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08話 赤く黒い生き物

「次の試合が出番だ。こっちに来い」

「……ああ」


 看守は言って、部屋の階段を下る。前後左右に四人の看守が就くのは変わらない。

 階段を下って、しばらく歩くと小部屋があった。

 看守は扉を開け、軽く顎をしゃくった。


「入れ」


 入ると、さらに二人の看守がそこにいた。脇に、武器防具がいくつも重ねられ、並べられている。

 好きに選べってことか。


「手を出せ」


 そのうちの一人に言われ、俺が大人しく手を出すと、看守は懐から鍵を取り出し、手錠―『アビリティ制御装置リストレイン』―のみぞに鍵を差し込んだ。

 カチャカチャと鳴った後、手錠が外された。


「もう理解していると思うが、この部屋ではアビリティの力は著しく減退する。我らに危害を加えようとすれば、即刻首をくくることになるから覚えておけ」


 いや全然わからないんだが。アビリティの力が減退? マジで?


 俺の様子に気づいた様子もなく、看守は淡々と続ける。


「アナウンスの声は聞こえるな。名前を呼ばれたら、奥の扉を通れ。あとは真っ直ぐ10メートルほど進めば、闘技場フィールドの西門入場口だ」

「俺は〇ケモンがいい」

「は?」

「〇ジモンでもいい」

「何を言ってるか知らんが、向かいは東門だ」

「行っけぇ! GO!!」

「行くのはお前だ」


 看守と戯れて平常心を保つ。

 籠手、膝当て、腰回りの厚革、動きを制限しない軽装の防具を身に着けると、武器庫へと向かう。

 俺が脇の武器庫を物色していると、少し意外そうな雰囲気が背後から窺えた。

 アビリティ持ちが武器を持つことは珍しいのだろう。


 試合で目覚めることが出来たとしても、何か得物がないとさすがに不安過ぎる。

 看守の視線をスルーして、俺はなるべく自分に一番しっくりくる武器を、出番が来るまで探し続けた。


 やがて、その時が来た。




「さあ、次の試合は皆さんお待ちかねのアビリティ持ち同士の戦いです! ふぅ~、皆さん盛り上がってますねえ! それでは入場してもらいましょう――まずは西門、スレイ選手ーーっ!!」


 実況者と思われるその女の声は、俺の心中と反比例するように明るかった。

 それはどこか奇妙で、そして、俺を少しいらつかせた。



 入場口へと歩を進めていく。

 一歩進むたびに、鼓動は高鳴っていく。


 俺が闘技場フィールドに姿を見せると、体を圧するほどの大絶叫が耳に届いた。

 無数の視線が俺に注がれる。

 膨大な数の観客の声は振動となり、わずかに地面の砂を躍らせる。


「続いて東門からは、バゴウ選手ーーっ!!」


 ドクンッと心臓が高鳴った。

 どんな奴が相手だ。

 俺は東門を凝視した。


 やがて、東門から現れたのは――。




 ……なんだこいつは。


 それが俺が対戦相手を見て出てきた第一印象だった。

 俺と同じヒューマン。

 よくいる焦げ茶色の髪と瞳。

 かなりの筋肉質で腕も足も丸太のように太い。背は俺より頭半分ほど上背があるくらいか。

 雨で濡れた長髪は、男の顔をほとんど覆っている。


 だが、決定的に普通とは違うモノがあった。

 俺の体から一気に汗が噴き出した。


 相手の体中から迸る威圧感のせいだ。尋常でない速さで、足元から恐怖が全身までを這い、舐めまわしていく。


 俺の様子を察したか、男は僅かに口角を上げたように見えた。


「さあ、今回の両者のプロフィールですが、お互いに特殊囚人闘技者! バゴウ選手は三戦していますが、スレイ選手は今回がビジボル闘技場での初試合となります!むむっ、剣を手にしてるのはアビリティに関係があるのでしょうか……?果たして、期待のルーキーは一体どんな戦いを見せてくれるのかあっ!? 今から待ちきれません!! 」


 ルーキーは全員期待されてるってことか。いやまあ社交辞令だろうけども。

 苛つかせたりちょっぴり嬉しくさせたり、俺の心、もてあそぶやん?と思い、どんな顔してんのかと俺は実況席を見上げた。


「!」


 俺の体に衝撃がはしった。


 可愛らしい声とは裏腹に、目は切れ長で、鼻筋がとても美しい。唇は少し薄く――耳は少しだけ長く、少しだけ尖っていた。

 新緑の髪と蒼い瞳のハーフエルフ。


 ……超かわいい。


「結婚してくれえっ!!」


 俺はあらん限りの力で叫んだ――が、観客の声にかき消され、その声は届かなかった。

 俺が何か叫んでいることに気づいて、少し首を傾げた(かわいい)実況者だったが、すぐに観客席の方へと視線を巡らせる。


「何度もお越し頂いているお客様には聞き飽きたことでしょうが、フィールドの壁に沿って、半円を描くように強力な魔力障壁が張られているので、お客様に万が一の事態は起こりません。そこはご心配なく――あっ、スレイ選手、フィールドの中央まで距離を詰めてください。最低でも15メートルの距離まで近づくのがルールとなっております! あっ、お客様、魔力壁へモノを投げるのはおやめ下さい――」


 実況は続く。

 俺は我に返り、対戦相手を見つめる。


 男はさっきから俺に視線を向けていたらしい。少しじっとこちらを見つめていたが、すぐに口元が歪むのを長髪越しに見た。

 好きになれない笑い方だった。

 さっきの獣人と同類の笑い方。

 距離を詰めていくと、その表情が鮮明になっていく。


「――さあ、会場のボルテージも最高潮に上がったところで、参りましょう! 両者、構えて!」


 俺は剣先を少し上げた。この距離で正眼に構えてもしょうがない。多分。


「それでは両者、試合…………始めっ!!」


 開始の合図とともに、俺は剣先をゆらゆら揺らしながら後退する。

 フェイントとか警戒してくんねえかな、と思いながら相手の様子を窺う。

 ――と。


「!」


 前方から熱波がやってきて、身体を吹き抜けた。

 思わず、剣を正眼に構える。


 目の前の男から吹き付ける熱波が温度を増していくのが分かる。

 表皮が火傷しそうなほどに熱い。

 男の体は、白い靄のようなものを発生させている。


 水が蒸発して、霧状化しているのか。


 俺が男の状態を分析していると、突如、それは起こった。





 ボコリ―――。




 ……男の体から、『赤いモノ』が噴き出た。


 ――火?


 いや、そんな焚き火みたいな易しい形容では正しくない。


 俺の見慣れた存在よりも遥かにどす黒い。赤黒いそれはまるで生き物のように、ボコボコとうごめいている。


 ……マグ…マ?


 俺が目を見張る一瞬で、その赤黒い存在は、俺の身の丈を遥かに超える大きさまで膨れ上がった。


「なっ――!」


 それはすぐにフィールド壁の高さも超え、首を大きく見上げる高さにまで膨れ上がって、バチバチという音を立ててようやく止まる。恐らく、魔力障壁にぶつかったのだ。

 魔力障壁にぶつかったマグマは、鎌首をもたげるように蠢いた。


 熱風が頬をなぶる。

 フィールド全体が一気に灼熱地獄へと化したかのように熱くなる。

 男と、男が生み出すマグマの凄まじい熱によって、景色がゆらゆらと歪む。


 ――こんな一瞬で。


 これほどの現象を引き起こすのか。


 特殊囚人闘技者にされるアビリティ持ちは。




「――――――――!!!」


 瞬時に動いた。相手が狙いを見定めているのを感じながら、俺はその狙いを少しでもずらそうと壁際へとジグザグに後退する。

 相手の動くタイミングを見極めようと、背は半身だけ向けて、常に相手の姿を視界の端に捉えたままにする。

 そして――。


 視界の隅で、相手の様子をうかがった一瞬で、俺は見た。

 相手の顔の、口の端が吊り上がる様を。。。


 まず耳を覆いたくなるような音がした。シュウシュウと雨を焦がすような音。ボコボコというマグマそのものが発する音……。

 そして――。


 酸素をむさぼって膨らんだマグマは、俺の走行速度を亀の歩みだと言わんばかりに、俺の元へと即攻した――!


「……っ!…っ!」


 なるほど、これは確かに――――別次元で、別格で……化け物だ。


 そんな思いを抱いた俺の元へと容赦なく、マグマが大量に降り注いできた――!

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