きるなんて日常茶飯事でしょう。俺は特に黒くないわけじゃ無い」

「ああ、ごめんなさいね。うーん……下卑た感じがないと言ったらいいのかしら?」

「それは女に興味がないとかそういう次元で?」

「そうよ。生きることに必死で、見えているのは性別を超越した、命という何かだけ」


彼は息を呑んだ。

そうか。

「……ユナリーア様が嫌われる理由がよくわかりますよ」

「あら?私嫌われているの?にしても、あなたなかなか言うことは言うのね」

「あなたには、世界がよく見えすぎる」

二杯目の紅茶はわずかに渋みが出ていた。


「……これで公に接点ができました。またいつでもおいでなさいな?護衛と、それからメイドとともにお待ちしておりますね」

「はい。それでは失礼します」

礼を深々として、貴族としての線引きをされると、ユナリーアの表情にはわずかに硬さが出た。


「……そうね」

世界は自分にはよく見えすぎている。だからこそ、フルルとノストの脆そうで深い絆は、羨ましいほど輝いている。

婚約者である第二王子ルランは愚鈍だが、自分では何一つ決めず、問題行動も起こさない良い愚鈍だ。

けれど——ああいう優秀な平民を見ていると、どうして彼が婚約者なのだろうと心にかすめる。


そして、何よりあの言葉。


心の扉を打ち抜くような直截的な言葉に、ユナリーアの芯は揺れてぐらついていた。


狂おしいほど焦がれていた自分を見抜く言葉は、実際にやってくると本当に苦しいもので、そして何より愛おしい。

側に置くなら側近、相談役が適当だろうと彼女は舌で唇を少しだけ湿して、笑った。


「決めたわ」

あの子が、欲しい。

部下的な意味で。

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