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平行線の交点  作者: あじふらい
第一学年
12/21

面倒ごとは収まらない

「……ま、魔獣の生成暴走(ウォレゴッツ)もこいつらにかかればこんなもんか」

「コトア様。ノスト様がおっしゃるには、まだ、だと」

「まだァ?マジかよ、第一波ってとこか?……まあ、乗り切れるか。ノストには『浴びすぎるな』って伝えておけ。今目を離したらやばそうだ」

「はい」


秘書はそのまま窓枠に足をかけ、下へと飛び降りて行った。それを見送ったコトアは、静かに呟いた。

「……果たしてうちの砦にはドアの必要性があるんだろうか」


一方その頃戦場では、ノストは後ろでじりじりしたような感覚をうなじに感じつつも、指示を飛ばして動けないでいた。

信号弾代わりの火球を空に吹っ飛ばしつつ、ノストは戦局を見つめる。

「……五班の新人のところが薄いな」

「ああ、今回はそこには手は回しませんよ。何やらクソガキ集団……ごほん、失礼。かなりどうしようもない奴がいたので、一度ギリギリまで追い込んで心を折ってやろうかと思いましてねぇ」


五班班長、テルエル・グエル。腰あたりから硬質な銀色の尾が伸びている鉱石(ヌェアラ)族で、その右肩からは水晶の塊がぽこりと出ている。

彼は腹のなかが黒曜石でできていると言われるほど、非常に腹黒であり、そしてその戦い方は理知的、ゆえに狡猾。

理に叶えばなんでも用いるし、生意気だと感じれば殺さないまでもとことんまで追い詰めて、従順な兵士に仕立て上げる。


「今季の新人は、活きが良くて大変楽しみです」

「ああそりゃ幸運だったな。お前んとこは血の気の多いやつがいっぱいだし」

お前の班にだけは言われたくないという胡乱げな視線にノストが気づくことはなかった。

「……ですのであのままでよろしいです」

「そうか?まあ死にそうになったら救出しにいくし」

「バカの一人や二人が死んでも文句は言いませんが、まだその予感とやらは収まっていないのでしょう?なら気にかけずちょっと殺戮(ピクニック)に出かけま——んぐふっ」


非常にいい笑顔で言い切ったテルエルに、背後から一人の女性が駆け寄って来て、衝突した。

いい笑顔は最大限の引きつりを見せ、ノストは呆れたように眉間を抑えた。


やって来たのはラスィピだ。彼女はほとんどの氷人(ネオレーン)とは違い、顎ほどの長さの髪をしている。その身体中には魔紋がびっしりと刻まれ、すでに彼女の集落の人には見せられない状態に化している。

やあ(セ・イ)!今日は土埃がいっぱい立ってるけど、何が起きたんだい?」

「……ちょいとお待ちなさいな『歩く災害』……」


ゆらり、と立ち上がったテルエルは、怒気を笑顔に絶妙にまとわせた。

「あれ?テルるんじゃないか!」

「その妙な呼称はやめろと何度言えばお分かりで?」

「妙じゃないだろ!可愛いんだよ!!」


ドヤ顔で言い切ったラスィピに対してアッパーカットを決める。

「ぐぁ!?舌噛んだじゃんばかばか!」

「誰に向かって馬鹿と言っているのですか?そう言えば、あなたの部隊の方はすでに出撃していますけど、まさかまた任せて来たのですか?エルゾが泣きますよ」

「エルるんは部下だからいいんだよーん。あ、それで何があったんだ?」


そこにもう一人、別の人が合流する。

紫紺のツンツンと立った短髪をしている、ガタイのいい男だ。その顔つきは鋭く、ひどく威圧的だ。

名はシエスカ・グエルという。

「……ノストの予感だ」

「あらら、それマジ?……私だけ仲間はずれなんて、ひどいな」

「うるせぇ、駄肉。無駄にぷよぷよしやがって」

「んあー!?お前おっぱいを馬鹿にするなよ!?おっぱいには夢と希望と脂肪が詰まってるんだぞ!!」


シエスカは噛み付いてくるラスィピを鼻で笑った。

「何を言う。……俺はまだ熟れきっていない青い果実が好きなんだよ。お前のような売れ残りはいらん」

「がーん!?」

「お前らそろそろくだらんやりとりやめろ。ラスィピは、道に迷わんよう砦の見える範囲で戦ってこい。テルエル、そろそろまずい。戦況のために新人どものとこの前線を引っ張り上げてこい」


ノストはそう指示を飛ばす。

「はいっ!じゃあ私ちょっと行ってくるな!!」


この砦では強さこそが命令系統の尺度であり、己より強い者に服従する。

「……シエスカ。俺に指示をくれ」

「ノスト。お前は前線に行って、敵の頭を叩け」

「了解した!!」

シエスカは、ノストよりも強い。


地位を無視したいびつな命令系統は、それでもコトアという絶対者がいるゆえに成立する。

「ノスト様!!コトア様から伝令です!!」

「なんだ!?」

「『浴びすぎるな』だそうです」

「そうか」


ノストの唇は、弧を描いた。

「……そうか」

それなら、浴びすぎなければやっていいと言うことか。


「血の気配がするなぁここは……」

「あ、はんちょー!頑張ってくださいね」

パルレの言葉を聞いて、ノストはニヤニヤと笑いを返す。その様子に、パルレはふと悪寒を感じて、それから魔獣の様子と見比べて、すぐにピンと来た。

「……あ。まずい全員退却!!少なくとも俺たちの班は全員っ!!」


慌てたパルレの様子に、周囲にいたノストの班は振り返る。

「なんだパルレどうした?」

「ノストさんどうも程々に浴びる許可を出されたっぽいですよ!!」

「なにっ!?」

全員が一度にそんな馬鹿なと言う声をあげてノストを見た。彼は今にも踊り出しそうな笑みを浮かべた。


「っぜぇいん退却ッ!!」

「ノストさんが暴れるなら俺も残りたいですッ!!」

「やめろキールお前は今度こそ死にてぇのか!遠くから視力強化して見やがれボケナス!!」

「……俺がこいつより強ければ全員待機を命じたのに」

「そんな上官全力を持って叩き潰しにかかるわァ!!」


首根っこをひっ捕まえて引きずりながら、パルレはしばらく走って振り返る。

「ハァ……ハァ……これくらいかな?全員いる?」

「はいっ、います!」

「視力強化できるものはしてくれよ。そんでもって、ようく見ときなよ。俺らの上官様が、いかに化け物かってね」


その視線の先では、ノストが一人ポツンと立っていた。


広がった袖からは、二本の黒い曲刀が滑り出て、両手の中に収まる。

そのまま土煙を上げて近づいてくる大軍に、ノストは曲刀を掲げ、そしてその切っ先を向ける。切っ先からは白色の光が滲み出した。


潰滅炎(リヴラウバアル)!?こんなとこで(ゲール)属性!?ちょっと全員、硬化(ドルテ)外界遮断(レフトレ)!!」

その光が発射されて、着弾した瞬間。

熱波と強烈な光、そして強烈な砂の当たりに全員が身を地面近くに寄せて、必死に耐える。

ばちばちと言う音がやんだと思いつつ、全員が砂けむりの向こうを見る。


その中から、狂ったような笑い声が響く。その体はほとんど無傷だが、服の一部が破けて焼けている。

「……そしてあの頑丈さ……おかしいですってば」

「前にデケェの食らって無傷だったらしいですしね」

爆破されておびただしい血の雨が降り注ぐ中、ノストはそれを全て魔力障壁で弾く。


「……あの、なんで魔力障壁使ってまで、あの血の雨を防いでるんです?」

「まだ新人だったな、君は」

キールがなぜかドヤ顔で対応する。それにパルレはデコピンをかまして説明をする。

「班長の血脈のせいだと思うけど、まず第一に頑丈さが半端じゃない。第二に、血を浴びるとそれを吸収して、『狂う』んだよ」


いや、元々の戦闘好きな気持ちが増幅されたと言うべきか、なにはともあれ、完全に狂った彼は敵味方関係なく目につく動くものを全て破壊していく。

今はまだ理性の方が勝っているが、いつ何時その状態になるか不明なのだ。

それを抑えられるのは、出払った人を除けば数人のみ。


「やー、はんちょーしっかり気を保ってくださいよ?俺たちが大変なんですから」

その言葉の直後、再度魔術の余波がここまで響いてくる。しかしそれは先ほどより遠く、わずかな風を残すのみであった。


結局ノストは魔獣の頭を潰して残党狩りには参加しなかった。コトアの方から「戦場に置いとくとおかしくなりそうだ」という言葉をもって下げられた。

「……それにお前学院もあるだろう」

「あ、忘れてた」

「忘れんなァ!!」


コトアにしばかれた頭部を抑えて文句を口の中でゴニョゴニョ言いながらも、その頭の半分では明日からどうしようという思いでいっぱいだった。

あの妙ちきりんな恋事情に巻き込まれてしまった今、とにかく頭を下げているだけでは潰される気がする。となれば、必然自分の立ち位置を決める必要が出てくる、と。


「……ま、その辺りは追々事情が見えてからじゃなきゃ無理か」

未だノストには掴めないことが多すぎる。

「本当、砦みたく強いやつに従うってことならいいんだけどなあ」


ノストが部屋に戻ると、扉がけたたましい音でノックされていた。

ドンドンドドンドドドンドンドンドドン、とすでに遊び始めているきらいすらある、その音にノストはあくびをしながらもドアを開けた。


すでに時刻は一の鐘を半分過ぎたところだ。寝間着のままで出たノストの目の前には。


「……え?ええ?」

ユナリーアが立っていた。


「こんばんは、御機嫌よう。お休みのところごめんなさいね、手がすっかり冷えてしまったの。お茶を淹れてくださらない?」

圧倒的上位者として、入室を要求するユナリーアに、ただの平民としてここにいるノストに逆らう余地もない。


「…………はい」

砦から帰還できたのは幸いで、応対していなかったら今頃、頭と首の蜜月は終わったかもしれないのだ。

「あら、本当に狭いのね……護衛の方も入る余地はあるけれど」

ノストは跪いたまま困惑顔を浮かべていた。


「あら、部屋の主人が跪いていてはだめよ。まずはお客様をもてなすことを考えていらして」

とっとと茶ァ淹れてこいという副音声が聞こえてくる。

ノストは慌てて立ち上がると、戸棚から最近買ったハーブティーを取り出して、魔術でお湯を沸かす。そして自分なりに、そこそこ丁寧に注いでカップにソーサーをつけて出した。

お茶うけは深夜ということを考慮して、油分を控えめにした鍛えている人のための豆菓子だ。


「ど、どうぞ」

「あら、ハーブティーなのね。……いい香りだけれど、45点くらいかしら」

侍女が毒味を済ませて、それからそれを口にしてそう言った。

「簡単に言いますね。……あなたがおばかさん……いえ、ニルヴァルになにを相談されたかは筒抜けです。あなたの立場ではそれが精一杯の、自分たちの身を守る方法だとは承知しています。けれど、ニルヴァルのおばかさんはね、あの氷の子に懸想してはいけないの」


ちょいちょい王子をバカにしている言葉が聞こえてくるが、この数日でわかった。

彼女は現国王の王弟の一人娘。一応、王位継承権自体は放棄していないのだろう。妾腹のニルヴァルよりは立場が上なのかもしれない。


「今日起きたこと、貴族の非があったのは間違いありません。けれど、あなたはニルヴァルを彼女から遠ざけた。良い判断でしたよ」

「……お褒めに預かり光栄です」

「彼女はおそらく、学院はやめないでしょう。今日放った脅しの子が帰って来ませんし、その痕跡すらなくなっていたのですから」

「……痕跡すら」


ノストは覚えがあった。ラスィピが後腐れなく何かを消す時の魔法——。

「そこで、あなたにはニルヴァルのおばかさんが彼女に近づき過ぎないように調整してもらいたいの。もちろんあのバカが勝手に起こしたことについては、責を問わないし、あなたが如何ともし難いと思った場合は私が止めます」

「……わかりました」

もうやめてくれと言いたいくらい消耗していたが、彼はぐったりしつつも一つのことが気になった。


「あの、一つだけ質問よろしいでしょうか?」

「あら?なにかしら」

「なぜ、あなたがこの学院に入学したのか、です」

ユナリーアの目が、心底楽しそうにきゅっと細められた。


「……そうね。学院には、『貴族の真実』を知った平民の子供が入ってくる……これでわかるかしら」

「よくわかりました」

平たく言えば、口止めか。

仮に貴族が真実を知っても、ユナリーアがいればここにいる貴族は大体後腐れなく『殺れる』。

「今日ここに来る前に、あなたを除く他の寮生の部屋には眠り薬を仕込んでおいたので、委細問題はありませんよ。それでは」


ノストは引きつりそうな頬を無理やり留めて、がくっと肩を落とした。

部屋から出て行ったその後の片付けにかなり時間を要して、ようやく二の鐘で眠ることができた。

テルるんはロリコン。

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