6 開かない店
ミリアの家についた僕は彼女が戻ってくるのを居間で待っていた。
なにやら元の肉体に意識を戻してくるとのことで、僕は待ちぼうけさせられている。
女性の一人暮らしをじろじろと観察するのはあまり好ましいことではないと思ったが、自然に目に入ってしまうものを見る限り生活様式はこちら側の世界とそう代わりはなさそうだ。
キッチン、居間、階段があって二階に自室。一階から渡り廊下をあるいた先に広い部屋が一室あり、そこに巫女としての部屋があるようだ。彼女は今そちらに行っている。
「おまたせしましたー」
そう行って渡り廊下側の扉から入ってきた彼女へ視線を戻す。
確かにこまめに動く耳や尾。身体の肉感や重みがそこにミリアの本来の姿があることを示していた。
「どうか、しました?」
「いや……」
問われた僕はなんとなく心地が悪くなって目を逸らす。
今までそばに居た時はなんとも感じなかったが、そこに肉体を伴った彼女が居ると認識すると何故か緊張する。
そのことはあまり悟られたくなかったので、僕は慌てて話題を振った。
「そういえば、あの閉まっていた店なんだけど」
「ああ、あそこは料理店ですよ」ミリアは口元に指を添えた。「だった、ですかね」
言いつつキッチンへ行き床板を外し何かを取り出す。
取り出したものからカップへ何かの液体を注ぎ、僕に手渡す。飲めということらしい。「美味しいですよ」
どうやら床板の下は冷暗室として使っているらしい。
「料理店……」手渡されたものを恐る恐る一口飲むと、味わったことのない果実の甘みが口の中に広がった。「あ、美味しいなこれ」
「遠くの城下町から越してこられて、あちらの料理をこちらでも広めたいとお店を開かれたんですが……」
「流行らなかった?」
「最初はそれなりに村の人も行っていて賑わっていたみたいなんです……、けれどどうしてか不調で途中から店を開くことが少なくなってしまったんです。
悩んだ店主も色々と試したようだったのですが、どれも上手くいかず次第に塞ぎこんでしまったみたいで……」
言いつつミリアは悲しげな表情をした。
先ほど村民から聞いた話だと彼女は代々この周辺土地を司る巫女の一族の末裔らしい。
ある意味村を見守るような立場の彼女からすれば、他所から来た人間と言えど村の仲間がそんな状態なのは心苦しいのだろう。
「それにしてもこの飲み物美味しいね」
ちびりとまた一口飲む。クドくない甘さで飲みやすい。
「それはこの辺りで取れるクァッサという果実の果汁ですよ。あちらの世界で言うジュースみたいな」
「へえ……。適度に渋みもあってブドウとモモが混ざったみたいだ」
「ああ、なるほど的確です」
「的確って……、食べたことあるの? あっちだと実体がないから……」
「疲れるだけで物体に干渉することはできますよ。ただ味の情報は分かりますが食べたり飲んだりしてもそのままボテッと身体から落ちるだけなのであまりしませんが。
それに、創平があちらの食べ物を物々交換ということでたまに持ってきていたので」
それは確かに面白そうだ。
僕もこの世界の食べ物に少し感心がでてきた。
というより全体的に興味があると言ってもいい。
「この世界って交通手段はどうしてるの?」
「そうですね……。月に数度馬車で物や人が行き来している感じですね。あ、月とか週の概念はそちらの世界と大体一緒ですよ」
当然車や電車なんてものはないだろう。
「あれ、でもミリア。君世界移動なんて大した魔法使えるんだろう? この世界の端から端くらいまでワープとかできないの?」
ミリアは両手を上げて残念そうな顔をする。
「あれは、決められた地点と地点をポーンと飛んでるだけで私の力というよりはその地点に込められた力です。
ですから私単体ではワープなんて大それたこと出来ないですね。無理です」
言いつつばってんを指で作る。
意外に魔法ってのは融通が聞かないらしい。
「あと聞きたいんだけど、この辺りだと皆あそこの商店の並んでたところで買い物するのかな?」
「はい、大体……、そうですね」
ふうん、と僕は顎先を撫でる。
「そうなると、確かに難しいかもな……」
突然話題から外れた言葉を言った僕にミリアは不思議がる。
「えっ、何がですか?」
「うーん、なんとなくなんだけど。その店主が不調になった理由が分かった気がする」
「そうですか……」
ワンテンポ遅れて。
「ってええっ! ほんとですか!?」
「多分だからあまり当てにしない方がいいかも。とりあえず、その店にもう一度行ってみないか?」