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06話 闘技場控え室

 外は雨だった。


「雨天か……中止だな」

「いや、あるぞ」


 俺の気の利いたジョーク(と、ありったけの願望)を、看守は呆気あっけなく否定した。

 俺はこの看守の顔を覚えておくことにした。

 ちなみに雨の度合いは、パラパラした小雨だった。


 濃灰色のうかいしょくの壁と黒紫こくし色の鉄格子が等間隔に続いている道を、前後左右に一名ずつ、計四名の看守に見張られながら歩く。


 時刻は午後一時二十分。

 試合まで、残り一時間を切っている。


 暗鬱な気分だ。


 だが、看守達は俺の心情をかんがみることはない。

 歩くペースは速くもなく遅くもなく、常に一定だった。

 五人の靴音全て合わせたのと同じくらいの速さで、心臓の鼓動が体内に音を刻む。


 ……。


 死刑――。


「――どうした?」

「え?」

「急に立ち止まるな」

「あ、ああ」


 脳裏にふと浮かんだ言葉に、俺は足を止めてしまったらしい。

 歩みを再開させながら、俺は首を強く横に振った。


 勝つんだ。


 生き残るんだ。


 この数日で何度唱えたかしれない言葉を、心の中で復唱する。


 それでも荒い呼吸は治まらない。看守達は俺のような奴を見慣れているのか、誰も動じた様子を見せなかった。あるいは、心をそう保つように訓練されているのかもしれない。うん、そうだな……多分両方だ。


 荒い呼吸は、しょうがない。生理現象だ……そう割り切ろう。

 だから、荒い呼吸でも今やれることをやる。生存率を少しでも上げるために。


「まずは相手から距離を取って――」


 イメージは大事だ。対戦相手との戦闘をイメージする。

 それだけで、本番との結果は全く違ってくる。それが全く知らない相手だとしてもだ。

 俺はそれを傭兵をやってきた経験で確かなものとして培ってきた。


「次は相手がどう来るか、瞬時に見定める。目を中心に、淡く体全体を見る。それで――」


 俺がぶつぶつ言っているのは聞こえているはずだが、看守たちはやはり黙って歩く。


 光――。


 廊下を曲がると、縦に長い長方形をかたどった光が見えた。外からの光が、闘技場への入口へと差し込んでいる……。


 それは暗闇に差し込んだ一筋の光ではない。

 

 真逆だ。

 あの光はギロチン台だ。

 潜れば、死神の鎌のごとくスパッと首を刈り取られる、死刑執行台――。


 脚が震えるが、それでも進む。

 進む、進む――。

 看守の驚いた気配を感じながらも俺は歩くペースを速める。

 看守はすぐに平静を取り戻し、俺の歩くペースに合わせてきた。


 自棄やけになったわけじゃない。


 自分を奮い立たせているんだ。


 ギロチン台が落ちてこようが、死神が鎌を振り下ろそうが、俺は死なない。


 受け止めて――ぶっ壊してやる。


 やれるさ、俺なら。





 長方形の光を前にしても俺は立ち止まらなかった。ズンと地を踏みしめ、光を潜る――。

 



 視界が一気に広がった――。

 闘技者控室。

 腰の位置ほどの高さに、1メートル四方の窓枠がいくつもあり、そこから闘技場の様子がうかがえた。


 まず目に入ったのが、闘技場の広さと、何よりもその周囲を埋め尽くす観客の膨大な数だった。

 

 ツルリの話によると――。

 直径300メートル、短径250メートル、最大収容人数10万人、スプレマ国の中でも最大規模のビジボル闘技場は、まさにスプレマ国首都エゴー最大の娯楽施設であり興行収入源でもある。

 純粋に闘争を見るのが好きな観戦マニアから、金銭の賭けの対象としてだったり、今後の目玉になり得る選手かを見定めるための原石探しなどで、客席は八割ほど埋まっている。

 メインイベント間近になると、客席に入りきらないほどの観戦者が連日詰めかけるという。


「人がゴミのようだ」


 言ってから、気づく。

 観客の数の暴力が生み出す、圧倒的な騒音に。

 それは歓声であり、罵声でもあった。


「これが闘技場……」


 数十分後に、あそこに立って…………殺し合う。

 現実味のなさに一瞬力が抜けるが、ほんの一瞬だった。


 圧倒的なイメージが、脳裏に閃く。

 俺と対峙する特殊囚人闘技者――化け物。。。


 俺は歯を食いしばった。


「傭兵の時と、やることは同じだ……敵を倒すだけ」


 倒す……倒す……倒す――。


 腹から深く息を吐きだし、大きく吸い込む。

 深呼吸を繰り返し、闘技場のフィールドを見下ろす。


 戦っているのは、アビリティ持ちでない普通の闘技者のようだ。剣と槍、二者はそれぞれ違う武器を駆使して剣戟を交わしている。


「へっ」


 隣から嘲るような声が聞こえた。

 見ると、耳にふさふさの毛を携えている犬歯が鋭い男がニヤニヤと笑っている。灰色の髪をむしり、同じ灰色の尻尾を波打たせている。

 獣人……恐らくは狼人。


 男は俺の視線に気づき、「あん?」と威嚇するように瞳を細め、次いで俺の腕輪を確認した。


「……初顔だな。今回が初戦か?」

「だったら?」

「かははっ!」


 俺の返答の何が面白かったのか、男は尻尾を上下に打ち振るった。


「緊張しているみたいだな、坊や」

「そんなことはない」

「隠さなくていい。初戦で緊張しない奴はいねえさ。ビビるやつはヒトによるけどな」

「そうか」

「びびってんのかい?」

「びびってない」

「足が震えてんぜ。地面がカタカタなってんのが俺の耳には聞こえるんだよ」

「……」


 こいつしつこいな。ビビってるに決まってんだろ。

 俺は自分のアビリティがどんなものか分かってないんだよ!


 そう言ってやりたい気持ちはやまやまだったが、俺が今回生き残れたら、今後こいつと戦う可能性だってある。不利になる情報は与えたくない。今回は、こっち側にいるから違うようだが。(対戦相手は、闘技場アリーナを隔てたもう一つの闘技者控え室である真向かいの部屋にいる)


 犬歯をむき出して笑う獣人を、俺はなるべく平静を装って見返した。

 男は笑みを深くした。意識してのことか知らないが、獲物を狙う肉食獣の瞳にそっくりだと思った。


「いいねえ。強がりでもその姿勢はいい。最初から惨めな目してる奴を見ると、ぶっ殺したくなる」

「……」

「その『アビリティ制御装置リストレイン』の色を見ると、おめえも犯罪者なんだな」

「冤罪だ」

「はっ、三割ぐらいの奴はそんなことをうそぶくな……お前みたいに無表情で言ってくる奴は初めてだがよ」


 『アビリティ制御装置リストレイン』はヒトによって色分けが成されている。

 囚人かそうでないか――つまり何の罪も犯していない無辜むこの民も、闘技場には数多く参戦するのだ。

 俺には全く理解できないが、自分の強さを誇示するために闘技者となるヒトも数多くいるのだ。多分、名誉や金、もしかしたら闘争本能を満たすために……。

 その中でアビリティ持ちのヒトは、特殊闘技者と呼ばれる。特殊囚人闘技者から囚人という文字を抜いた分かりやすい分類だ。


 そんなモノ好きも、試合前には『アビリティ制御装置リストレイン』を嵌められる。


 罪を犯していない特殊闘技者は、白色の『アビリティ制御装置リストレイン』。

 犯罪者である特殊囚人闘技者は、黒色の『アビリティ制御装置リストレイン』。


 とても分かりやすい。

 ちなみにアビリティを持っていない囚人闘技者は、黒の太い紐を手首に付けられる。一般人はそもそも手首に何もつけなくていい。

 そして、ここ闘技者控え室ではアビリティの有無だけでなく、一般市民も囚人も関係なくここに押し込められるらしい。

 ツルリから事前に訊いていた情報だ。


 独特の緊張感が漂う控室。

 俺はここで、あと数十分試合までの待ち時間を過ごすことになる。


「……」


 冷や汗のような、脂汗のような……何にしろ快い類ではない汗がじっとりと全身から噴き出してくる。


 いっそ、さっさとやらせてくれ。


 少しだけ、そう思った。

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