少女、待機中
ほんの気持ち程度の短編。
此処は大正浪漫と科学が入り交じる『浪漫町』。文学の価値が見直され小説家が絶大な権力を持ったこの町には古今東西あらゆる時代の文豪が暮らしているのだった。
学校帰りの午後。ゆるゆるとした部活動を抜け出し、お気に入りの喫茶店へ向かう。授業は午前中で終了し、午後からは各々活動の時間になっていた。私は文藝部に所属していたが、早々に原稿を書き上げ部長に驚かれたばかりだった。〆切までの長い時間は他の部員の添削作業にあたる筈だけれども、如何せんその重要な原稿が皆終わっておらず文藝部自慢の本棚のおおかた狩り尽くしたのだった。(私はただ読んでいるだけなのに、周りが『本を狩っているようだ』と揶揄してきたのだ。)一度見た物は決して忘れない特異体質である故、本の内容は全て頭に入っている。六法全書を朗読しろ、と言われても可能だと思う。(六法全書を全て読む程に気力も体力もないけど)お気に入りの喫茶店は主人が大の本好きで、来る度に新しい本が連なっている。珍しい本を読みながら珈琲の薫りに包まれ暑い暑い真夏の炎天下を避ける。こんな贅沢あってイイのだろうか…
『おい、文学少女。大ニュースがあるぞ。』
プルプル震えたスマートフォンはLINEにメッセージが届いた合図だ。送り主は忍崎春彦と表示される、つまり軍服少年のことだ。今までの話など気にも留めない突然の報告だった。ニュースって何、と打つ前に軍服少年は一方的に送り続ける。
『俺は先程町を歩いていたんだ、つい余所見をしながら。そうしたら、人にぶつかってしまった。ここまでは導入だ。ぶつかったのは、誰だと思う?文学少女の大好きな人だ。』
電子上のやり取りとは思えない程長々如く文を書く。句読点が変に多いのも彼らしい。しかし、私の好きな人とは誰だろう。私は色恋沙汰とは無縁だ、それは軍服少年も分かっている筈。なら一体…
『もしかして、文豪の方?』
『そうだ、もう分かるだろう。怪奇小説で有名な…』
『夢野久作か!』
文字で打つよりも先に声に出してしまった。静かな喫茶店にそぐわない大声。恥ずかしさに思わず机に突っ伏した。そして周りに見えぬ事を利用し、顔を思い切り歪ませる。えへへ、へへ、あの夢野久作が…もう復活したのか…
『その夢野先生と驚きの出会いを果たし、俺は、先生のメアドを手に入れた。ついでに文学少女の存在も教えておいた、好意的な印象らしい。欲しいか、メアド。』
『勿論!!今何処にいる?』
『いや、文学少女の元へ向かう。』
数秒後に掛かってきた電話、思わずスマートフォンを投げそうになった。主人の方をチラリと見ると無言でただ頷いた。私は一礼をし、恐る恐る電話に出たのだった。
『もしもし?私はね…いつもの喫茶店にいるわ、場所は…』
炎天下、軍服少年が緑のマントを翻しながら走るのを少々滑稽に思いながら。軍服少年の名の隣に増えていく数字を愛おしくすら感じていたのだった。