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09話 予期せぬ展開

「うわあああああっ!」


 思わず叫んでいた。

 

 避ける暇などない。

 まさに一瞬。


 俺は相手の生み出すマグマに、体全体を呑み込まれた。


 ――死んだ。


 俺の脳裏に走馬燈が駆け巡った。


 幼少期、自我が芽生えたころには既にいた孤児院で、同施設にいた可愛かった女の子の気を惹きたくて、その子の目の前でムシャムシャと砂を食ってたちまちに病院に搬送されたこと。


 少年期、弱いやつを虐める悪ガキ大将を懲らしめるため、事あるごとに背後から忍び寄り全力で股間を蹴り上げ、「うごぉっ!?」と崩れ落ちる姿を眺めながら、盛大に高笑いしつつ悠々と歩き去っていたこと。


 青年期、傭兵となった初仕事で盗賊退治の任を受けアジトを襲撃した際、盗賊の度肝を抜くために全裸でアジトへ突貫したこと。その策は、決闘で相手を挑発するためにわざと約束の時刻に大幅に遅れていき、かつ真剣ではなく木刀で戦いに臨み、見事勝利を収めたという異邦人の逸話を聞いたことがあったから。

 盗賊はもちろん、俺と同じように雇われた傭兵たちも度肝を抜かれていて、俺は自分でも驚くくらい気分が高まり、今までの人生で最高の解放感と観られる快感に酔いしれたこと。


 ――――。


 結構適当な人生を送ってきたんだなあ、と思った。

 これが俺の遺言ならぬ、遺想ゆいそうか……。


 ……。



 …………。





 ………………………?



「あれ?」


 俺は声を上げた。

 視界は真っ赤に染まり、灼熱のマグマが体を包み込んでいるというのに、俺は声を上げた。


「え?」


 俺は大いに戸惑った。


 ――全然平気なんだけど。



 熱いという感覚はあるが、全然我慢できるレベルだった。この感じだと火傷すら負っていないだろう。問題があるとすれば、今言葉を発したことで口の中にマグマが入り込んだことと、目が粘液に覆われているみたいで気持ち悪いくらいだ。


「なぜだ?っ、がぺっ!」


 言ったそばから、また言葉を発してしまった。ぺっぺっとマグマを吐き出しながら現状を鑑みる。


 視界は依然としてマグマに覆われているし、マグマの放つドリュルロロッ――!という轟音も耳に響いている。


 相手や観客の姿も声も聞こえないな……。


 そう思った俺は手を伸ばした。

 手が、空気に触れたのが分かった。


 よくわからんが……イケる!


 俺は空気を掴むように手をぐっと握りしめ、マグマを吹き飛ばすように前へと疾走した。

 真っ赤に染まった視界が、空色に開いた――!


 ――ァァワアアアアッ!


 マグマから抜け出た瞬間、客の歓声が耳朶を強く打った。


「おおっとおーー!? バゴウ選手のアビリティによってマグマに呑まれたはずのスレイ選手が生きているーーーー!? いや、それどころか私の眼には、ほとんど傷を負っていないように見えます! こ、これは一体どういうことだあっ!? 何をしたんだスレイ選手ーーーーーー!!」


 実況者の声は響くどころか轟いた。

 耳がキーンとして痛い。

 正直マグマより効いた気がした。


「……っは! ま、まさかこれがスレイ選手の能力なのか!? 全容は全く分からないが、スレイ選手が手にしていた剣は見るも無残な姿になっています。これは自身だけを守るアビリティなのでしょうか!?」


 えっ。


 実況者の言葉の内容に視線を下ろすと、手の中にあった剣は刃もろとも殆ど溶けてしまっていた。


 これは酷いな。そして……。


 相手の生み出したマグマが紛い物でも何でもない……凄まじい攻撃性をもつアビリティであることがこれでハッキリした。

 少しだけ相手が幻覚のアビリティを用いているという考えもあったのだが。


 何より――。


「馬鹿な……!」


 相手がそう言っているのが、熱風であらわになった口の動きからわかったから。

 

 相手は動揺している。

 俺はその機会をみすみす見逃すほど甘くはない。

 即座に相手へと疾駆し、距離を詰める。


「――!」


 驚愕した表情のまま、何とか我に返った相手はマグマを再度俺の下へと追撃させる。

 俺は今度は避ける仕草すらしなかった。

 大丈夫だという奇妙な確信があった。

 視界が赤く染まるが、すぐにマグマから抜け出し姿を現す。

 俺の直感は当たったようだ。


「ス、スレイ選手っ、やはり無傷だーー! 一体どんなアビリティなのか!? 疑問は尽きませんが、スレイ選手は接近戦をご所望なのかあっ!? バゴウ選手へと猛然と距離を詰めていくーー!!」


「なっ、なぜだ!?」


 今度は相手の声がはっきりと聞こえた。

 相手は現状が信じられないのか、更なるマグマを自身の体から放った。

 俺はそれを視界に収めた。


 不思議だ。


 こうなってくると、この上なく恐ろしく見えたマグマの塊が、病気で赤黒く肥大化した金玉の群れが、雁首がんくびそろえてコンニチワしてるように見えてくる……ヒトってのは不思議な生き物だ。


 それとも俺の強靭かつ自身でも未知数な精神力がもたらした賜物か。別にどっちでもいいが。

 最初にその生きるマグマを見た時とは全く違う気持ちを、そのマグマに抱いたのだった。


「っ」


 相手が軽く言葉を失っている。

 量が増えたマグマは俺の進行をほんの少し邪魔したが、それだけだったからだ。


「馬鹿なあっ!?」


 相手の混乱は頂点に達したようだった。これほど――鉄をも溶かす自分のアビリティが通用しないなど、それこそ夢にも思わなかったのだろう。

 だが現実だ。

 俺は役に立たなくなった剣を捨て、猛然と相手へと迫る。

 もう相手との距離は、手を伸ばせば届く距離まで来ていた――。


「なっ、なぜだ!? なぜ効かないっ、いや、なぜ生きているぅっ!?」


 相手は狂乱したように口から唾を飛ばした。

 俺は内心苦笑した。


 そんなの俺もわかんねえよ。


 心中でそう呟きながら、俺は相手へと飛び掛かり、渾身の右ストレートを決めた。


「がはっ!」


 相手は俺を大きく上回る体躯でもって、俺の一撃をまともに受けても、よろけるだけで耐えた。

 俺は更なる追撃を加えるため、そのまま相手の襟首と手首と掴んで、相手を地面へと叩きつけた。


 そして、


「がふっ!」


 殴る。


「ぐふぁっ!」


 殴る。


「ぐっ――がっ!――ごはあっ!…………!」


 殴る殴る殴る殴る――。


 相手へ馬乗りになって、拳打けんだし続ける。

 あごとこめかみを集中的に狙い、相手の意識を刈り取ることに没頭する。


「……くっ、くっそおおおおおおお!!」


 相手が渾身の力を振り絞って、体に馬乗りになった俺を弾き飛ばす。


「くっ、くそっ、おかしなアビリティ使いやがって……!」


 ホントにな。

 とういか、俺は今でも自分のアビリティわかってないし。


 俺の心中など相手が知る由もない。

 相手は思考を切り替えたのか、さっきまでの驚愕に彩られた目を、今度はギラつかせた。


「今の動きを見るに、お前のアビリティは守備に偏ったアビリティのようだな……攻撃手段が素手なのがそのいい証拠だ! そして、俺の振りほどきにお前は後ずさった。ということは肉弾戦にそのアビリティは使えないということ。ならば勝機は依然、俺のほうが高い!」


 相手は叫んだ。自分を鼓舞しているようでもあった。


 俺はそれを黙って聞いていた。そして思った。


 守備に偏ったアビリティ……そうなのだろうか?

 守備も何も、アビリティを使った感覚すらなかったんだが。


「……まあいいか」


 俺は笑った。

 出来るならこの試合で、自分のアビリティを見極めるつもりだった。だが、その兆候は一向に出てこない。


 ならば。

 俺は相手を全力で殴り倒すまでだ――!


 今一度、相手の肉体を観察する。

 相手が言うように、相手は俺より一回りはでかい。

 さっきの拳打で仕留めきれなかったのは本当に驚いたし、相手が肉体の大きさで勝機を見出すのも理解できる。


 だが。


「俺の格闘能力を舐めてもらっちゃ困るな」

「はっ、ガキが。お前の拳など、これっぽっちも効いてないわ!」


 にいぃ……っと相手は歯を剥き出しにして笑う。


「お前の脚は、そうは言っていないようだが?」

「……」


 俺の言葉に相手は黙った。相手の脚はおぼつかず、立っているのでも多大な労力を使っているのは明白だった。視線も定まらず、脳がぐらんぐらんに揺れていることは間違いない。


「行くぞデカブツ」

「っ、来い!」


 そうして、俺と相手のマグマ試合ならぬ泥試合が幕を開けた。

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