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萩野古参機関士シリーズ

萩野古参機関士 現車三十の四十二

掲載日:2017/03/23

 雪が降っている。よって今日は線路に雪が残ってて、滑りやすい。そんな日だからこそやりがいがある。萩野指導機関士と、助士の樋口さんと点呼を受ける。どうやら昨日までの雪で運べなかった貨物があり、それらを運ぶことになっているようだった。今日は比較的小康状態だ。時計の整正を行う。正確無比の鉄道時計も毎日、いや、毎乗務で合わせるからこそ。


『絶対安全運転で行って参ります』


この点呼の最後に必ずいう言葉ほど無価値な言葉はない。どんなに気を付けていても事故は防ぎきれない。特に雪の日は。悲壮感漂う点呼はボク達以外も繰り返される。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 貨物操車場の出発線に待つ貨車に自分の運転する機関車を繋ぐ。そしてありとあらゆる油壺に潤滑油を溢れんばかりに注ぎ込み、ブレーキ管が確実に後続の車両に繋がれていることを確認する。勿論コックが閉じていないかも。閉じていたら繋いでいないのと同じだ。機関車の単弁ブレーキしか効かなくなってしまう。それでは止まらない。そもそも後続の車両のブレーキが緩解しない。よし!ついでにいうと炭水車後部の連結器より後ろは車掌の管轄であってボク達の知ったことではない。テストハンマーで緩んだねじなどがないか確認し、機関車が万全か確認する。萩野指導機関士も一緒に居るけれども、あくまでダメなところだけを言うような感じだ。


 運転台に上がり、機関士席につく。萩野さんは助士席についた。この頃は必要最低限の指導で他は任せてくれる。貨物車掌の車号係がやってきて編成表を手渡ししてきた。あと引継事項も。


「えー、現車三十の四十二」


「現車三十の四十二、了解しました」


 三十両の割には軽い。多分空車がそれなりにあるのだろう。重いことには変わりないけど。

 樋口さんが昇圧を終えたのを感じた。安全弁が開いたからだ。音からするならひとつ。ひとつ開いたのが定格圧力に上がった証だ。二つ開いたら?上げすぎ。貨物列車の場合出発信号機を見る必要はない。助役さんが、この早朝ならカンテラを上げれば発車、そうでなければそのまま待機。今のうちに逆転機ハンドルを右に回せるだけ回して前進フルギヤにする。ドレン、バイパスのレバーを前方に倒してドレン、バイパスを閉塞にする。ブレーキの緩解試験をする。少し前は、萩野さんが敢えてブレーキホースのコックを閉じて、緩解試験をさせられたことがあった。それでどこのコックを閉じているのか当てさせられた。今は何ら問題なくブレーキホースの圧力が上がり、ブレーキシリンダ圧力は低下した。とりあえずまたブレーキホースの圧力を抜き、ブレーキをかけておく。単弁の動作も確認するけど、これだけの貨物のときは単弁は使うなと言われている。後ろから貨物列車の重さで押されて余計に止まらないからだ。


 信号機の根元に立つ助役さんがカンテラを高く掲げた。時計と今日の乗務行路表を見て、喚呼する。ブレーキを解き、加減弁をわずかに開きながら汽笛を吹く。僅かに動き出したところで右手で逆転機ハンドルを左に二、三回回して六〇まで引き上げながら、左手でドレンコックを解放してシリンダ内部の水を排出する。コトリ、コトリと徐々に機関車の力が後ろの車両に伝わり、それが三十両最後尾まで連結器が張りつめて、一本の棒になってはじめて列車全体が動き始める。連結器ひとつひとつの遊間を有効活用して小さい負荷で発車する。貨物列車に必要な技術だ。身を乗り出して後ろを確認する。間違いなく列車はすべて繋がって動いている。さらに加減弁を開き、速度に応じて逆転機を引き上げて行く。分岐に乗って激しい振動で窓ガラスがビリビリ音を立てて揺れる。駅の構外に出た。後部、オーライ。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「砂!」


 難所に差し掛かり空転が頻発しはじめた。近頃は前兆が判るようになってきたけど、まだまだあくまで以前に比べて、であって空転してから気がつくことも多い。既に左手は常に砂のコックにかけている。窓は殆んど全開で、肘掛に体重を預けて身を乗り出して空転しないか確認しながら運転している。速度計は既に二十キロ前後を指して上がったり下がったりしている。機関車の息も乱れて、まさに息も絶え絶えというような音で走っている。右手は加減弁を握りしめ、必要に応じて加減弁を開け閉めしながら空転を抑える。止まったらおしまいだ。折しも運悪く雪も僅かに降ってきた。びしょ濡れになりながら、しかし戻る暇なくそのまま走っている。戻ることはいまは考えられない。

 目の前にトンネルが見えてきた。あのトンネルの中がサミットだ。サミットを越えれば下り坂だ。しかし、そのトンネルまでが長く感じる。なかなかトンネルまでの距離が詰まらない。機関車が瀕死の馬のような排気ブラストを吐きながらジリジリ走っている。傷つき血を流しながらゆく老馬のように。

 トンネルに入る直前に萩野さんが集煙装置の作用棒を引く。集煙装置のシャッターが閉じて、トンネル内で煙を天井に反射させずに後方に煙を沿わせてゆく。これがついて乗務環境は圧倒的に改善された。なかったら窒息すら覚悟しなければならないだろう。だってボク達の列車は大分遅い。それでこの長いトンネルだ。まだまだ出口の光は見えない。サミットに差し掛かった。逆転機を引き上げて、加減弁を閉じる。そして逆転機を前進フルギヤにして、ドレン、バイパスを解放する。あとはそのまま下り坂だから、転がって行けばいい。萩野さんと樋口さんが入れ替わる。長く頑張ってくれた助士を労っての事だろう。萩野さんはボクの後ろに立って、ブレーキの支援をできるようにしている。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 交代の操車場に滑り込んだ。十五分二十八秒の延着。ここで列車は分割されて行き先に合わせて再組成される。しかしボク達の仕事はここまで。あとは夕方までボク達の自由時間。

あくまで当時の貨物列車の話なので、今とは異なることも多いですね。

今では助役の合図はないし、連結器の遊間の活用はしないことになってます。そもそも貨物列車の車掌は居なくなって久しいです。そう考えると今の貨物列車の機関士(電気機関車でもディーゼル機関車でも機関士は機関士)は大変ですね。いや、蒸気機関車の頃が異常に人が多かっただけです。非効率の象徴ですから、鉄道貨物は。

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