エピローグ
「らーーくとくん! あっそびましょ!」
大きな声が街じゅうに響き渡る。まだ太陽が昇ってそんなに時間は経っていない。朝だ。
声の主は、1人の小さな女の子だった。
まるで外国の高貴なお嬢様のような華美な格好に身を包んでいる。これから遊びに行くとは到底思えない。
その女の子は、まるでこれからすることに覚悟決めたかのように堂々と家の前で仁王立ちしていた。
時折吹く心地よい風に女の子の鮮やかな金髪が耳元で小さく揺れている。
どのくらい経っただろうか...
短い静寂が女の子には途轍もなく長いものだっただろう。
女の子は、神妙な面持ちで目前にある家の、2階の窓を凝視していた。
その時、窓がガラッと開いた。
それと同時に女の子は目を輝かせる。
すると、窓から寝癖をつけた少年ーーーー
例えるならば、鳥の巣のように髪と髪が複雑に絡み合った芸術作品のような寝癖だ。
そんな奇跡のような寝癖の所有者である少年が窓から顔を覗かせていた。
少年は眠くて気怠そうな感じで口を開いた。
「あそぶの〜〜? まだ早いよ〜〜?」
女の子は、息を目一杯吸い込んでこう言った。
「わたしね、その... 今日、お引越しするの〜〜!」
そして女の子はこう続けた。
「だから、もうお別れなんだ...でも最後だから...」
悲しさがこみ上げてきたのか、目元が少し潤んでいる。
そして...
「わたし、らくとくんのことがーーーーー
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ガタン!ドン!
男は腰への痛みと床のひんやりした気持ちい温度で目が覚めた。机の上は漫画や雑誌、床にはゲームのコードなのか散乱している。そんな整理整頓されていない部屋に1人、その男はくたばっていた。
どうやらベットから床までの高さ30cmを引力に従って落下したようだ。
そして腰に全治5分の大怪我を負ってしまったらしい。
まぁそんな小ボケを心の中でかました俺は寝ぼけた間抜けな顔で時間を確認する。
8時20分...
なるほどな...そーゆーことか...
状況把握をするのに時間がかかったことことは、言うまでもないだろう。
そう、俺は現在進行形でやらかしていた。
焦るなぁ〜!焦るな俺ぇ〜!
大丈夫、大丈夫だから!
あと5分で顔洗って、歯みがきして、朝ごはん食べて、今日の時間割揃えて、やってない宿題をチョチョイと終わらして、ミーちゃんにエサやれば朝のノルマ達成だから!
大丈夫、大丈夫!
そうして俺は、予定よりも10分遅れて家を飛び出した。
怒られることが既に決定しているというのに...
今俺は ”あいつ” と見つめ合っていた。
まったく表情が変わらない。
せめて笑みの一つでも浮かべて欲しいものだ。
校舎2階自分の教室前の廊下で表情が全く変わらない、冷静沈着でいつもどっしり構えている ”あいつ” とかれこれ15分は愛を確かめ合っていた。
もちろん、他のクラスメートは授業を受けてるよ。
いや!別に怒られて廊下に立たされてるわけじゃないから!
これは僕の為だけのーーーー特別指導なんだよ!
俺の情けなさに対して私の御先生が情熱のこもった熱い指導を施して下さっている...
なんて勿体無いんだ...
他の人にもこの施しを分けてあげたいなぁ〜
だが、それは叶わぬ夢だ...
なんてったって俺はーーーーー
「日野!反省したら席に戻れ。」
俺の担任教師の鈴木が溜め息混じりにそう言った。鈴木の頂上は既に砂漠化が進んでいる。彼は、若くてハンサムなナイスガイではなく、例えるならばギリギリ使えない100円ライターのような...
100円ライターは、数少ない髪の毛を元気無さげに萎れさせていた。きっと俺を叱りつけるのにうんざりしたのだろう。
生気を失った顔をしていた。
そんな顔俺に見せんなよ〜!
俺まで気分が下がっていくわぁ〜!
俺まだ若いからねぇ〜!
「はい...」
俺は素直に反省する素振りを見せつけたのだった。
この時の俺は何も知らなかった。
何もかも忘れていた。
そう、昨夜の夢のこと...
あの子との別れの記憶
そしてしばらくしてあんなことやこんなことが起こるだなんて...
これは中学3年のちょうど春が始まる頃の話
だ。