26話 ヒューマンVSドワーフ 勢力間抗争終結
戦場は、食堂からドワーフたちの居住区へと移っていた。
食堂で地の利を生かして戦っても、最終的にはドワーフたちの金庫場所から宝物を奪わなければならない。
大方のドワーフを片付けたと判断し、また、そのころには例の頭脳役のドワーフが我に返ったのだろう、すぐに自分たちの陣地へと取って返したのだ。
地の利を生かした狭い場所での戦いに、ヒューマンたちは苦戦していたが、最初の食堂での戦いで一気にその数を減らしたドワーフは、数の暴力の前に屈しているも同然だった。
俺はそこでコソコソと争いから身を隠すようにしているドワーフに気づいた。
「はあはあっ、チクショウッ、こんなはずじゃ」
「よう」
「!?」
そのドワーフは仰天しながら振り向いた。
欠けた犬歯、目じりの厭らしい皺、禿げ上がった頭。
ヒューマンたちの間で話題沸騰中の例のドワーフがそこにいた。名前はモッサリ。いや禿げてるけど。
「周囲のドワーフは必死に戦ってるぜ? いいのか?」
「っ! 負け戦は参加しない主義でねっ!」
捨て台詞のようにいいながら、モッサリ(禿げてるけど)は一目散に逃げだした。
「そうは問屋が卸さないぞっと」
俺はその後頭部に蹴りをくらわせた。
ふっとぶモッサリは、石柱に激突してズルズルと崩れ落ちた。
「仇は取ったぞ、ツルリ」
俺は天を見つめて言った。まあ生きてんだけど。
やがて、
「スレイ、ここにいたのか」
「ああ、退路は確保しといたぜ」
「気が利くな、頼りになる」
「だろ?」
「はっ」
ドワーフたちから財産を奪い取ったらしいヒューマンたちが興奮気味に息せき切って走り寄ってきた。俺はそいつらを後ろに率いて、ドワーフの勢力場所から一気に抜け出した。
こうして勝負は決した。
ドワーフたちは最初こそ、ヒューマンたちの横暴を看守へと訴えていたが、すぐにその声は大人しくなった。
当然だ。
財産を隠し持っていると言えない以上、看守に裁いてもらうことなどできない。その前に、自分たちが裁かれることになるからだ。
途中で、ヒューマンとドワーフの争いに気づいた看守たちは、両勢力に厳重なペナルティを課した。それは次試合の報酬を半額とすることと、本来は担当になっていない清掃区画を一か月担当することだった。清掃区画は、看守室にほど近い場所におよび、一日の清掃時間は六倍に増えた。二十分で終わっていた時間が二時間かけてようやく終わるのだ。
「このペナルティは重いのか?」
「まあ、ある程度想定していたが、二時間も掃除時間を強要されるのは思ったよりきついな」
俺の質問に、オルクは苦笑しつつ答えた。
俺はもう一つの懸念を訊いた。
「獣人の襲撃は大丈夫か?」
「ああ。襲撃に対する備えはしていたが、もちろん相当な懸念事項ではあった。だが、看守たちが今回の事件を相当問題視しててな。今度は獣人が暴れるんじゃないかという可能性も考えたらしくて、看守の人員が大幅に増えている。これでは、獣人も迂闊に動けない」
「おお、それは嬉しい誤算だな。看守ってのは、囚人の争いには不干渉だったんだろ?」
「ああ、実際に今まではそうだった。だが、現実にここまでの騒動になったのは初めてだったからな。本腰入れて勢力同士の衝突に警戒するようになったらしい」
「なるほどな。事が起こってからようやく腰を上げるところは、いかにもお役所らしい仕事ぶりだな」
「なんだ、役所に恨みでもありそうな口ぶりだな」
「ははっ、俺が冤罪だって言っても、証拠があるの一点張りで全然俺の話を聞いてくれなかったからな。そこでちょっと嫌な思いをした」
「冤罪ねえ……」
「別に信じなくてもいいさ。ってこれ前にも言ったっけか?」
「はは、あんまり覚えてねえ」
「ひでえなおい」
「そう気を悪くするな。こっちはあんたを誘うことと、その後の騒動と事後処理に忙殺されて、もう精神的にも肉体的にも参ってんだ」
「そりゃお大事に」
「なんつー他人事っぷりだよ。ひでえのはお互い様だ」
「ははは」
オルクはやはり俺が途中で姿を消したことには、言及してこなかった。
気づいてないとは思えない。
「オルク、あんた罪を償ったら傭兵になるといい。多分向いてるぜ」
「へえ、傭兵のあんたが言うなら間違いねえな。考えとくよ。まあ、それまで生き残れたらの話だが」
「お互いにな」
「特殊囚人闘技者でもそういうことは考えるのか?」
「だから俺を誘ったんだって言ってたじゃねえか。俺は自分のアビリティを使うことに酔いしれているただの戦闘狂には見えないってよ」
「……そういや、そうだった」
「なんだよ、歯切れ悪いな」
「いや……別にスレイ、あんたを乏すわけじゃないが、あんたもやっぱり普通とはだいぶ違うぜ」
「……?」
「まあ、とにかくあんたがいて助かった。これからも何かあったらよろしく頼むぜ」
「俺はヒューマンの勢力には一時的に参加しただけだぞ」
「わかってる。頼むときは、今回みたいに対価をきっちり用意する」
「やっぱあんた傭兵に向いてるよ」
「ふっ」
こうして、ヒューマンとドワーフの争いはヒューマンの勝利……というか、未然の返り討ちが成功した。
ツルリは、
「ありがとよー、スレイ、愛してるぜ~」
「俺にそっちの趣味はない。離れろ。性欲の権化」
「成れの果てから権化ってそれどういう心境の変化!? っていうか、ただの感謝表現だよ! 真顔で言われると割と傷つくからやめてくんない!?」
「で、それがツルリのお宝か」
「急に話し戻すし! ……ああ、そうだよ。これがあるかないかで、ここでの地位や商売のやり方は全然違ってくるからな」
「それがねえ……」
「まあ、何も知らないやつが見ても、ただの落書きにしか見えねえよなあ」
ツルリが俺から受け取ったのは、謎の文字とういか絵のようなものが羅列された手帳だった。
「客の情報とか商品の場所や利用法がそこに書いてあるわけだ」
「ああ。俺なりの暗号を施してるから、俺にしかわからねえ秘密の情報だ」
「情報の三割か……。線引きしづらいな」
「あ~確かにそうだな」
「とりあえず、秘密の通路を今日明日にでも教えてくれ」
「わかった……へへ、今回は本当に助かったぜ。ありがとよ」
「べっ、別にアンタのためなんかじゃないんだからねっ! プイ~っだ!」
「気持ち悪ぅっ!」
「ひどいっ、ツルリ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
プニッとな。
「おぎゃあああああっす! だからまだ傷癒えてないんだってえええええ! 傷癒えてないから包帯巻いてんのおっ!」
「オッケー♪ 今度からは気を付けるゾっ♪」
「いやゾッ♪じゃねえわ!ぶっ飛ばすぞ!?」
「こうしてツルリの財産は無事、ツルリの手元へと戻った。めでたしめでたし」
「誰に言ってんのそれ!?」
当分はドワーフの恨みに気を付けなければいけないが、とにかく無事に終わってよかった。
ツルリからの情報は、きっと現状打破の切っ掛けになる。
「それまで、生き残らないとな」
次の試合が決まったのは、その翌日のことだった。
二週間後。この前の試合からちょうど二週間が経っていたので、試合間隔で言えば一か月だ。ほとんど無傷で勝ったので、それは俺の予想と全く同じだった。
「少しは傷を負ってればよかったかな? まあ、今更か」
二週間では、いくらなんでも状況が様変わりすることは難しい気がしている。
少なくともあと一試合は勝つ……少なくとも生き残らなければならない。
「この前より、強いやつが相手なんだろうな」
言って、憂鬱になる。
自分のアビリティは未だにわからない。
そのことが不安に一層拍車をかけている気がする。
「……今は出来ることだけを考えよう」
ツルリの情報を役立てられるよう、知恵を絞る。
傭兵のころから、策を練るのは得意だし、なんなら好きだった。
この性質は、この状況下でも有意に働いてくれるはずだ……。
俺はこぶしを握りこみ、ゆっくりと手を開く。
決意の証であるかのように、その手には赤い爪痕が残っていた。
「やってやるさ」




